第7話 修行 その2
「はぁ……はぁ……」
「おかえり、森から出たら今日はもう終わりだがいいのか?」
「ああ……」
終わりでいいのかと問われたところで、どのみちこれ以上は魔力も魔力炉も限界である。なんとか倒れることなく森の外へ出れる分だけの余力を残していたため、強制退去の魔術は発動することなく外へ出れたがこれ以上何かをすることは不可能だ。
「その様子だと、トビヒカゲは捕まえられなかったようだな?」
「うるせー……、今日は無理だったけどまた明日やってやる」
ラッドに言い返す覇気もなく、フレイはトボトボと屋敷に向かって歩いて行った。
◆◆◆◆
それからフレイがトビヒカゲを捕まえられないまま、一か月の月日が経った。毎日毎日、森の中に入って飛んでくるトビヒカゲを待ち構える戦法を取ってもまるで成果を上げることができなかった。魔力炉の稼働限界が近づくまで森に籠って、森からでる。そんなことを続けているうちにあっという間に時間は過ぎていった。
「だぁああああ……っ!! ダメだちっとも捕まんないっ」
ついにフレイは根を上げて焔の森のど真ん中に寝ころんでしまった。目の前には相変わらずぱちぱちと音を立てて燃え上がる可燃樹があった。その炎を何も考えずに眺めていると、まるでトカゲを捕まえられない苛立つ心が少しずつ溶かされていくようだった。
火はいつでも見る者の心を良くも悪くも魅了する。
いつまで経っても進捗がないため、どうしたものかと考えていた。
「どうしよう……」
手も足も出ないというのはこのことだろうか。一か月の間にフレイの頭で考えうるほとんど全ての手段は使い果たしていた。
「『追いかけろ、木々を飛び交う火の魂』、か……あ?」
今自分でつぶやいた言葉の内容に違和感を覚えた。何か、致命的な見落としをしているのではないかと。疑念を確かめるようにもう一度口にしようとして――。
「『追いかけろ』……? 追いかける?」
違和感の正体はこの部分。追いかけろと課題では言っている。これまで自分の行いを振り返ってみると、飛んでいるトビヒカゲを待ち伏せしたり、空中で撃ち落とそうとしたりとできるだけその場から動かずに対処しようとすることばかり考えてきた。逃げていく獲物を追いかけるという発想はなぜか見落としていた。
「追いかけろってか? あの飛んでいくやつらを?」
しかしこれまで挑戦したことがない手法であるのも確かである。行き詰っていたフレイからすれば、まったく新しい挑戦で、挑む価値がある。
「そうと決まれば……やってみっか」
すぐに体を起こしてフレイは森の外側に移動していった。その顔には新しい可能性を感じて期待に満ちた表情を浮かべていた。
◆◆◆◆
そして、難なく森の外周に移動したフレイは目を凝らして木の上を凝視していた。トビヒカゲが可燃樹から飛び移るその瞬間を見つけるために。
「いたっ!」
数分後、獲物を見つける。燃え移る枝から、火を纏いながら空中を飛んでいく。その様子はさながら火の魂である。その存在を認識した瞬間、フレイは足に力を込めて駆け出して森の奥へと走っていく。
今まで森の中で走るという行為はしたことがなかった。森の地面は整備がされてないため凹凸が激しく、石や木の根もありまっすぐ走ることすらままならない。その結果……。
「も、もう無理……」
あっけなくトビヒカゲを見失い、フレイは森の中で大きな岩に手をついて激しく呼吸をしていた。
「この課題、
ここでようやく、フレイはこの課題に隠されたラッドの意図を思い知る。走るという肉体に負荷をかけた状態で魔力炉を維持する修行。おそらくこの修行の目的はそんなところだろう。
さらにフレイは
「なるほどね……はぁ……っ、今日はもう無理かな……」
あっという間に活動限界を感じ取ったフレイは再びおぼつかない足取りで森の外へ向かう。森の外へ出ると、まだ陽が真上に登っておりそこまで時間が経っていないことに気が付いた。
「なんだよ、今日はもう終わりなのか?」
「あぁ……今日はもう動けそうにない」
「そうか。ならゆっくり休め」
森を出た瞬間の冷えた新鮮な空気は何度吸っても暖まった身体に染みわたっていって心地がいい。そのまま魔力炉と
それから、フレイの焔の森での肉体強化修行が始まった。これまではただ魔力炉の起動状態を維持しているだけでよかった。だがこれからは起伏が激しい森の中を全力疾走しても魔力炉の起動状態する必要がある。
「はっ、はっ、はっぁ……」
初めは数分が限界だった。
「はっ、はっ、はっ……っ!」
少しづつ、魔力炉を起動しながら走れる時間が増えていく。
「はぁっ――!」
