3−13 ゾンビを抜けて逃避行








「……は、はい……も、もしかして、ジェラードさんですかっ? 無事だったんですねっ?」


 分厚そうな鉄の扉の奥から聞こえてきたのは、か細い女性の声だった。


 警戒と期待をないまぜにしたようなその声。


 そんな彼女を安心させるように、僕はできるだけ優しい口調で言葉を返す。


「いえ、すみませんが、僕はジェラードさんではありません。僕はロロ村からの依頼を受けてあなたたちを救助に来たアキト・ヒラヤマです……中の人たちはご無事ですか?」

「救助ですかっ!? い、今開けますっ……あ、でもっ、外にいたワイバーンは……?」

「安心してください。ワイバーンは僕が既に排除しました……今は周りに他のゾンビもいませんっ」

「っっ……わ、わかりましたっ!」


 息をのむような声と共に、キーッ……と扉が静かな音を立てて開いていく。


 恐る恐るといった様子で顔を覗かせたのは、輝くような金髪が目立つ美少女だった。


 彼女の顔にはなんとなくカレンさんの面影があるし、敢えてどことは言わないけど他にもカレンさんとよく似ている部分が目立っている。


 もしかしたら彼女がカレンさんの姪っこさんなのかもしれない。


「どうぞ、入ってください……」

「はい」


 僕は彼女が薄く開いた扉から身体を滑り込ませる。


 中に入ると彼女の濃厚な甘い体臭が鼻を刺激する。


 それも不思議な話ではないだろう。彼女たちはこの教会の中に、しばらく立てこもっていたのだろうから。


 彼女は僕が中に入ったのを確認すると、すぐに入り口の扉を閉めてかんぬきをかける。


 よっぽど外に恐怖を感じているのか、できるだけ外への扉を開けていたくないようだ。


「……あの……外、は……?」

「そうですね……残念ですが、ララ村の人達は僕が調べた限り生き残っている方は、いませんでした……」


 あのマリーにしっかり探索してもらったわけだし、それは間違いないはず。


 おそらくこの村の生存者は、この教会にいる人達だけってことになる。


「そう、ですか……」


 残念そうに言う彼女だったけど、きっとその予想はしていたのだろう。彼女の表情は衝撃を受けているというよりは、『諦め』という言葉が似合うようなものだった。


 僕は話を変えるため、彼女たちの状況を確認していく。


「それで、この教会にいるのは? あなただけではないのですよね?」

「はい……あ、申し遅れましたが、私はこの教会でシスターをしているヘレナです。今はここには私と教会の孤児院の子どもたちが7人いるだけです」


 やっぱり彼女がカレンさんの姪っ子のヘレナさんであっていたよう。


 そんなヘレナさんがちらりと背後を振り返ったその先を見ると、教会の礼拝堂のような場所からエントランスホールを見つめている小さな人影がある。


 あの少年少女たちが、この村唯一の生き残りである子供達ってことになるのだろう。


「それから最初はジェラードさんという男の人もここにいたんですが、数日前にロロ村に助けを求めに行くと出ていって、それからは……」

「そうでしたか……僕はジェラードさんとはロロ村や道中で会っていないので……」

「そうですか……」


 ジェラードさんって確かガーランドさんの親戚の人だったか……


 数日前にここを出てまだロロ村にたどり着いてないんだから……その生存は絶望的だろう。


 残念ではあるけど、今集中しないといけないのは、生き残りのヘレナさんと子供達をしっかりと救出すること。


「……それじゃあ、明るいうちに全員でロロ村に向かいましょうか。村の外に馬車を用意してありますから……」

「でっ、でもっ、外はゾンビだらけなんですよねっ? 私達だけじゃ、危ないですよっ! ここに来たのは、あなた一人だけなんですよね?」


 そう早口で捲し立ててくる彼女だけど……まあ、その気持はわかる。


 村が完全に壊滅しているような異常事態。しかも、助けにきたのも見た目は頼りなさそうなこの僕一人だけ、ってわけだし。


 ゾンビに溢れたこの世界においては割と最強って言っていい僕だけど、そんなの見た目じゃわからないわけだし。


「……それは、そうなんですが……ここの食料はもつんですか?」

「それは……切り詰めてたんですが、そろそろ厳しいかもしれません。子どもたちはあまり我慢ができませんし……」


 やっぱりか……


 彼女のげっそりと痩せてしまっている頬を見れば、食糧事情が厳しいというのは簡単に想像がつくこと。


 子どもたちに食料を優先してかなり切り詰めていたんだろうし、彼女の方こそ限界が近そうに見える。


