020:「冬物語(後日譚(シークエル))(Ⅱ)「小説家」」


 人生という名の「物語」では、決して読者になってはいけない……



 首都東京、大都会の超高層マンション。その最上階は都市部ビル群が一望できる絶景。宝石を散りばめたような夜景が広がっていた。


 書斎、男が一人黙々とディスプレー画面と向き合っていた。男はベストセラー作家だった。テキストエディターに次々と文字が打ち込まれていく。




 携帯電話に着信。男は電話を取った。

「ああ……ああ」


 通話先の相手と会話。

「愛衣ちゃんは祖父母夫婦がきちんと預かっているよ、とても元気だ」

「…………」

「ああ。真理亜さんももう一人の身体では無いのだから。無理をしないで、お腹の……赤ちゃんの事だけ考えていれば良いからね」


 男の声は何処までも優しい。

「…………」

「ああ、そうしてくれてかまわないよ。お金は振り込んでおくから。心配しないで」


 携帯電話を切る。

 男は不意に後ろから声をかけられた。

「アナタ。離婚届はリビングの机に置いてあるわ。後は全て弁護士に任せているから」


 男は背を受けたまま妻に話しかけた。

「考え直せないのか?」


 男は翻意を促した。だが、妻だった女性はゆっくりと首を横に振った。

「アナタはいい人。優しくて、お金持ちで、とてもカッコ良くて、信じられないくらい才能に溢れている大ベストセラー作家。私、大好きだったわ」


 妻だった女性は男の背中を愛おしそうに見つめた。男は振り向く。

「なのに君は僕の元を去って行くのかい?」


 妻だった女性は溜息混じり。

「何度も不倫して、あげくに女子大生を妊娠させて……私が許せると思っているの?」

「今までだってずっと……」


 妻だった女性は窓の外、大都会の夜景を見つめた。

「アナタにとって全ての「女」は遍く物語のヒロイン。そしてアナタは「主人公」。私は妻という名の。夫が浮気しても、不倫しても、なーんでも許しちゃう、夫を甘えさせる都合いいキャラ。ホントいい加減気付って話しよね、バッカみたい」

「僕は君を愛している」


 妻だった女性はわらった。

……でしょう。アナタは小説家なのだから文法は大切にしなきゃ」

「僕は何も間違っていない」


 男は妻だった女性を優しく抱き寄せた。男に抱きしめられながら問い質す。

「ねえ教えて……美しい女子大生とのラブストーリー。素敵な恋の街、ちゃんと創造できたの? 恋の街でアナタは「主人公」になってヒロイン達との間でどんな素敵な「恋物語ラブストーリ―」を体験してきたの? カッコ良く活躍できた? 私の役は? ……聞かせて? 最高の結末だった?」


「あぁ、僕のラブストーリーは全部ハッピーエンド。だから君も幸せだ」

「ウソつき。もうダメよ。私とアナタの物語は悲恋物語トラジックラブストーリーとして完結したの。私は本を閉じたの。もう、その先は読む気が起きないの」

「君はこんな終幕エンディングを望んでいるのかな」


 妻だった女性は男を突き飛ばす。そして肩を振るわせながら強い決意、男を睨む。

「もう完全に終わったのよ! 少なくとも私とアナタの「恋物語ラブストーリー」は……せめて、せめて私達に子供がいたら、違う結末になっていたかもしれない……」


 妻だった女性は溢れ出る涙でグジャグジャに顔を歪ませながら叫んだ。

「こんな結末、僕は望んでいない」


 妻だった女性はそのまま振り返り、書斎のドアを開いた。

「今、目の前にいる私は現実リアルの女。物語フィクションとは違うのよ……知らなかったの? アナタだけを見つめ続ける都合の良いヒロインじゃないのよ。アナタ……あぁ、もうあなたは夫じゃなかったわね」


 離婚を決意した元妻は男の言葉を無視し、一言だけ残し去って行った。

「さようならソウイチロウさん」




                               ■■END■■




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百恋物語(ストーリーズ) ~5歳児幼女から愛され過ぎてるぞ俺!?~  QUESTION_ENGINE @question_engine

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