第38話 竜国の天使

 私が寝ている間に、メイドの暗殺者は捕まりました。

 事件は無事に解決していたのです。


「でも、なんでアイザックが城にいたの? 視察に行ったんじゃなかったっけ?」


「密かに情報が入ってな。ルシルが危ないとわかって、すぐに引き返してきたんだ」


 それにしては、タイミングが良かった気がする。

 なにせ私がメイドに眠らされた直後に聞こえたあの大きな音は、アイザックが扉を蹴り破った音だったのだから。


「地方への視察は中止した。当分はずっとルシルの側にいるつもりだ」


 アイザックが嬉しそうに、そう微笑みました。

 私とアイザックは幼馴染でもあるので、かなり長い付き合いになる。

 そのため、私はアイザックが何か隠していることに気づいてしまいます。


 改めて思うと、アイザックが急に視察旅行を決めたのは、ちょっと不自然なようにも感じる。

 もしかしたら私を狙う者をおびき寄せるために、あえてアイザックは城を留守にした。

 そう考えると、辻褄つじつまは合う気がする。


 だからこれは、私の悪い噂を流していた者を捕まえるための、アイザックが考えた壮大な罠だったのかもしれない。


「アイザック……いろいろありがとうね」


 私に内緒で、アイザックは私のことを守ろうとしていた。

 守護竜であることをひた隠しにしていた、アイザックらしい。

 おそらく昔から、私の知らないところでこうやって私のことを守ってくれていたんだろうね。

 なので、そんなアイザックの意向を尊重して、深くはつっこみません。


「そういえばマイカは無事? 危篤っていうのは嘘なんでしょ?」


「ルシルの侍女はあのメイドに捕まっていた。もう解放してあるから、心配ない」


 メイド暗殺者が言っていたことは嘘だったみたい。

 マイカにも面倒をかけちゃったね。


「あのメイドは元兵士で、とある者と懇意こんいにしている一族だった。ルシルを襲うようメイドに依頼した真犯人はは、その者だったようだ」


「その真犯人って……?」


「リップル・ヴォーテックスだ」


 お茶会で私に宣戦布告した、あのリップル令嬢が真犯人。

 しくも、乗竜クラブで襲撃された時に想像した人物と同じ人でした。


「証拠の手紙も押収済みだ。すでにリップルは拘束して城に連れてきている」


「リップルはどうなるの?」


「ルシルに危害を加えようとしたんだ。ジェネラス竜国の法律にのっとり、厳しい処罰が下されるだろう」



 王族の弑逆しいぎゃくは、未遂であっても死罪。

 それがこの国の法律だったはず。


 とはいえ、私はまだ正式には王族ではない。

 だけど婚約はしているわけで、ほとんど王族でもある。


「アイザック、お願いがあるの。彼女に会わせて」


「……ルシルがそう望むなら」



 それから私たちは、リップルが拘束されている部屋へと向かいました。

 部屋に入ると、髪の毛がボザボサになったリップルが、私のことをギロリとにらんできます。


「ルシル、お前さえいなければ……!」


 リップルは、アイザックのことを愛していた。

 だから、アイザックと結婚する私のことが、どうしても邪魔だったのでしょう。


 だとしても、あんなやり方は良くなかった。

 なぜリップルは、そこまで追いつめられてしまったのだろうか。


 リップルは私のことを睨んだあと、トロンとした表情をしながらアイザックへ懇願します。



「アイザック様、聞いてください! わたくしはあの女を殺すつもりはなかったのです。それにすべてはアイザック様、あなたのためだったのです!」


「俺のため、か。それはどういう意味だ?」


「ルシル──そこの悪女からアイザック様を守るためです! 神聖なる神竜族しんりゅうぞくとつぐのは、竜人族りゅうじんぞくであるのが一番。血で劣っている人族の女よりも、竜の血を受け継ぐわたくしのほうがアイザック様の妻になるのにふさわしいのですわ!」


「黙れ! ルシルを侮辱することは許さない」


 アイザックは、自分にすがろうとするリップルを腕で振り払います。

 地面に倒れたリップルを見下ろしながら、アイザックは私を優しく引き寄せました。


「俺が愛するのはルシルだけだ。なにがあっても、お前に情を向けることはない」


「そ、そんなぁ……アイザック様ぁ……」


「衛兵、その罪人を連行しろ」


 リップルは無残にも、衛兵に捕まってしまいます。


 このあと、彼女はどうなるんだろう。

 独房に入れられるのだろうか。

 冷たくて狭くて、寂しいあの場所に。


「リップルの供述書きょうじゅつしょってこれよね」


 取り調べを行っていた衛兵から、リップルの供述書を受け取ります。


 そこには、リップルが私を殺すつもりはなかったことが書かれていました。

 訓練されたメイドを送り込んだのは、私を誘拐するため。

 私を別の場所に連れて行き、そこで用意していた男たちに私をなぶらせる。

 しかもその現場を記者にリークし、リップルが故意に流したあの噂話と合わせて貞操観念のない売女とののしり、私を蹴落とすつもりだったらしい。


 もし本当にそうなっていたらと思うと、身震いしてしまいます。

 


 リップルが計画したことは、到底許せるものではない。

 けれども、殺されるのはもっと可哀そうに思えてしまった。


 ヴォーテックス大臣は娘の不始末を謝罪し、大臣職を辞したとも聞いています。

 しかもリップルは親にも勘当され、帰る家はもうない。


 すべてを失ったリップルが、これ以上苦しむ必要はない。

 命というのは、そう簡単に奪っていいものではないから。


 処刑場から見た、あの景色を思い出してしまう。

 あんなものを経験するのは、私だけで十分。



「アイザック……リップルに弁解の余地があるのであれば、寛大かんだいな処置をお願いするわ」


「ルシルは本当にそれでいいのか?」


「人はやり直すことができるもの。それに私は、クラウス王太子みたいにはなりたくないの」


 私を殺そうとした、クラウス王太子。

 もしもここでリップルを死なせてしまったら、私もあの男と同じようになってしまう気がした。


 まあ私とは違って、リップルは無実でもなんでもないんだけどね。

 それでも、一度くらいならチャンスを与えてもいい気がする。



 そんな私の発言を聞いて、リップルが涙を流しながら私のことを見つめてきました。

 そのまま地面に頭をつけながら、謝罪の言葉を述べ始めます。



「ルシル……いいえ、ルシル様。本当に、申し訳ありません、でした……心より、謝罪、します」


「別にいいのよ。私は竜が研究できればそれでいいから、竜とアイザック以外のことは、そこまで気にしないことにしているの」


「こ、この御恩ごおんは……生涯、忘れません……」


「だから気にしなくていいって。罪をつぐなったら、今度はまっとうに生きるのよ」


 そうしてリップルは、衛兵に連行されていきました。


「リップルはこのあと、どうなるの?」


「命までは取らないよう便宜ねんぎはかるつもりだ。それでも鞭打むちうちちの刑をしたのちに、身分をはく奪され、すべてを失うくらいの罰は受けるだろう」


「そう……命を取られないのであれば、それでいいわ」



 もしも本当にリップルが心を入れ替えたのなら、少しくらいなら助力をしてもいい。


 なにせ私はこれから王妃になる。

 ジェネラス竜国の国母こくぼとして、民を導く義務があるのだから。



 それからしばらくすると、こんな噂が流れました。


 次期王妃であるルシルは、自分を殺そうとした者ですら慈悲じひを与える、心優しい天使のような人なのだと。


 まさに、竜国の天使。


 

 どうやら今回の件で、竜天女以外の呼び名が増えたてしまったようです。

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