第四章 1-2 捜索の成果
*
「ないよなぁ」
俺が通う高校の図書室は、建物が相当古いため無駄に広さがある。
本と言えば電子書籍の昨今、管理費や処分費を圧縮するために紙の本は新規で入ってくることは希で、古い本ばかりがあった。
すぐ近くの民俗学や伝承のコーナーで神話の本を読みふけるエルとともに、放課後になってから俺はあんまり期待せずに本を捜していた。
高校が保有する電子書籍は図書室で手続きしなければ敷地の外で読むことはできないようになっているが、読むだけなら生徒手帳の機能や、ロッカーとか下駄箱の鍵の機能を兼ねる生徒用アプリをインストールした携帯端末であれば教室でも読めるから、図書室には古い本好きの人しか来ず、同じクラスの図書委員の男子がカウンターで欠伸している他は、生徒はいなかった。
「和輝。貴方が捜している本は、こんな感じのものか?」
そう言ってエルが差し出してきた本を「ありがとう」と行って受け取り、開く。
様々な都市伝説を短編小説のように収録するその本は、奥付を見てみると二〇年近く前に発行されたもので、その割に綺麗で、借りた人が少なそうだった。
そして俺は何となく、この本の表紙や収録されてる話の内容に、憶えがあった。
「……あった」
開いたページには、二本脚で立つサンショウウオのような姿をした怪物のイラストが、片面ページいっぱいに描かれていた。
話自体はどこにでもある正体不明の怪物もので、由来や生まれた経緯の推測が書かれていたりする程度。姿は想像上のものだと注釈がされているが、著者の書き方が上手いのか、元の話がそんな感じなのか、背筋がぞっとする話に仕上がっていた。
携帯端末で検索してみたが、古すぎるためにネットの古書店では売っているのを見つけることができず、図書館でもちらほら、すぐ手に取れる開架書庫ではなく、指定して取り出してもらわなければならない閉架書庫にあるのが見られるだけだ。
たぶんこの本は、高校の図書室という、入れ替わりが滅多に発生しなくなった場所だから残っていたものなのだろう。
「ありがとう、エル。見つかった。たぶん三人目のリアライザーは、この本を読んでいたはずだ」
「そうか。よかった」
柔らかく笑むエルに俺も笑みをかけて、本を持ったまま暇そうにしている図書委員の男子の元まで行く。
「あー。ちょっと知りたいことがある。この本を借りた人の履歴が見たい」
「何だよ早乙女、唐突に。一応貸出情報は非公開なんだぜ。つかその一緒にいるすげー美人、誰だよ。そんな子うちの学校にいたか?」
同じクラスで図書委員なのは知っていたが、興味がないので名前すら憶えてない男子の視線は、俺を通り越して近くの棚の本を読んでいるエルに向けられていた。
「秘密だ」
「……知り合いなんだろ? 紹介しろよ。名前だけでも教えてくれよ」
「ダメだ」
「人にものを訊ねるときってのは、それなりの態度があるんじゃねぇか?」
「それなりの態度か。ふむ」
言われて俺は少し考える。
エルのことを紹介するのは後々面倒なことになりそうだから却下とし、別の交渉手段がないかと記憶をほじくり返す。
「……これ、興味ないか?」
取り出した携帯端末に表示させているのは、俺よりも数段上手い表紙絵の同人誌。
ネットから画像を拾ってきたそれは、二期放映中の「ピクシードールズ」を題材にしたもので、半年近く前にある即売会で頒布されていたものだ。
実はピクシードールズ一期制作陣の中心メンバーが深く関わっていたことが後になって判明し、少部数しかつくられなかったこともあり、千円だったものが現在は数万で取引されるプレミアものだった。
俺は図書委員男子の携帯端末のストラップに、決して小さくないピクシードールズの三体のロボットが揺れていたのを見たことがあった。
「も、持ってんのか? これ」
