幕間 ゾンビに堕ちる乙女たち
皇都アリアにあるギルドハウスの一室。
「へへへっ……大漁大漁っ……」
ニマニマとしただらしな笑顔で笑っているのは、S級冒険者グループ『アマゾネス』のリーダーであるアマンダ。
彼女が手に持っているのは大量の金貨が詰まった袋。
「くく、このずっしりとした重さ。これだけあれば10年は遊んで暮らせるな……」
常日頃S級冒険者グループのリーダーとして大金を稼いでいるアマンダではあったが、彼女が今回手に入れた金貨はそんな彼女にしてみても結構な大金だった。
「それもこれもアキトのやつのおかげかっ、あいつには感謝しねーといけねーなっ……ありがとよっ」
アマンダはダンジョンの下層に転移するトラップを踏んで消えた荷物持ちの男の顔を思い出し……いけしゃあしゃあと感謝の言葉を漏らす。
もちろんその感謝の言葉は、空虚に宙に溶けていくだけだった。
「んっ、あいつのことを考えたらマッサージをして欲しくなってきちまったな……ちっ、そういう意味では惜しいことをしたなっ。あれだけしっかりとマッサージテクニックを育てきった奴隷、ってのはなかなかに得難いものだからなっ……」
自分で死地へと追いやっておきながら、アマンダはしっかりと仕込んだアキトによるマッサージの気持ちよさを思い出す。
冒険者チームの前衛である彼女の筋肉をしっかりと癒すマッサージは、かなりのものと言っていいレベルになっていた。
殴る蹴るの暴行を加えながら彼女好みのマッサージを仕込んだアキトは、彼女にとって最高の奉仕奴隷だったのだ。
「あそこまで育った奴隷って考えると、やっぱちょっともったいなかったよなあっ……ま、言ってもしょうがねー、金はあるんだし今日は男でも買ってマッサージをさせるか」
そんなことを呟きながら立ち上がったアマンダの身体に、急に鋭い悪寒が走り抜ける。
「──んっっ!? なんだこりゃぁ、身体が芯からゾクゾクしてっ……寒い?」
たちの悪い風邪でも引いてしまっていたのか、アマンダは身体の芯がどんどんと冷たくなっていくような感覚を覚えていた。
まるで、生きたままに自分の身体が死んでしまっているような感覚。
「しゃあねえ……今日は休息日にするとして、クリーシュラのやつにでも見てもらうかっ……」
部屋から出ようと立ち上がるアマンダだったが、その時ちょうどよく彼女の部屋の扉を押し開くものがいた。
入ってきたのはチームの魔法使いであるダリア──それも、驚くような姿で。
「なぁっっ、ダリアっっ!? おめーっ! なんだそれはっっ?」
「なんだそれはって!? そっちこそ、それどうしたのよぉっっ、アマンダっっ!?」
アマンダの前に姿をみせたダリアは、顔から指先まで青白い肌になってしまっていた。
それはこの国で忌み嫌われるゾンビと呼ばれる存在を想起させるような姿だった。
「どうしたってお前こそっ……その肌色っ、まさかっ、お前、穢に堕ちちまったのかっ……!? 今俺が天に返してやるからなっっ!」
アマンダはベッドの脇に置いておいた大剣を手に取り、ダリアへと向かい合う。
「ちょっ、ちょっとやめてよっ! アマンダ、貴方こそ自分の肌色を見てみなさいよっっ!!」
「あたしの肌だとぉっ……っっっっっ!? って、なんだこりゃぁぁあっっ!?」
アマンダが自分の手のひらを改めて見下ろしてみると、彼女の自慢であった健康的に焼けた褐色肌が、青の交じった不健康な色へと染まってしまっている──まるで彼女自身もまた、ゾンビにでもなってしまったかのように。
「…………ど、どうしちまったんだっ、俺? ダリアも同じ症状ってことは……まさか、感染病か?」
「それもそうかもしれないけど、もしかしたら……わたしたちのチームに呪いでもかけられたのかもしれないわね……」
「呪いだぁっ……俺たち『アマゾネス』にそんなことする度胸のあるやつなんているのかよ……?」
S級冒険者チームである『アマゾネス』は、この国で重要視されている存在だ。
気軽に彼女達に手を出してくるような人間などそうそういないはずなのだ。
「わからないわよ。もしかしたら魔族かもしれないし、国のお偉いさんの誰かに目をつけられたって可能性もあるわね……」
「魔族、にお偉いさんかっ……どっちにしてもすぐに俺たちでどうこうする、ってわけにはいかなさそうだなっ……」
敵対する魔族や、権力にあぐらをかいた愚か者であれば彼女たちに手を出してくる可能性はある。