数十分、一時間と伸びていく。いつの間にか、トビヒカゲを見失うことはなくなっていた。逃げるトカゲ、追うフレイ。少しづつ彼我の距離が縮まっていく。
やがて数時間に渡り魔力炉を維持できるようになると、身体の変化に気が付いた。数時間以上全力で森を疾走しているのにもかかわらず、息がまるで上がっていないということに。疲れて動けなくなるほど激しい呼吸をしたのはいつぶりだろうか。
魔力を体に流した状態で動くと疲労感の溜まりが、魔力無しの状態と比べて桁違いに遅い。疲れていたのは、肉体疲労ではなく魔力炉の連続起動に体の負担が耐えられなかったから。それを乗り越えてしまえば、魔力無しの状態と比べて遥かに速く、長く動ける。
「これを使えば、もっと速くなれる?」
試しに魔力を多めに下肢に集めて、軽く踏み込むと――。
「――っ!」
グンっ、とまるで体の重さを感じないほど軽快な感触と共に、身体が大きく前進する。その速度は人智を超えて、目まぐるしく背景が後ろに流れていく。
「と、とまれない――っ!?」
目の間にに轟々と炎を上げて燃える可燃樹の幹が迫ってきた。だが勢いを止めることができず、可燃樹へと激突してしまう。
「ぷべっ!?」
幸い、
「あ」
胸につけた血の塊から、強制退去の魔術が発動し血の触手によって雁字搦めにされた後フレイは森の外まで運ばれたのだった。
そうしてラッドの血魔術によって強制的に退去させられた翌日、ルールによって修行そのものを禁じられていたフレイは屋敷で何もしていなかったわけではない。どうすれば素早く木々の間を飛んでいくトビヒカゲを捕獲できるのか、その方法について考えを巡らせていた。
やはり普通に走って飛ぶだけでは到底不可能。
鍵になるのは魔力の使い方。
「どーすっかなぁ……」
思案しながらフレイの部屋がある別館を歩いていると、ちょうど肌寒い風がフレイの身体を撫でた。
「さむっ、誰だよ窓開けっぱなしにしてたやつは……」
火の魔術の権威であるブレンネン家の屋敷の中は、強大な熱エネルギーが屋敷中を張り巡らされているため一年中薄着でいられるほどの快適性がある。
ゆえに寒気は窓を開けておくと一瞬で冷たい空気が流れ込んでくるのである。
「風、空気の流れ――あ」
フレイはふと、あることを思いついた。一度疑問に思ったら発想が次々とあふれてくる。
「そうだ……調べてみる価値はある」
◆◆◆◆
修行禁止日開けの当日、フレイはさっそく森の中に足を踏み入れていた。その目的は昨日思い浮かんだとある仮説を検証するため。
やがて頭上にトビヒカゲが見え始めると、足を止めてその行く先をジッと観察していた。やがて姿が見えなくなると再び森の奥へと足を運ぶ。
そうしてトビヒカゲを見つけるのと同時に足を止めて飛んでいく方向を観察することを繰り返すこと一時間ほど。森の奥までやってくると、次第にトビヒカゲを目撃することが少なくなってきた。
「やっぱり……俺の仮説は正しかった」
フレイが建てた仮説、それはトビヒカゲの飛行方法についてのものだ。
フレイは初めてトビヒカゲを見た時はそこまで気にしてはいなかった。しかしトビヒカゲの飛行ルートはとある一定の規則性がある。
「彼らの飛行は風に乗ってより速く、遠くに移動してる」
焔の森は外縁部から中心部に向かって強烈な風が吹いている。それは焔の森の中心にいけばいくほど、大きな可燃樹たちが燃焼するための新鮮な空気を奪い合っているため森の外から大量に空気を取り入れる構造になっているから。
トビヒカゲたちはその風に乗って移動しているため、森の外側から内側に行くことはできてもその逆はいけない。そして、いつまでも風に乗っていられるわけではなく、どこかしらで風から降りなければならない。
「その理由はアレ」
フレイが頭上を見上げると、可燃樹の木々の隙間から見える微かな空。その隙間をときおり横切るようにうごめく影があった。
「シラヌイヌワシ、焔の森の空の支配者」
焔の森の制空権を握る火の鳥たち。彼らはわざわざ焔の森の下まで降りて狩りをすることはない。ただ、空で待ち構えていれば獲物の方からやってくるのだ。
「あ」
手のひらサイズほどの小動物が、突風に煽られて運ばれてきた。そのまま可燃樹の大木にぶつかると、今度は強烈な上昇気流に運ばれて一気に樹上へと上がっていく。やがて、焔の森を超えて上空へと召し上げられた小動物はあっという間にシラヌイヌワシたちの食事へと変わった。
「外側から流れてくる風は、集まって一つの巨大な上昇気流へと変わる」
トビヒカゲたちはその”死の上昇気流”には巻き込まれてはならないと、どこかで風から降りるタイミングがある。森の中心部ではトビヒカゲたちの姿が見えない理由である。
