3−2 ゾンビがなぜかいつく場所








 クマ型モンスターを倒したルーナは、すぐに僕の元へと駆け寄ってくる。


「アキト様っ、心配いたしましたっ!! ファルメントドラゴンキングを倒された後、急にお姿を消されてしまったものですからっ!」

「えっ……僕って、急に消えてたんだ? あのドラゴンキングを倒した後からの記憶って、あやふやなんだよね……」

「はっ、ドラゴンキングが消え失せた瞬間に緑色の光がアキト様を包みこみ、そのままお姿が見られなくなってしまったのです……」


 表情こそゾンビらしく無表情のままだけど、それでも彼女が僕のことをとても心配していたってことがその灰色の瞳からは伝わってくる。


 出会いこそあれだったわけだけど、やっぱり今の彼女と僕との間にはしっかりとした信頼の絆が結ばれている気がする。


「……その上、そのまま10日間もそのまま音沙汰なしになってしまいましたので……ですが、こうして無事なお姿を拝見することができて、今はとても安心しておりますっ!」

「と、10日も……僕はさっきファルメンとキングを倒したばっかりっていう感覚なんだけど、そんなに長い間眠ってたんだ……」

「はい……」


 ぐっと近づいてきて僕にぴったりと身を寄せるルーナ。


 彼女のひんやりと冷たい身体から、彼女の心の暖かさが伝わってくる。


 それに……なんでだろうか?


 ダンジョンの中ではほとんど無臭だと思っていた彼女だけど、今の彼女からは不思議と女性らしい甘くていい匂いが漂ってきている……ような気がするんだよな。


「そ、そう……それは、心配かけちゃったみたいで、悪かったね……」


 その身体から伝わってくる冷たいぬくもりに……ダンジョンの中のときよりもずっと強く彼女の存在を身近に感じることができる。


 それは、強敵だったファルメントドラゴンキング戦を共にした、ってことによる吊り橋効果なのだろうか……


 それとも……僕の中でもっと決定的になにかが変わってしまっているということなのだろうか……


 その決して嫌ではない気持ちに押し流され、僕はルーナに問いかける。


「……ごくっ……ね、ねえ……ルーナ…………い、いいかな?」

「……はい……もちろんです、アキト様」


 目を細めたルーナは更にぐっと身を寄せてくるのだった。




 ♢   ♢   ♢




 森の中なんて場所でスッキリとしてしまった僕。


 その相手であるところのルーナと共に、僕は森の中の小道を歩いていく。


 そのまま歩くこと30分ほど、僕の隣に付き従ってくれていたルーナが口をひらく。


「アキト様、残念ながら召喚の制限時間が来てしまったようです。感覚的には私の再召喚が可能になるのはしばらく先、となってしまうようですね……そうですね、数日程度の待機時間が発生する、という感じでしょうか」


 つまり、《サモンゾンビ》でルーナを召喚できるのは、数日なのかそれより長いのかはわからないけれど……一定期間に1回、しかも1時間くらいだけ、ってことになるのか。


 短い時間ってわけではないけれど、この世界と今の僕の状況を考えると十分に長いとも言えない。


「そうなんだねー……ルーナが側にいなくなっちゃうのは、残念だな」


 本来ならば一人だけで歩かなければ行けなかったこの道中。


 どんな敵が出てきてもまず大丈夫と言える最強ゾンビであるルーナの存在は、僕にとても安心を感じさせてくれるものだった。


「はっ、もったいないお言葉ですっ。私としてもアキト様を24時間つきっきりで護衛したいところではあります……が、ダンジョンに縛られている私には、それは不可能であるようです」