どちらにしても彼女たちが今すぐ対処できるような相手ではなかった。
「とりあえず、クリーシュラに見てもらいましょ……最高位のプリースト【プリースト・マスター】である彼女なら、もしかしたらこれを治せるかもしれないわ」
「そうだなっ……いこうぜっ」
ダリアとアマンダはクリーシュラの部屋へと向かう。
いきなり入って浄化でもされたら問題なので、アマンダたちは扉を丁寧にノックし中へと声をかける。
「クリーシュラ、いるか? ちょっと見てもらいてーものがあるんだが、慌てず驚かずで頼むぞっ」
「そ、そうなのっ、とんでもない状況になっちゃってるんだけど、これって私達が悪いんじゃないの……たぶん、呪いか何かをかけられたんじゃないかって思ってて……」
クリーシュラの返答を待つ二人だったが……しばらく待っていても、クリーシュラから返事が返ってくることはなかった。
「……寝てるのか?」
「そうかもしれないわね。緊急事態だし、はいりましょ……」
扉を開いた彼女達の前に飛び込んできたのは驚きの光景だった。
「……神よ、不忠をお許しください……今御許に参ります……」
椅子の上に立ち天井から吊るしたわっかに顔を入れようとしているクリーシュラ──その彼女の顔色もまた不健康な青白いものに変わっている。
クリーシュラが二人とまったく同じ状況に陥っているということは、容易に想像できることだった。
そして、彼女は自らその状態異常を解決することはできなかったのだろう。
敬虔なミディラヌ神の信徒である彼女は、自らの命に始末をつけるという選択肢をとろうとしていたのだ──もっともゾンビとなっている彼女に首吊りの効果があるとは思えないわけだが。
「ぁああああっ、やめろぉぉっ、クリーシュラっっ!!」
「そうよっ、これには何か理由があるのよっっ!!」
「は、離してよっ! 僕が穢そのものであるゾンビになっちゃうなんてっっ! こんなの、僕っ、もう生きてはいけないよっっ!!」
チームで一番敬虔にミディラヌ神を信奉するクリーシュラにとって、ゾンビ堕ちするということは地獄に落ちるよりも辛いことだった。
「落ち着け、クリーシュラっっ! 俺らがこんなことになってるのは絶対理由があるっ! 理由があるならその根本をたってやれば、原因を解決すれば元に戻れるはずだっ! 諦めるにはまだ早いっ!」
「そうよぉ、あたしもまだ死にたくないわぁ……」
二人の必死の説得を受け、ロープを持ったままジタバタと暴れていたクリーシュラの身体が止まっていく。
「……わかった…………絶対に、許さないっ! 誰だか知らないけど……こんなことしたやつ、絶対目にものみせてやるんだからっ!!」
小さな体から怨嗟の言葉を漏らすクリーシュラ。
「ああ、ばっちり復讐してやろうぜっ……だが、まずはここから一度逃げる必要がある。神聖皇国でゾンビみたいな姿をしてるのなんて見られたら、説明させてもらう暇もなく浄化されちまうはずだからなっ」
「そうね……このアリシュテルト神聖皇国でこんな姿をしてたら、一瞬で捕まるか殺されるかしてしまうわね〜。S級冒険者だからって例外はないはずよぉ」
「そのとおりだっ、よしっ、どうせサフィナのやつも同じ状況になってるんだろうし、サフィナのやつも連れてこの国から逃げだすぞっ……」
アマンダたちは自分の変化にも気づかず寝たままでいたサフィナをたたき起こし、脱出の準備をする。
そんな彼女達だったが、彼女たちのギルドハウスの周りが騒々しくなっていることに気づく。
アマンダは薄く窓を開けて、通りの様子を伺う。
「なんだありゃぁ……あれ、もしかしてゾンビか?」
「そうねっ……私達と違って、腐り落ちてるのもいるし、人としての意志があるわけじゃなさそうだけど……」
表通りには多くの不死者がさまよっており、通りかかる一般人に襲いかかったりしている。
その動きは遅いものだが、時折逃げ遅れた一般人が被害にあっているようだ。
「ひでえ光景だな……だが、こう言っちゃなんだが都合はいい……この混乱に乗じて抜け出すぞっっ!」
「そうね〜」
「おう」
「うんっ」
S級冒険者チーム『アマゾネス』は、街を襲うゾンビたちが引き起こしている大騒動の中、アリシュテルト神聖皇国の首都アリアをこっそりと脱出したのだった。
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