4−5 ゾンビマスターはくっころ領主に出会う




 お城の中をのんびりと進むことしばらく。


 僕たちの前に大きく豪勢な扉が見えてくる。


 そんな扉を守るものはもはや誰もいないわけだけど……


「な、なんなのですかっ、この騒ぎはっ! ああっ、窓の下はゾンビだらけではないですかっ。それになんですかっ、あの巨大なカマキリのゾンビのような存在っ、巨大なオークゾンビっ、それにあの走りまわっているのは巨大狼のゾンビですかっ……だっ、誰かっ、誰か無事なものは、いないのですかっ!!」


 そんな扉の向こうからは、慌てたような声が聞こえてきている。


 入り口にそれなりの警備があったこの城にはまだ無事な人も結構いたわけだけど、僕とマリーでそんな残りの人たちをゾンビ化してきたところだ。


 隠れながら逃げだすことに成功したやつらでもいなければ、彼女がこの館に残った最後の人間ってことになるのだろう。


 声を聞くに限り、この扉の前にいるのは年頃の女の子なようだけど……そうなると予定通り、第1級接触による腐族化の方を試してみたいところなんだけど、さて……


「くっ、わたくしが領主になったばかりだというのにっ、なぜこうも色々と問題が起こるのですかっっ! それもこれもあの皇女ベルティアナから降りてきた意味のわらかぬ指令のせいですっ、きっとそうに違いありませんっ! これだから自分のことしか考えていない政治屋はっ!」


 あー、この子ってばこの街の領主になったばかりの子だったのか。


 それは運がなかったともいえるし……あのベルティアナに文句を言っているあたりはとても好感が持てたりもする。


 だけど……この街の兵たちのことをしっかりと統率できていなかった責任は彼女にあるわけだし、長としての責任をとってもらいゾンビになってもらうことにしよう。


 コンコン、っと扉をノックをすると──


「……だ、誰ですかっ? ま、まだ無事なものが、いるのですかっ?」


 そんな半分恐れるような、半分期待するような声色が帰ってくる。この扉を開けて僕を見たら、彼女のその声色はどう変わるのだろうか。


 そんなことを考えながら僕は扉を押し開き、彼女の前へと姿を見せる。


「ひっ、ひぃっ、生首ぃぃっっ…………あ、あなたはっ……な、何者ですかっ!」


 僕の腕の中にいるナーニャを見てびびっている領主ちゃん。


 だけど、すぐに彼女は気を取り直すと、僕に向かい合ってくる。


 間違いなくこの館のものではないとわかる僕の姿に、彼女は警戒心100%と言った様子だ。


 ちなみに容姿の方はかなり優れている、ダークブルーのサラサラなロングヘアに、気の強さを示すようなきりっとした眉、同じく気持ちの強さを見せる切長の瞳に、ふっくらと柔らかそうな薄紅色の唇。

 

 巨乳ってほどではないけれど、胸もしっかり盛り上がりを見せているし、かなり魅力的な女性と言って間違いはない。


「ふふっ、領主ってよりは、まるで女騎士って雰囲気だね……もしかして最後にはくっころさんにでもなったりするのかな」

「な、何を意味のわからないことをっ! このような不審者と問答する必要はありませんし、容赦をする必要もありませんねっ!」


 彼女はそう言うと腰から剣を引き抜き、正眼へと構える。


 その姿はとても様になっており、ただのブラフではなくしっかり剣を鍛えているものの構えだとわかる。


 マリーが僕の前に出ようとするけれど、僕は彼女を手のひらで押しとどめ、ナーニャの首を彼女に預ける。


 なんとなくだけど、この領主ちゃんでは僕を傷つけることなんてできない、ってことがわかるから。


「死になさいっ、狼藉者っ!!」


 見事、というべきであろう凄まじい速度の斬撃。


 きっと剣士関係の職業でも持ってるんだろうけど、今の僕にはスローモーションのように見えている。


 体を軽く傾けるだけで、それを簡単にかわすことができる。


 そんな初撃をかわされても、彼女の連撃は止まらなかった。


「くっ、《スラッシュ》! 《マルチスタブ》! 《スピードエンチャント》! 《フラッシュスタブ》」


 たくさんの優秀なスキル持ちのようで、ますます速度のあがった鋭い攻撃が僕を襲ってくる。


 だけど、まだまだ遅い、遅すぎる。


 最後の突きスキルに合わせて僕は片手を前に差し出すと、彼女の放った剣を手のひらの中でぐっと掴みとる。


「……ば、馬鹿なっ……突いた剣を手で掴む、ですって……まさか、そんなことが……」

「僕もさっきまではこんなことできなかったと思うんだけどさ……なんだか、急にステータスがバカみたいに上がっている気がするんだよねっ、現在進行形で今でも力とかがどんどん上がってる感じがするんだよ」


 あのダンジョンを出てからじわじわと能力が上がり続けている気はしてたんだけど、ちょっと前までは急激な力の上昇を感じていたわけじゃない。


 だけど、ミーレルの外壁からこの領主の館まで歩いたたった1時間ほどの間に、僕のステータスが格段に上昇しているみたい。


 そして、そんな僕の能力の上昇は、今この瞬間でさえ続いているのだ。


「ふんっっ!!」


──バキィッ


 ぐっと手のひらを握り締めると、彼女の作りの良い剣が手のひらの中でぐしゃっと潰れる。


「ひっ、ひぃぇっ……アダマンタイトの名剣をっ、手でぇっ……」


 良い剣だとは思っていたけれど、アダマンタイトなんてものでできていたのか。


 そんな素材の剣を握り潰せるんだから、僕の能力も人外なものに近づきつつあるのかもしれない。


 とはいえ、未だルーナに素の能力で勝てるとは思わないけどね。


「そ、そんなぁっ……」


 きりっとした領主の顔を保っていた彼女の顔に、初めて恐れの色が浮かぶ。


 一歩、二歩と後退り、腰を抜かしたかのようにペタンと地面にお尻を落としてしまう彼女。


 フルフルと震えているけれど、気持ちを入れ直したのか彼女はキッと僕を睨みつけてくる。


 そんな彼女が口を開き言葉にしたのは──


「くっ、は、辱めを受けるくらいなら……こ、殺しなさいっ!」


 くっころさんの台詞だった。


「あ、ほんとに言うんだ、それ……」


 とうとうくっころさんになってしまった領主ちゃんだけど、そんなことを言ってしまった女の子の末路なんてのは一つしかないわけで……


「辱めねえ……ふふっ、君には僕の仲間に手を出したこの領の人間の長。君には、その管理責任ってやつを取ってもらうとしましょうかね」

「ひっ、ひぃぃっ……」


 僕は地面にペタンとお尻をつけたまま震える彼女に向けて、ゆっくりと距離を詰めていくのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る