 その美少女顔は相変わらず無表情のままだけど、その言葉を聞けば彼女が心から無念だと思っていることがわかる。


「……くれぐれもお気を付けください、アキト様」

「うん、そうするよ。ま、でも今日の目的の宿はすぐそこだからさ、きっと大丈夫だよ……って、あの小屋だよ、もう見えてるね」

「はっ」


 歩く僕たちの前に見えてきたのは、小さな空き小屋だった。


 ちなみにここまでの道中にも何匹かモンスターが出てきたけど、最初のクマ型のモンスターとは違って僕一人でも倒せるくらいの雑魚モンスターばかりだった。


 最初に出会ったクマモンスターが例外だったってだけで、街道沿いが極端に危険になっているってわけでもなさそうだった。


 とはいえ、街道沿いにこんなに多くのモンスターが出てきているってのは普通じゃないはず。


 この国に何かしらの問題が起こってるってことは、間違いがなさそう。


「……ルーナ、ここまでありがとう。また何かあったら呼ばせてもらうね」

「はっ、アキト様のお役に立てて光栄でした……どのようなご用事でも、お気軽にお呼びつけくださいっ! も、もちろん……あちらのお仕事だけの場合でも、ご遠慮なさらずにっ……」


 真面目な顔をしながらアホなことを言ってくるルーナ。


 とはいえ、しっかりと安全が確保できているような場所があるならば、そういう呼び方をしたいっていうのは正直なところだ。


 ルーナってめちゃくちゃ美少女なゾンビだし。


「……ははっ、もちろんだよっ。それじゃまたね、ルーナ」

「はっ、失礼いたします、アキト様!」


 頭をびしっと下げるルーナ。


 ちょうど時間が来たのか、彼女の身体はそのまま闇煙となって消えてしまう。


「ふう、これで完全に一人、か……やっぱり一人になるとちょっと不安感があるね。さて、確か『アマゾネス』のやつらと使ったときは、鍵とかはかかってなかったんだよな……」


 僕は空き家の扉のノブに手をかけると、ゆっくりとその扉を引き開ける。


 ギーっ、と小さな音を立てて開いていく扉。


 入口の扉と小さな窓から入り込む光だけで薄暗く照らされる室内だけど……


「誰も……いないかな…………」


 警戒しつつ中を見回してみるけれど、とりあえず誰もいないようだ。


「……ん、なんか変な、匂いが……する? 気のせいかな……」


 なんだかこの部屋の中に、むわっとする変な匂いが漂っている気がするのだけど……


「まあ……誰もいなそうだし、別にいいか……」


 小さな部屋の中には、テーブルと椅子、古ぼけたソファー、ベッド、そして小さなかばんが一つ所在なさげに置かれているだけ。


「誰かの忘れ物、ってことかな? でも今は誰もいないんだよね……『アマゾネス』のやつらは、結構冒険者の泊まり宿に使われてるから人がいることが多い空き家、って言ってたと思うんだけどね……」


 街道沿いのモンスターも増えてるみたいだし、もしかしたら冒険者たちが活動を控えていたりとかするのだろうか?


