ユーリカ
競かなえ
ユーリカ
寒々しい木々に煌びやかなイルミネーション。増えるカップル。日に日に当たりが強くなる北風。単身のサラリーマンには堪える季節がやってきた。
三時間の残業からやっと解放された身体からは欠伸が漏れた。年の瀬で忙しくなるのは分かっていたが、客先トラブルのせいでの残業は腹立たしい。
ここから電車で小一時間揺られる。今日も座れなかった。渋谷、新宿、池袋……この辺りが地獄の満員電車になる。なにせ電車が揺れても、押し詰められた人でふらつくことすらできない程だ。
疲れた身体に追い打ちをかけられるのは慣れっこだ。だがイルミネーションを楽しんだ学生カップルが熱を持ったまま電車に乗りこんでくるのは別の辛さがある。
帰ったらコンビニ飯で済ませよう。あとは唯一の娯楽であるゲームで寝落ちすればいい。明日は休みだ。
最寄り駅も多くの利用客がいるため、改札まで列を乱さないように流れに乗る。
俺はファミリー用の高層マンションに住んでいる訳でもないので、ひとり寂しく国道沿いを歩いて帰った。
「ただいまー」
念のため防犯上、声をかける。返事が返ってくるはずもなく、虚しさだけが残る。
「あーあ、さっさとインするか」
オンラインゲームの中ではもうクリスマスイベントが始まっている。
チームのみんなは上手く四人組を作って参加するそうだ。そうだよな、クリスマスイベント一人で完走は辛すぎるよな。
しかも今回は“聖夜を取り戻す討伐イベント”。ソロでも出来なくもないが、こういうのは仲間と連携しながらやるのが醍醐味だ。
年末の忙しさにかまけてスタートが遅れてしまったことが悔やまれる。
仕方なく戦士一人でダンジョンに入った。
「マジか……今回絶妙に難易度高えじゃん」
毎年難なくクリアできていたから気に留めることもなかったが、魔法職は大事みたいだ。脳筋戦士だけでは一筋縄ではいかなかった。しかもかなりの迷宮だ。上ったり下りたり。何階層あるのかもわからないままひたすら突き進み、ついに回復アイテムも底を尽きた。
隠れられる場所で立ち止まり、一旦策を練る。
所属チームの仲間に声をかけて助けを待つか……いや、もう深夜だ。回復職でログインしている人はいない。
『大丈夫ですか……?』
ふいにポコンとチャットが飛んでくる。チーム内チャットではない。画面右下に白い吹き出しが出ている。開いていたチームチャット画面を閉じ、送り主を確認する。
小柄な女性だ。俺のキャラの正面に立ってくれているおかげで動かずにステータスを確認させてもらうことができた。
お、僧侶か。レベルも高いし回復を頼めるかもしれない。
悠長にそんなことを考え、チャットを返そうとしていると、清らかな耳障りのいいSEが流れた。もしやと思い、急いで自分のステータスを確認する。やっぱり。HPが回復し、状態異常も解除されていた。
それから二人は光に包まれ、ロード画面に移った。どこに飛ばされるのかと鼓動が速くなる。初めましての相手に回復魔法をかけてくれるくらいだから、安全な場所に移動してくれているのだと信じてはいるが。
やがてロード画面が終わると一軒の家の前にいた。広くはないが庭の手入れも行き届いた綺麗な外観だ。女性が家に入っていったのを確認して後に続く。中は観賞植物やストーリー報酬の家具が置かれていた。その奥の方で女性はピョンピョン飛び跳ねていた。彼女のそばにはベッドが一つ置かれていた。
