幕間 ゾンビが湧いたとある村







「今日は良い天気ねえ……」


 アリシュテルト神聖皇国の外れに位置する小さな村。その村で薬剤師をしているファーラは、村の外壁を抜けて近くの山へと薬草を摘みに来ていた。


 この辺りでもモンスターが出ることはあるけれど、それはファーラ一人で対応できるような弱いモンスターばかり。ファーラや他の村人たちも、一人で村の外に出て活動することは普通のことだった。


「あら……この音、何かしら……?」


 山里で薬草を熱心に摘むファーラが聞きつけたのは、がさがさと草を揺するような物音だった。このあたりにいるモンスターの立てるような音ではなかったけれど、ファーラは念の為立ち上がって警戒しておく。どうやらその物音はファーラのいる場所から少し山へと分け入ったあたりから聞こえてきているようだった。


「ゔぁー……」

「これは……人の声、かしらね? なんだか掠れてるけど、怪我でもしてるのかしら……」


 医療に携わる人間であるファーラ。彼女は困っている人を捨て置けない優しい性格の持ち主でもあった。彼女は草をかき分けながら、そちらの方向を目指していく。


「……ちょっと、匂うわね……もしかして、死にかけの大怪我でもしてるのかしらっ? 急がなきゃ……」

「ゔぁー……」


 ファーラは声の聞こえてくる大木の後ろへと周り込む──そこにいたのは、ファーラと反対側を向いて立つ、一人の男だった。ファーラが近づいても、男が振り返ることはない。ファーラはゆっくりと男へと近づき声をかける。


「あの、だいじょうぶ……ですか?」

「……ゔぁー」


 ファーラのかけた声に、男は呻くばかりでファーラの方を振り返りはしなかった。ファーラは不審に思いながらも、さらに男の側へと近寄る……


 ついには男の前に出たファーラ。


 そのまま彼女が男の顔を見上げると……


「…………きゃっ……きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっ!!!!!!!」


 そこにいたのは、今にもファーラに噛みつこうとする、顔身体の崩れ落ちた腐乱死体のような存在だったのだ。







 落ちる夕陽が村を茜色に染め始めた夕暮れ時。村の門番を務めるリカルドは村の門に見知った影が近づいてきているのを見つける。今日村の外に出ているのはファーラだけ……外からの急な訪問者が来たのでもなければ、彼女がファーラであることは間違いない。


「……ファーラか? いつもより帰りが遅かったが……どうした怪我でもしたのかっ?」

「…………」


 ファーラと思しき影は、彼の問いかけに応えることもなく、ずっ、ずっ、っと足を引きずるようにして門へと近づいてくる。


 声も上げられない大怪我をしているのかと思い、リカルドは門をあけるとファーラへと近づいていく。


「おいっ、ファーラっ、だいじょぶかよっっ?」

「ゔぁっ……」

「ゔぁっ、て、なんだよその変な声はっ。でも、ダイジョブなんだな?」


 リカルドはファーラに近づくと彼女の両肩に手を当て顔をじっと見つめる……いつもよりずっと顔色が蒼白だ。


「顔色がわりいな……早く病院に行ったほうがいいっ……って、ぃてええっっ!! なんで俺の指を噛むんだよ、ファーラっっ!!」

「ゔぁー……」

「ああ、もうそれはいいからよっ! 早く病院いけ、場所はわかるな?」

「…………」

「もういいっ、俺が連れてってやるから……おいっ、ファーラを病院につれてくからっ、門を閉じといてくれ。それから門の見張りもしばらく頼むぞっ」


 リカルドは門の横にある門番小屋へ声をかける。


「ほーい、任せといててくださーい」


 最近門番として働き始めた若者が適当な声を返してくる。


「だいじょうぶかな、あいつ……悪いやつじゃねーんだけど、どうにもやる気がねえんだよな……ま、こんな辺鄙なとこにある村に盗賊なんてめったにこねーしな……っとまずい、ファーラのやつふらふらと勝手に歩いて、ほんとにやばそうじゃねーかっ」


 リカルドはずるずると足を引きずりながら歩き回るファーラに追いつき、その身体を両手で支える。


「ほらっ、いくぞっ……ぃてっ、ってだから、噛むなよッ! なんで今日のお前はやたらと噛んでくるんだっ!」


 リカルドも妙齢の美女であるファーラに噛まれて嬉しくないわけではなかったが、時と場合ってものがある。ジタバタと暴れるファーラを抱えるようにして、病院へと急いだのだった。





「よお先生、ファーラのやつはどうだ?」

「……首筋に何かに噛まれたような大怪我してたわ。そっちはとりあえず処置しておいたけど、どんどんと低体温になってるほうが気になるわね……こんな症状、見たことがないわ」