 んー……しかし腹が減ったな。


 行きに『アマゾネス』のやつらと来たときには、確かそこの収納部屋のところに保存食が少しだけ置いてあったよな……


 僕は奥にある小さな収納部屋への入り口の扉を開いてみることにする。


「食事が残ってますようにー……ってなんか硬いな。鍵はかかってなかったよな?」


 僕は両手をドアノブにかけてぐっと力を入れて引いていく。


 もうこれ以上力をかけると壊れてしまうかも……と思った瞬間だった──


──ガスン


 っと扉がひらくのと同時に──扉の中からまっ白い何かが飛び出してくる。


「うわっっ、あいたたっ、なんだぁ……って、ぅぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!」

「ゔぁーゔぁー……ゔぁー」


 僕にぐっと抱きつくようにして、ゔぁーゔぁー言ってるのは、青白い素肌を持つ女性だった。


「うっ、わーっっ! わーっっっ!! わーっっ……って、この子ゾンビじゃんっ! やばいっっ、噛まれるっ!!」 


 ゔぁーゔぁーいいながら僕に抱きついて、首元をがじがじしているゾンビ。


 前世でよくやってたゾンビものゲームなら、焦ってそのまま噛み殺されちゃうかゾンビ菌に感染する、って展開すぎるわけだけど……


「…………ん、ってああ、そうか……ゾンビなら、恐れる必要はないのか……」


 ゾンビはがじがじと僕の首元をかじり続けているけど、相変わらずその攻撃はまったく僕に効果を及ぼさない。


 ゾンビが相手である以上、僕は最強無敵俺TUEEEEEEなのだ。


「ふう、あせったぁっ…………でも、なんも影響がないって思うと、意外とペットみたいで可愛いかもしれないな。この子……」


 そう思うのには理由がある。


 なんていうか、彼女は行動や肌色的にはたしかにゾンビなんだろうけど、身体が腐ってるって感じはまったくなくて、顔も可愛らしい女の子のままなのだ。


 黒髪ショートのボーイッシュな女の子。正直に行ってしまえばかなり好みな見た目をしている女の子だといえる。


 ルーナでゾンビ慣れしてしまったってこともあって、むしろかじりついてくる彼女に好感を感じてしまうくらいだった。


「ふむ、ゾンビになったばっかり……とかなのかね? どれ……《ゾンビステータスアナリシス》」




***********

名前:マリー・オスカー

種族:ヒューマンフレッシュゾンビ(腐族)

称号:エリート暗殺者


LV:112

HP:555/555

MP:362/362

攻撃力: 350(-50%)

素早さ: 783(-50%)

防御力: 259(-50%)

魔攻力: 425(-50%)

魔防力: 226(-50%)


職業:

【シーフエキスパート】(封)

スキル:

《アンロック・鍵》(封)《アンロック・罠》《気配遮断》《気配探知》《短剣投擲》(封)《暗殺》(封)


***********





「あー、フレッシュゾンビっていってるし、やっぱりそういうことなんだろうな……ってかこの娘つよおっ!! 詳しいステータスはどうなのかわからないけど、レベルでいったら『アマゾネス』のメンバー並じゃんっっ」


 しかしどんな事情があったのかは知らないけど、この空き家に入って何かをしている間にゾンビになっちゃったってことなのかな。


 あれ……そもそもにして、この世界の人間ってゾンビ化しちゃったりするものなんだろうか?


 ゾンビのいたあのダンジョンに潜る前、『アマゾネス』の人達ってそういう対策みたいなことしてなかったよな?


「……ま、それは後で考えればいいか……ゾンビ化するにしたってどうせ僕には効果がなさそうだし。しかし、僕のステータスと彼女のステータスがほぼ同じってことは、今の僕でも100レベル程度の冒険者くらいの力はあるってことなのかな?」


 異世界勇者レベル1だったときにも、曲がりなりにも神聖皇国騎士団長のロダンと戦えていたわけだし……人類の高レベルの人達のステータスはこのくらいってことになるのだろうか……


 いや、やっぱりあの時のロダンがかなり手加減してたって考えるほうが自然か……


 ってことは、やっぱりルーナとか、あのゾンビダンジョンの深層のモンスターたちってのは、常識はずれに強かったってことなんだね……


 そんなことに考えを巡らせながら、ガジガジと僕の指を噛む女ゾンビと戯れる。


「…………しかし、なんだろうね。僕の性欲って、一体どうなっちゃってるんだろ……」


 正直に言ってしまおう……僕は今、僕の目の前にいる女ゾンビに、無性にむらむらしてしまっているのだ。


 ゾンビとはいえ可愛い女の子であるマリーに性欲を感じるのは正しいことなのだろうか?


 それとも、魅力にあふれている見た目だからとはいえ、動く死体である彼女に性欲を感じてしまうのは人として間違ってるんだろうか?


「でも……感じちゃうんだから、しょうがないんだよなあ……」


 今の彼女は、僕が彼女の口に突っ込んだ指先をがじがじとかじってるわけだけど……


 甘噛みみたいなソフトな感触だけ伝わってくるものだから、余計に妙な気持ちになってしまう。


「ゾンビになっちゃってるんだし、同意を取る必要なんてないよな? 襲われてるわけだしね……?」

「ゔぁー……」


 僕の外道な言葉に、無垢な呻きを返してくる女ゾンビ……


 彼女には人間だった頃の意志はないようだし……


 一旦そう考えてしまうと、もう自分の行動をとめることはできなかった。


 僕はそのまま彼女の冷たい身体を、ぐっと抱き寄せるのだった。




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