使っていいよ、ということだろうか。お辞儀のモーションを選択してから休ませてもらった。
『あの……本当に、ありがとうございました』
『私たちは、月の加護を受けた戦士を探してたんです』
月の加護……そういえば今回のイベントはそんな話だったか。パーティーに戦士がいればクリアできるとかなんとか、そんなリークを見た気がする。
『そうだったんですね……。見つけてくださって助かりました。碌な装備も道具もなく挑んでしまって、途方に暮れていたところでした』
『私たちの旅に加わっていただけませんか。私、どうしても、神無月の魔物を倒したいんです』
『……助けていただいた恩があります。僕には拒否権なんてありません』
むしろパーティーを組んでくれるならこちらとしても万々歳だ。戦士単騎イベントクリアは難しそうだし。
『改めて、よろしくお願いします。僕はSoraと言います』
『私は、エウレカです。こちらこそよろしくお願いします』
簡単に挨拶を済ませてパーティーに加わった。
他のメンバーとも合流し、改めてダンジョン攻略へと赴いた。前回とは比べ物にならないほどスムーズに進める。どの職業も大事なんだな、と痛感させられる。
魔物を倒しながら、どこまで続くのか不安になるほどの螺旋階段を登っていると、ポコンとパーティーチャットが飛んできた。
『これはおかしい。罠にかかったのかもしれない』
確かにおかしい。バグか仕様か……仕事終わりの深夜に考えることは不可能だった。
メンバーから離れすぎないようにしながらダンジョン内を捜索する。特に変わったところはないようだ。これは詰んだか?
一旦小休憩を兼ねて画面から視線を外し、冷めたコーヒーを飲む。ずいぶん長いことプレイし続けているため、肩も凝っていた。動き回るメンバーをぼんやり眺めていると、エウレカさんの足もとが時折光っているのが目に入った。
気になったのでステータス画面から装備品を確認してみる。装飾品の欄にイベント途中でもらった鏡を身につけている。なんとなくそのテキスト文を読んでみた。
[クリスマス村でもらった鏡
あやしい光を映している ]
『エウレカさん、鏡……!』
彼女はすぐに、ある方向に向いたときのみ鏡が輝くことに気づいたらしい。
『Soraさん! ありがとう!』
キラリとエフェクトが出た後、ごうごうと猛烈な風のSEが流れる。画面の真ん中から光の筋が走り、ガラガラと崩れ落ちた。
ロード画面に切り替わるかと思いきや、突然何かの叫び声が響いた。深夜にこの演出は心臓に悪い。
画面が切り替わると、塔の頂上に鎮座した一匹の黒竜が、こちらを見ていた。鱗の質感やモーションに感動していると、黒竜は赤黒い炎を吐き出してきた。
急な戦闘にチャットを打つ暇もなく、各々戦闘配置につく。バフかけ、可能なデバフかけ、タイミングを見計らって攻撃を試みる。
勇者が攻撃を仕掛けるも運悪く跳ね返され、魔法使いも巻き込まれた。
「は? ワンパンキルはやべぇだろ……」
パーティーの半数がやられ、焦ってスティック操作がブレた。タイミング悪くエウレカさんのシールドが切れ、体力がどんどん削られていく。
回復する間もなくエウレカさんも倒れてしまった。
「マジか……蘇生アイテムは使用不可だしな……。これゴリ押すしかないか」
今回のイベントで気づかされた仲間の大切さ。もう俺しかいないんだ。回復も蘇生もできないなら、せめて最後まで戦い抜くのが戦士だろ。立ち回りは二流でも、志だけは一流でやってやるよ!