「そうか……なんか変な動物にでも噛まれちまったのかな?」


 リカルドの知識にはそんな症状を与えるような動物もモンスターもいなかったが、野生生物というのはどんどんとその存在を変えていくもの。


 ファーラは運悪くそんな突然変異の一つにでも噛まれてしまったのかもしれない。


「ファーラも妙に錯乱してたしな。ほらっ、これ見てくれよ先生、ファーラに噛まれちまったんだよ」


 リカルドが右手を見せると、その人差し指から血が滲んでいる。


「あら……貴方も……私もここ噛まれちゃったの……」


 医師も同じ様に指先をリカルドに見せる。そこにはくっきりとした歯型が残っており、じわりと血が流れ落ちている。


「あらっ、先生もだったか。ファーラのやつ、治ったらおしおきだなっ」

「そうね……私も噛んじゃおうかしらっ」

「ははっ」


 リカルドたちがそんな冗談を言いあっていた時だった──


「リカルドさんっっ、大変だっっ! 門から妙な人型のモンスターの群れが侵入してきてるっっ!!」

「なっ、なんだとぉっっ!! 門からモンスターって、あっ、あの野郎、門を締め忘れたなっっ! モンスターはつええのかっっ?」

「いやっ、強さも速さもそうでもないみてーだがっ、なかなか死ななくて耐久力がすげえみたいだっ! なんとか持ちこたえてるけど、助けが欲しいっ!」

「おうっ、わかった! ジェラードは村から戦えるやつをもっと集めてくれッ!! 俺は武器をとったらすぐいくっ!」

「おうッ!! わかったぜっ!」


 リカルドは医師へと向き直る。


「先生、悪いがファーラのことは任せていいか?」

「ええ、もちろんよ。ファーラのことは私が見ておくわっ。リカルドも気をつけてっ」


 リカルドはすぐさま病院から外へとかけ出る。


 リカルドの家は門と病院の間にある。門番小屋にも武器はあるが、家から予備の武器を持っていくほうが安全だろう……とリカルドは判断する。


 自宅で武器を回収したリカルドは、そのまま街の外門へ向けて走り続ける。


「大きな問題になる前に収められればいいんだけどな……ってなんだありゃぁっ! 結構な大軍じゃねえかっ!」


 既に門は破られており、外から次々と人型のなにかが入り込んできている。既に門の前では数人の男たちがその人型の化け物と戦っている。ジェラードが言っていた通り、その人型のモンスターの速度は遅い。今すぐやられてしまいそうな仲間の姿は見当たらなかった。


「しかし、ありゃあ……ゾンビってやつか……」


 手を前に上げながら腐り落ちた身体で前に詰め、受ける剣をものともせず相手に噛みつこうとする異形。比較的人間に近い姿をしたものから、ほとんど骨だけになってしまっているようなスケルトンに近いものまでいる。


「見た目はこええが、確かにスピードはおせえな……お前らっ、今助けにいくぞっっ!!」

「「「「リカルドさんっっ」」」」


 元冒険者であるリカルドは、かなりの戦闘経験を持つ高レベル戦闘員だ。


「はぁっ、ふっ、はぁっっ!!」


 手に持った剣で次々とゾンビを斬り伏せていく。ゾンビたちの動きはにぶく、リカルドはゾンビたちを切り伏せるのに苦労はしなかった。


 だが……


「柔らかい……が、確かにしぶといな……」


 腕や足を切ったくらいではゾンビたちは止まらない。頭を潰せばさすがに止まるようだけど、その頭だけは手などでガードしてくるくらいの知能はあるよう。


 完全にゾンビの動きを止めるには、3・4撃と攻撃を打ち込んでいく必要があった。

 

 リカルドは確実に1匹1匹を屠っていくが、その速度は決してリカルドが当初想定していたほど早くはなかった。


「よしっ、リカルドさんが来たから、いけるぞっ、どんどんこいつらを押し返せっっ!!」

「「「「おうっっ!」」」」


 とはいえ、リカルドが加わったこともあり、仲間たちは調子づいてゾンビを着実に倒していく。


 やがて、ジェラードが村から集めてきた数十名の戦闘員が加わったこともあり、リカルドたちはゾンビの大軍を村の外に押し返すことに成功したのだった。




──ドンっっ


 っと音を立てて閉められる村の門。そして閉じられたかんぬき。


「やったぞぉぉぉっっっ!!!!」

「「「「「「「おおおおおおおおッッッ!!!」」」」」」」


 なんとか門を閉めることに成功したリカルドたちだったが、その過程はそう簡単なものではなかった。ほとんどの戦闘員がどこかしらに傷を負っており、そこかしこから流血が見られる。


「よっし、お前らお疲れさんっ! 一体何があったかはしらねーが、明日にでも落ちついているようなら打ち上げをやるぞっっっ!! 怪我したやつはしっかり病院にいっておくようになっっ!」

「「「「「「「「おうっっ」」」」」」」」

「リカルドさんっ、俺は教会の方を見てくるぜっ、あそこは孤児が多いから心配だからなっ」

「ああ、ジェラード、頼むぜっ。俺はこのまま朝まで門を見張っておくからよっ!! さすがに門を破るようなパワーはなさそうだが……何かあったら門の釣り鐘を鳴らすぜっっ」


 リカルドの言葉にうなずきながら、戦いを終えた男たちが村へと戻っていく。


 なんとか村を守りきれた誇りと安心感を感じながら、彼らは病院や自宅へと戻っていった。













──その日の夜、村の病院を中心とした各所から大量のゾンビが湧き出し……村は夜明けを待たずして壊滅したのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る