第31話 殺戮者の卵①

 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。



 当たり前の顔をして青春を満喫する同級生が。幸せそうに子供を見守る親が。汗水垂らして懸命に働く奴が。楽しそうに昨日の出来事を友達に話す若者が。充実した老後の生活を送っている高齢者が。心から心配してますという顔をした教師が。


 憎くて憎くて憎くて、今にも――殺してしまいたくなる。


 その生涯を、アタシの手で、終わらせてしまいたい。

 お前達の人生なんて、所詮薄氷の上を歩いているだけに過ぎず――ほんの些細なキッカケで全てがあっけなく崩れ去るのだという事実を、アタシの手で思い知らせてやりたい。


 アタシ――リルリカ・ロスア15歳の人生は世界中の薄氷を打ち壊すために存在しています。全人類を殺し、世界で唯一の生存者となる事でアタシが世界で一番幸せだと世界に証明してみせるのです。それこそがアタシをこの世に生み落としてくれた天国の両親に対するせめてもの手向たむけ。


 そのためにはまず力を付けねばなりません。

 幸いにもアタシには魔法の才能がありました。この名門校――リストン女学院にてS級特待生として招かれるくらいには破格の才が。


 おかげで孤児院の人間としては望むべくもない高校進学を許されましたし、既に帝国における魔法分野の最高学府――ゼルシア皇立魔法大学校からも声が掛かっています。S級特待生という事で、学費が一切掛からないのですから、頭の固い院長ですら高校進学に引き続き、大学進学も許可せざるを得ないに違いありません。


 無論、院長がアタシの成長や幸せを願って成人後も孤児院に置いてくれているのではないと理解しています。あのおばさんはアタシが出世して多額の金を孤児院に寄付するのを期待しているのです。