これまでの戦闘で溜まっていた必殺技を使用し、なんとかなれ、と祈るしかなかった。
技を受けた竜の黒い鱗がバラバラと崩れ落ちた。中から現われたのは、神々しいまでの白銀の竜だった。
第二形態かもしれない。これまでのストーリーでもやってくれたからな。
[待っていましたよ、月の加護を受けし戦士よ
仲間を守りたいという貴方の心にこたえます]
戦闘フィールドは解除され、ゆっくりとその竜の背に下ろされた。大きく両翼を広げた竜は塔の頂上から星空に飛び立った。演出を見た感じ、連戦でボスといったところだろう。危機は脱したようだ。
安心して椅子の背もたれでぐったり脱力した。ポコポコと飛んでくるチャットを見て、仲間を守れたことを実感する。
『Soraさん! すごいです! ありがとうございます!』
エウレカさんと出会えていなかったら、こんな気持ちを知ることはなかっただろう。きっと彼女は画面の向こう側で笑ってくれているはずだ。くすぐったいような、心地よい温かさを教えてくれた彼女は、俺にとって最高のクリスマスプレゼントになった。
一度暗転し、星空を翔ける竜の前に筋骨隆々とした男が立ちふさがった。あらくれと同じ体型モデルのごつい男。
『今回のボスか……?』
『こいつもしかして』
[メリークリスマス! 今宵はブラックサンタがお相手しよう]
昨年のクリスマスイベントにも登場した、日焼けサロンに通っているブラックサンタだった。
闇夜に溶け込み相手の隙をつく……そんな戦闘スタイルだったが、身体がごつすぎて動きは鈍く、赤いサンタの服が闇夜に溶け込めていないせいでまったく意味を成していなかった覚えがある。
前回倒した時の捨て台詞はたしか……「焼け方が足りなかったようだ、今度はさらにバージョンアップして帰ってこよう。また会おう! メリークリスマス!」だったか。心なしか前より日焼けが濃くなっている気がしなくもない。
『去年も会ったわ!』
『まだ諦めてなかったのかよ!』
『このサンタさん面白すぎ! ときどきマッスルポーズとってくるの、なんなの!』
『エウレカさんにも去年のクリスマスイベントやってほしかったですね』
先ほどの竜の戦闘とは打って変わって茶番のような戦闘を楽々と終えた。ブラックサンタはあっけなく倒れ、空の狭間に消えていった。
「よっしゃぁ! 無事クリア!」
報酬のお宝を受け取り、自動的にイベント集会所に移される。
相変わらずデカすぎるモミの木。赤とゴールドのオーナメントボール、白銀のリボン、一際輝くトップスター。あれは勇者の星なのだ、とプレイヤーは噂している。写真撮影中の集団、イベント途中で手に入れたしぐさで踊り狂う人々。毎年毎年同じ光景だ。
『きれい!』
『本当ですね、近くに行ってみましょうか』
チャットを打ち終わるまでに彼女は巨大クリスマスツリーにめがけて走っていってしまった。
そうだった。俺にとっては見慣れた場所だが、エウレカさんにとっては初めての場所なんだ。急いで追いかける。
『ちょっと家具買いますね』
そう言い、順番に露店を回っていく。俺も今年限定の家具だけは買っておくか。エウレカさんは度々銀行NPCに話しかけていた。きっとお金を下ろしているのだろう。
買い物待ちの間に軽く辺りを散策する。世の彼氏とはこんな気持ちなのだろうか。
『お待たせしました』
『いいもの買えましたか?』
『家に飾りたくてコンプしちゃいました!』
ピョンピョン飛び跳ねるしぐさを続けるエウレカさんに、思わずかわいい、と思ってしまった。
家具のコンプならこれも必須のはずだ。今回の討伐報酬のリース。露店のリボンと合わせて贈ると家具に変化するそうだ。
これをエウレカさんに……
『あの、ご迷惑でなければ……相方になってくれませんか』
そう個人チャットを送ってからスッと体温が下がるのを感じた。クリスマスの寂しさにほだされて、つい大きく出てしまったが、初対面の相手になんてことを言っているんだ。優しい女僧侶だからって浮かれている訳じゃない。
ほら、その、僧侶がいてくれた方が今後の冒険でも助かるから。うん。
ええい、言ってしまったものは仕方ない。受け取るかどうかはエウレカさんしだいだ。
[エウレカさんに クリスマスリース と タンザナイトのリボン を渡しますか?]
▶はい いいえ
ユーリカ 競かなえ @Kanae-Kisou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます