3−15 ゾンビを倒す力は秘めて
「はぁはぁっ……なんとかっ、逃げ切れっ、ましたねっ……」
「ふっ、ふーっ……はっ、はいっ……よっ、良かったですっ……」
「「「「「「つかれたーっっ」」」」」」
ララ村を一気に走り抜け、村の外に準備しておいた荷馬車の上に身体を投げ出した僕とヘレナさん、そして子どもたち。
1人だけ元気なのは疲れ知らずのマリー。彼女は僕が村の外の厩舎に隠しておいた馬を馬車に繋ぎ直すと、僕たちが寝転がっている馬車を出発させてくれる。
御者をするだけではなく馬車の周りの警戒までしてくれているのだから、僕には勿体なさすぎる有能なゾンビと言わざるを得ない。
僕は結構疲れているわけなんだけど、子どもたちは回復が早い。すぐに興味津々といった様子で、馬車の馬を観察したり馬車の外の景色を眺めたりし始めている。
御者台の方にいってしまった子もいるけれど……まあ、マリーがいるわけだし問題が起こることはないだろう。
僕と同じく疲れた様子で座ったままのヘレナさんだけど、僕はこのチャンスに彼女と話をしておくことにする。
「改めまして……僕はヘレナさんたちを助けるようにロロ村からの依頼を受けた、冒険者のアキトです」
「はい……とても、助かりました。ジェラードさんも戻ってこないし、もうあのまま教会にいるしかないと思ってたので……」
「ええ、僕としてもララ村に無事生き残っている方がいてよかったです。ロロ村の方は外壁でゾンビを防ぐことに成功しているので、後2時間もすれば貴方たちは完全に安全な場所に戻れることになります」
「……よかった。ほんとうに……よかったです」
ヘレナさんは目の端に涙を浮かべながら喜んでいる。今まで恐怖を感じつつも、子どもたちを守るたった一人の大人としてずっと気を張っていたんだろう。
「頑張りましたね、ヘレナさん」
ちょっと馴れ馴れしいかと思いつつも、彼女を安心させるように彼女の頭をぽんぽんと撫でる。
「はいっ……」
ぶわっと流れ出す涙。
そのまま僕の方に身体を預けてきた彼女のことを、僕は彼女の気持ちが落ち着くまで抱きとめていたのだった。
「す、すみませんでしたっ……お恥ずかしいところを……」
「い、いえっ」
しばらくするとヘレナさんは落ちついたのか、僕から身体を離す。
彼女の暖かさと甘い匂いは名残惜しいけど……もう彼女は大丈夫そう、ってことで僕は彼女に一つだけお願いをしておくことにする。
「あの、一つだけヘレナさんにお願いがあって……マリーの、この僕と一緒にいるゾンビのことは、内緒にしておいてもらえますか?」
「助けてもらったわけですし、もちろんそれはいいのですが……」
ヘレナさんは不思議そうな目で僕を見てくる。
その疑問に答えるべく、僕は彼女に僕の内情を少しだけ説明していく。
「……マリーと会話できるの、それから僕がゾンビ相手にすごく強いのは、僕の職業である【ゾンビ・マスター】というものが理由なんです」
「ゾンビ……マスターですか?」
イマイチピンとこない、という感じで言葉を紡いだヘレナさん。
まあ【ゾンビ・マスター】って皇女のベルティアナでも知らなかったくらいのレア職業みたいだし、然もありなん。
「はい……それで、実はその職業が原因で、僕はこの皇国の奴隷に落とされてしまってたんです。もう少しで殺されてしまうところだったんですが、運良く命だけは助かって……」
「っっ!? ひっ、ひどいですっ、自分では決めることができない職業で、そんなことをするなんてっ……」
そう言いながら憤るヘレナさん。その表情を見れば、彼女が心から僕のことを思ってくれていることがわかる。
ヘレナさんは教会のシスターをしていたわけだけど、都市部の敬虔なミディラヌ教の信徒たちとは違って、僕を差別することはないようだ。
やはり人もゾンビもそれぞれ……ということなのだろう。
「そうですよねえ……でも実際にそれが起こってしまったことなんですよ。運良くこうして僕は生きているわけですが……僕はこの力で僕の身近な人たちを助けてあげたいとは思いますが、この力を知らない人に明かす危険を冒してまで、この国の知らない人たちを助けたいとまでは思っていないんですよ」
僕にとってはゾンビも人間も関係ない。僕に良くしてくれる人達に恩を返すのは当然だと思っているけれど、僕になんの危害を与えることもないゾンビを倒す必要もまた無いのだ。
逆に言えば、僕によくしてくれるゾンビたちには恩を返したいし、僕に危害を加えてくる人間たちには毅然と立ち向かっていくつもりでもある。
「そう、でしたか……わかりました。はいっ、大丈夫です。アキトさんのことは私の心の中だけにしまっておきます。子どもたちにも上手いこと言いくるめておきますから……心配しないでくださいっ! あっ……」
ヘレナさん、ぐっと僕に向けて身を乗り出してきたんだけど……ちょうどガタっと大きく揺れた馬車のせいか、ヘレナさんはそのまま僕に向けて倒れ込んできてしまう。
僕はそんな彼女をなんとか受け止めたわけだけど、ヘレナさんの顔があるのは目と目がくっついてしまうような至近距離。
後1cm前に出るだけで、彼女の唇を奪うことができてしまうはず……
彼女の甘く濃い体臭がふわっと流れてくるし、彼女の体で一番目立つその場所が僕の身体の前面にくっついちゃっているしで……僕は顔がカーっと赤くなっていくのを抑えることはできなかった。
「あっっ……ごっ、ごめんなさいっっ!」
「いっ、いえいえっ……こちらはその、役得というかっ、なんていうかっ……」
「ア、アキトさんっ!? 何をおっしゃってるんですかっ!?」
そんな感じで真っ赤にあって向かい合っていた僕たちなわけだけど──そんな僕たちを馬車の端からニヤニヤと見つめる影があった。
「あーシスター先生たちがイチャイチャしてるぜっ」
「そのままエッチなことするんですかっ」
「ヘレナちゃんにもついに春がっ」
「ちゅー、そこでちゅーだっ!」
「ゔぁー……」
あれ……なんか最後に変なのがいたような。
「あ、貴方たちっ!!」
真っ赤になって子どもたちを追いかけていくヘレナさん。
ロロ村にたどり着くまでの道中は、そんな平和なものだったのだ。
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