第53話 竜国の王妃

 私とアイザックは、竜都りゅうとにある大聖堂の祭壇の前に立ちました。


 天井に設えられた巨大なステンドグラスには、七色の竜が描かれている。

 祭壇には竜晶石りゅうしょうせきで作られた初代国王の竜像が置かれ、その瞳は神秘的な青い光を放っていました。


 ジェネラス竜国の結婚式は、代々の国王の魂が宿るという竜の像に祈りを捧げることで成立します。

 祭祀を取り扱う神官が結婚のための祝詞を竜の像へ唱えるなか、アイザックが私の手に取りました。


 その手の温もりが、あの日の記憶を呼び覚ます。

 アイザックが私のことを処刑台から助け、そして自分の正体が竜であると明かしたあの日。


 あれから私たちの関係は、大きく変わった。



「我らが偉大なる先王たちよ」


 アイザックの声が、大聖堂に響き渡る渡ります。


「私はここに、ルシル・ローライトを我が妻とすることを誓います」


 続いて私も、震える声で誓いの言葉を紡ぎます。


「私はここに、アイザック・ジェネラスを我が夫として受け入れることを誓います」



 アイザックがそっと私に向き直り、黒いヴェールをめくりました。

 彼の深紅の瞳が、私のことをじっと見つめます。


 ここまで来るのは、本当に長かった。

 私が処刑宣告をされてから、一生分の激動を味わった気がする。


 何度も絶望の淵に立たされたけど、そのたびにアイザックが助けてくれた。

 アイザックは私のことを信じ続け、そして私もアイザックのことを信じ続けた。


 大変なことばかりだったけど、こうして愛する竜が生きるジェネラス竜国で、最愛の人と一緒になることができる。 

 これが夢ではないのだと思うだけで、目に涙が滲み出す。



「今日からルシルのはこの国の王妃であり、そして俺の妻となった」


「そしてアイザックは私の夫になったわけね」


「この日をずっと夢見ていた……ルシル、愛している」


「アイザック……私も愛しています」



 大聖堂に祝福の鐘が鳴り響くなか、私たちは固い抱擁を交わします。



 そして、二人の唇が重なった。


 この瞬間が、永遠に続けばいいと思った。


 私たちが乗り越えてきたすべての試練が、この一瞬のために存在していたのだと悟ります。


 こうしてこの日、私は竜天女以来500年ぶりに、人族出身の王妃になりました。




 すべての儀式が終了し、私とアイザックは寝室に戻りました。


 寝室にふたりが揃うのは、何週間ぶりだろう。

 ここ最近は仕事が忙しすぎて、夜にお互いが顔を見せる機会がまったくありませんでした。


「結婚式は終わったけど、一つだけ心配があるわね」


「奇遇だな。俺も一つだけ心配があるぞ」


「あれ、アイザックが心配事とは珍しいわね。どうしたの?」


「……この際だから思い切って聞いてしまうが、ルシルは俺のことをどうしたいんだ? 結婚はしたが、夫としてよりも研究対象の竜としてしか見られていないんじゃないかと、最近少し自信がなくなってきた」



 そういえば難民の受け入れや結婚式の準備などで忙しくて、二人の時間がまったく取れていなかったわね。


 わずかな癒しの時間も、竜の姿のスケッチや竜の生体の研究についやしてしまったから、勘違いさせちゃったかも。

 もう少し人の姿の時にも甘えておくべきだったか。

 

「そんなこと考えていたの……じゃあ、研究対象ではないと、これならわかる?」


 研究対象にキスをする研究者はいないよね。


 しかもこれは、ただの愛情表現の口づけではない。

 もっと深く、そして情熱的なもの。



「ん……アイザック」


 彼の腕の中で、私は小さく身を震わせる。

 その温もりはまるで竜の息吹のように熱く、そして柔らかく優しい。



「……ルシルからこういうことをするのは、珍しいな」


「カレジ王国の王都以来かもね」



 私が積極的になるのは、いつもアイザックが竜の姿の時ばかりだった。

 人の姿の時に私から動くのは、たしかに少なかったかもしれない。


 しばらくしてから顔を離すと、アイザックが頬を染めていました。

 まさか私からするとは思わなかったのでしょう、なんだかかわいい。



「それで、ルシルの心配ってのはなんだ?」


「心配というか、問題かな」


 竜の国とはいえ、王族に嫁いだ。

 つまり私は、跡継ぎとなる子供を産まなければならない。


 歴史を見れば、たしかに竜天女と初代国王の間には、子どもができていた。


 とはいえ、前例はその一件しかない。

 しかも500年も昔の話だ。



 はたして本当に、人と竜との間に子どもはできるのか。


 その答えはすぐさま結果として現れるのですが、私がそれに気がつくのはもう少し先のことでした。

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