 そんな彼女の顔を見ながら、僕はすぐさま脱出することを勧めることを決めた……そんなタイミングだった──


「やはりワイバーンを倒したこのチャンスに──」

「ゔぁー……」


 急にマリーが僕たちの前に姿を現す。


「マリー!?」

「ひ、ひぃっ、ゾンビィィっっ!?」




 ヘレナさんは驚いて腰が抜けてしまったのか、ペタンと腰を地面につけてしまっている。


 僕も驚いたには驚いたけど、彼女が何の理由もなしにこんなことをするはずはない。


「どうしたのっ?」

「ゔぁーゔぁー……」

「えっっ!? 診療所の方にいたゾンビがこっちに向ってきてるって?? なんでっっ……ってあっ、そっか、ここを縄張りにしてたワイバーンゾンビがいなくなったから、ってことか……」


 診療所の方の大量のゾンビがこっちに来ていなかったのは、あのワイバーンゾンビがこの教会周りで縄張りを主張していたから。


 だけど、そのワイバーンゾンビは既に僕たちが倒してしまっている。


 ゾンビたちが生者が残っているこの教会の方にに向かって来るってのは、とても自然な話だ。


「えっ、えっ……ゾンビっ、と話せるっ……?」

 

 僕とマリーを見て慌てているヘレナさんだけど、もうそれを説明している時間もない……


 僕はヘレナさんの両肩を掴むと、真剣な顔で語りかける。


「ヘレナさん、それについては後で説明しますっ! 今はマリー、このゾンビだけは安全な存在だと考えてくださいっ! さあ行きましょうっ! 少しのゾンビなら僕がなんとでもできますが、診療所にいたゾンビが全部こちらにたどり着いてしまったら、皆さん全員を守りきれるかが怪しくなってしまいますからっ!!」

「わっ、わかりましたっ! みんな、助けの人が来たからっ、逃げるよっ!」


 ヘレナさんの声に応え、奥にいた子どもたちがこちらへ出てくる。


 ヘレナさんよりはだいぶ栄養状態は良さそうだし、大きい子は走ることもできそうに見える。


「いい子だねっ、みんな村の外まで、一緒に走れるかなっ?」

「うんー、僕は大丈夫」

「うちもー」

「すみません、私はちょっと、足が悪くて……」

「そうなんです、ミリアは足が悪くて……それからライルはちょっと速く走るには小さすぎるかもしれません」


 素直に答えてくれる子どもたちに補足をしてくれるヘレナさん。


「わかりました。ミリアちゃんは……」


 ミリアちゃんは身体に膨らみが目立つような、ちょっと良い年頃に差し掛かっている女の子だ。


 僕がおんぶするよりもマリーのほうが良いだろうか?


「……マリーにおんぶしてもらうってことで大丈夫?」

「ゔぁー……」


 マリーが安心させるように小さく優しい声を出す。


「……はい。大丈夫です。よろしくお願いします」

「ゔぁ!」

「良かった。それじゃライルくんは僕がおんぶするから……さあ」

「わかった」


 素直におんぶされてくれるミリアちゃんとライルくん。


 これで準備は完了だ。


「よしっ、それじゃいくよっ」

「「「「はいっ」」」」


 扉を開け放つと、まだそこにはゾンビの姿は見られない。


 僕たちはララ村の出口を目指して、前へと走り出す。


 できるだけ速く村を脱出したいところだけど、子どもたちもいるしヘレナさんも弱っている。その速度は決して早いとは言えないものだ。


「……マリー、ゾンビの群れは今どのあたり?」

「ゔぁーゔぁー……」

「まだ少し距離はあるってことね……できれば診療所からの大きな集団に追いつかれる前に逃げ切りたいところだね……っとマリー左端のを頼むっ」

「ゔぁー……」


 ドガっと音を立てて民家の扉が押し開かれ2匹のゾンビが飛び出してくる。


 僕がやってもいいけど、弾け散るゾンビってのは子どもたちには刺激が強すぎるだろう。


 マリーはちょうど良い強さで二匹のゾンビを蹴り飛ばし、子どもたちの安全を確保してくれる。


 怖がっていた子どもたちだったけど、マリーの活躍に「わーっ」と歓声をあげる。


 マリーの人気が上がってるようで何よりだし、彼女の方もまんざらでもなさそうに見える。


 そんな感じでマリーにゾンビを処理してもらいながら進むことしばらく……村の出口へと向かう道と、診療所へ向かう道がぶつかる三叉路へと辿り着く。


 その場所で……僕たちは足を止めざるを得なかった。


「……間に合わなかったか」

「そ、そんな……」

「ゔぁー……」

 

 診療所と教会、そして村の出口を結ぶ三叉路。


 そこには、すでに大量のゾンビが溢れかえっていたのだった。




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