「自分で一冊買った後、機会があってここのサークルメンバーと挨拶して自分の本と交換したんで、二冊ある。一冊なら手放しても問題ない。持ってくるのは探さないといけないから来週くらいになるけど」
「わかった。それでいい。すぐ調べる。待ってろ」
俄然やる気になったらしい男子は、俺から本を受け取って据置端末を操作し始める。
「何を交渉材料に使ったのだ?」
「聞いてたのか」
本を置いて近づいてきたエルは、俺に不審を宿した細めた碧い瞳を向けてきていた。
「まぁちょっと、手持ちの本を一冊」
「ふむ……」
「出たぞ。ぜんぜん借りてる人いねぇよ。誰だよ、こんな本入れたの」
取り外してタブレット端末にもなる据置端末の画面を外して、カウンターの上に置く図書委員男子。
どうやら五年前までしか遡れないらしい貸出者リストには、ふたつの名前しかなかった。
ひとつは今年の五月で、俺の名前。
それから同じく今年の八月で、赤坂このみという名前が表示されていた。
「こんなん調べてなんか意味あんのか?」
「ちょっとした……、姫の救出と世界の救済に必要な情報だったんだ」
「なんだそりゃ」
「本は見つかり次第持ってくる」
「絶対頼むぜっ。それとその子のことも今度紹介しろよーーっ」
図書室らしくない大声を背に受けながら、俺はエルと一緒に廊下に出る。
携帯端末登録者から迷わずひとりを選び出し、通話ボタンを押す。
「千夜。確か赤坂このみって同じクラスだったよな?」
『え? うん』
「まだ教室に残ってないか?」
『いないけど。っていうか、保健室でも行ってたのか二時間目いなくて、三時間目が始まる前に鞄持って帰っちゃったよ、赤坂さん』
「家の場所とか、連絡先とか知らないか?」
『うぅん。知らない。他の人も知らないんじゃないかな? あたしも友達ってわけじゃないし、他の人と親しくしてるの見たことないし。っていうか何なの? 突然赤坂さんのことなんて』
「たぶん、彼女だ」
教室にまだ残っているらしい千夜の側に誰がいるのかわからなかったから、俺は決定的な単語は使わずに言った。
千夜からの次の言葉は、大きく深呼吸ができるくらい間があった。
『ホントに?』
「絶対じゃないけど、たぶん。一番可能性が高いのが彼女だ」
『わかった。じゃああたしは家とか連絡先とか知ってる人いないか探してみる』
「頼む」
通話を終了して、俺は特別教室が並ぶ人気のない廊下で立ち止まる。
いますぐ打てる手は打ち終えた。
今日会えないのであれば、明日の朝でも、放課後でも、赤坂このみを呼び出して話せば解決する、……はずだ。
でも俺は、事情もわからず早退してしまった彼女のことが気がかりだった。すでに後手に回ってしまっているような、そんな予感がしていた。
「赤坂このみというのは、この前の女の子か?」
「うん。校舎の裏でいじめられてた子。それともう一回会ってるよ」
「もう一回?」
「この前のお祭り会場に来た、真っ白なコスプレの女の子、いただろ?」
「あぁ。出来の素晴らしい格好をしていた者だな。しかし彼女は、顔が半ば隠れていただろう」
「スマートギアを被っていたからわからなかったけど、あの顎の輪郭は彼女だ。それに性格なんかも合致する。オタクで、俺の本もさっきの本も読んでて、根暗で友達もいなくて、いじめによってストレスも溜めてる。たぶん赤坂このみで間違いないと思う」
「そうか……。ならば早く会わねばならないな」
「うん。できる限りもう一度リアライズプリンタを使う前に話して、彼女を止めたい。最悪の場合、リアライズプリンタを奪うか壊すかしないといけないかも。……そのときは頼むよ、エル」
「承知した、和輝」
力強く揺るぎない色を碧い瞳に浮かべるエルに、俺も安心して頷きを返していた。
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