つまりその生態を逆手に取ることがこそが、トビヒカゲ捕獲のための重要な鍵になることだろう。
「だったらそれをどう生かすか、考えないと……」
その後フレイは急いで森の外縁部に戻り、魔術の発想出しと練習に励んでいた。魔力がほぼ空になるギリギリまで練習は続き、影が長く伸びるまで続いていった。
◆◆◆◆
それから一週間後、魔力炉を起動させながら全力で走る時間がなんとか伸びてきた。そしてそれだけでなく、効率的な魔術の使い方も考えてきたし実際にやれるようになった。
今日こそ、勝負を決める。手札はすでに揃っている。
「トビヒカゲ、勝負!」
『……!』
焔の森の外周部から頭上に意識をやりながら獲物を探していると、早速火の付いた可燃樹から一匹のトビヒカゲが飛び立ったのを発見した。
それを認識した瞬間には、すでにフレイは走り出している。魔力炉を起動状態から一気に励起状態へと押し上げて、生み出された魔力を生み出された魔力を下肢中心に集めていく。
一歩二本三歩、足を踏み出すごとに加速していくフレイ。風を切る勢いで焔の森を疾走していく。
しかし森の地面は当然平地ではない。地面の起伏や木の根、岩によって疾く駆けるには適していない。
そこでフレイが用意した一つ目の策の出番である。
彼は勢いそのままに高く跳躍し、体を地面に水平になるように傾ける。
「魔術《
手と足を大きく広げ、その間には薄く伸ばした水の膜を張る。
これが一つ目の策。
相手が飛膜を使って空を飛ぶというのなら、条件を同じにしてしまえばいい。
空の道なら地を征くのに比べて障害物は少なく済むし、何より相手と同じ条件の進路を進める。
体に張った被膜は上手く、森の気流を掴み進んでいく。
「うおっ!?」
速度はそのまま森の中を滑空していく。次々と目の前にやってくる大木を、体を捻って傾けて、右へ左へ避けていく。だがトビヒカゲとフレイで決定的に違うのは体重の重さ。向こうは完全に風に乗れても、子供とはいえフレイの体重では無理がある。少しずつ速度が落ちて地面が近づいてくるが……。
それをあらかじめ予期していたフレイは素早く体を折りたたんで急降下。地面に着くと再び加速するために地面を飛ぶように走る。そのまま力強く踏み込んでトビヒカゲに向かって跳躍する。
グンと、距離が縮まった。《
「それも、対策済みなんだよっ。魔術《
手を前方に大きくつき出して手を広げる。手のひらから紐状に形作った水を伸ばして木に結びつける。
「くっ……!」
そのまま《
その結果、速度を維持したまま方向転換に成功する。ついでに《水縄》を引っ張って加速に利用することでさらに速度を増していく。
『……!』
自分が追い込まれつつあると感じたトビヒカゲは何度も何度も、方向転換を繰り返し必死に逃げようとするがその度にフレイは《水飛膜》と《水縄》そして魔力で強化した肉体を使って加速して追い込んでいく。
やがて風量が強くなり、風向きも森の中心に向かう風から、上向きに吹こうとする流れに変わり始めていた。
《水被膜》を利用して風に乗っているフレイも中心部の上昇気流に飲み込まれるのは得策ではない。お互いに制限時間が迫ってくるその瞬間、ついに両者が一直線に並び、フレイの手が尻尾へと届きそうになる。
あと一歩、あと一歩踏み込めれば届く。そんな距離だが──。
──ならば、踏み込んでしまえばいい。
「魔術《
足裏から勢いよく水を噴き出す。水自体は圧縮することができないが、水を出す勢いは強めることができる。その反動でフレイの体は前方へ大きく突き出される形となる。それはまるで、何もない空中を蹴り出したかのように。
届かないあと一歩を縮めるかのように、フレイの手は届いて──。
「ぐえっ!?」
あまりにも急激な加速と衝撃でフレイはバランスを崩し、空中で錐揉み回転しながら地面へと激突した。
「いっっつーーー……」
咄嗟に常に纏っていた《水衣》の厚みを広げて、全身に襲いかかる衝撃を緩和した。それでも、地面を転がる速度は抑えられず、何度も何度も転がって、目が回りそうになったところでようやく木の幹にぶつかって止まる。
急激な回転による平衡感覚の喪失と、激しい魔力炉の連続運転による脱力感に見舞われる。
「はぁ……はぁ……、もう、動けねえ……」
起き上がる気力も無さすぎるほどに疲弊していたフレイだが、その手にはしっかりと小さなトカゲがしっかりと握られていたのだった。
あとがき
~フレイに課せられた動物集めリスト~
トビヒカゲ:追いかけろ、木々を飛び交う火の魂 Clear!
ヒネズミ :???
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