 当然それが悪いとはアタシも思ってはいません。人は利害関係でのみ繋がる生き物。なんの益も無しにアタシに近付いて来る人間なんているハズが無いのですから。


 とは言え、アタシが大学を卒業したその時は、人類滅亡でお金なんてどうでもよくなるのに。馬鹿な人……。


 アタシはこの残り7年のモラトリアムを最大限活用して、世界最強の魔法使いマギになる。そして人類を殺し尽くした後、誰も残っていない世界で言ってやるのです。



 ――アタシの勝ち、ざまあみろ――               



 リストン女学院高等部魔法科に入学してから四か月が経過した頃。

 アタシは学長に呼び出しを受けていました。 


 変ですね。誰が見ても文句の付けようがない圧倒的成績をこの前の試験では叩き出したつもりだったのですが、一体なにを言われるのでしょうか。


「ロスア、お前の能力は誰もが認めている。だが何故授業をサボる? 最近はほとんど教室に顔を出さないそうじゃないか」


 学長室を訪れたアタシをソファーに座らせてからしばらく、書類仕事に没頭していた学長の手がようやく止まる。そして溜息を吐きながらの一言目がこれでした。

 アタシは「なんだそんな事か」と肩透かしを食らった気分で返答。


「授業内容が低レベル過ぎます。あれなら図書館で自習していた方がマシです」

「……アレでも高校生の内容としてはハイレベルなのだがな。伊達に我が校は国内屈指の名門校と呼ばれてはいないぞ?」

「だとしたら帝国のレベルが低いのでしょうね。お話はそれだけですか? でしたら失礼します。試験はちゃんと出席しますのでご安心を」


 アタシが立ち上がると今日も禿頭とくとうが眩しく輝いている学長は待ったを掛けます。


「いや話はまだある。……ロスア、お前なにか悩みを抱えているだろう? 私も教師生活が長い。なんとなく分かるんだよ」

「…………いえ、悩みなんてありません。アタシは魔法使いマギとして高みに至るのが天命だと理解していますので、そういった葛藤とは無縁です」


 学長はアタシの言葉が聞こえていないかのように話を継続。


「私は天才と言われるような人種ではないからお前の悩みを十全に理解してやれるとは言わない。だが悩みを悩みとして認識し、それを吐き出すだけでも随分楽になるものだ」

「はぁ……ならもっとタメになる高度な授業を行っていただきたいのですが」


「30以上年の離れた私では言いにくいかもしれない。自分より能力の低い教師では頼りないかもしれない。そこで私は外部からカウンセラーを呼んだ。ウェルト、出て来い」

「カウンセラー? いえですからアタシは悩みなんて無いと――」


 その瞬間でした。


「ばあっ!」

「――っ!?」


 目の前にいきなり女の子が現れたのです。黒くて長い髪が特徴的な、お人形のような小学生くらいの女の子。

 リストン女学院高等部のセーラー服を身に纏っていますが、お姉さんかお母さんのモノを着せてもらっているのでしょうか。


「ビックリした? ビックリしたよね! ポーカーフェイスを気取ってるけど心臓の鼓動が早まってるのが丸わかりだよ~!」


 このアタシが……魔法が発動する前兆を全く読み取れませんでした。こんな経験は初めてで大きく動揺してしまいます。


「な、なんですかこの子は! どっから出てきて――って学長。まさかこの子供がカウンセラー? 冗談も大概にしてください。アタシは子供が嫌いなんです」

「ウェルト……普通に扉から入って来いと言っておいただろう。ロスア、コイツはこのナリだがこの学院の卒業生だ。私の教え子の中でも一、二を争う俊英でな。きっとお前の力になってくれる」


 アタシは学長の発言を聞いてから、もう一度目の前にいる人物をジッと見詰める。そして再び学長へ視線を向けて問う。


「何故卒業生が学院の制服を着ているのです?」

「目の前にいる本人に聞けば良いだろう……。全く、入学して四か月も経つというのに人見知りが一向に改善せんな。で、ウェルト。私はお前の制服姿を見慣れていたからスルーしてしまっていたが、何故未だに高等部の制服を着用している?」


「いやーこれ着てるとリストンの女子高生だって一目で分かるじゃん? いちいち年齢確認されたり補導されるのいい加減うんざりだから、たまに外出する際はいつもこれなんだよね」


 確かにアタシも一目で小学生だと判断しましたし、目の前のウェルトさんはさぞかし親切な大人や警察に厄介になっているだろう事は想像に難くありません。うちの制服は在学生でないと購入出来ない仕組みになっているので、その点から見ても部外者のコスプレだと判断される可能性も低いと思います。

 しかし……やはり家族のおさがりを着た小学生という第一印象は薄れない気がするのですが、本人は果たして気付いているのでしょうか。


「馬鹿者め。24歳にもなってなにを考えている。それに、魔法大学のローブを着た方が確実だろう?」


 24歳!? この見た目で!?

 なんだか人類の神秘をまた一つ知ったような気になってきました。


「ローブは僕の趣味じゃないんだよねぇ。やっぱり僕の美貌を飾るには、だぼったいローブなんかじゃなくてセーラー服が一番だよ」

「はぁ……せめてその格好で面倒事を起こすなよ。お前は昔から厄介な問題を引き起こす。……それで? もう一人の問題児はどうした? アレにも私は声を掛けていたハズだが」


「ああ、それなら『パスですわ。有象無象の悩みなんてわたくしが知ったこっちゃありませんもの』って手紙が来たよ」

「超名門――ゼルシア皇立魔法大学校の主席と次席ともあろう者がなんたる有様ありさま。……お前達我が校を卒業してから魔法使いマギとしては兎も角、人間としてまるで成長していないだろ」


「そんな酷い! 僕は先生の頼みを受けて、わざわざ1か月ぶりに外出したって言うのに!」

「1か月、ぶり……だと? ウェルト、お前今なにをして生活してるんだ?」


「え、探偵だけど」

「探偵……!? 国内屈指の魔法の名門校を高校、大学と次席で卒業したお前が……探偵だと? 魔法はどうした魔法は!」


「安心してよ先生。魔法も勿論僕の人生に役立ってるよ。……主に宴会芸の肥やしとして」

「ウェルト貴様! あんなに将来を期待されたお前が何故! 【リストンの才華】の名が泣いているぞ! 今からでも良い……我が校の教師として――」


 ウェルトさんは、やれやれといった様子で首を横に振るとアタシの手を取りました。そして魔法を発動。


「まったく……いい年したおじさんが喚き散らすのは見るに堪えない。そう思わない? ロスアちゃん」


 先程まで学長室のソファーに腰を下ろしていたアタシ達は、何故か一瞬にして学院の地下訓練場に移動していました。

 恐らくウェルトさんが使ったのは闇魔法による生物召喚。この地点を魔法の発動場所として自身と手を握っていたアタシをこの場所に召喚したのでしょう。


 本来は使い魔や魔獣を遠くから呼び寄せるために使う魔法を、自分を召喚するために使うなんて。

 発想が常人とかけ離れているし、なにより学院長室から直線距離500メートルは離れているこの場所を起点として遠隔で魔法を発動させたその技術。……侮れない。


「まず自己紹介しようか。僕はニア・ウェルト、名探偵をしている」

「リ……リルリカ・ロスア、です。高等部……1年、です」


 放課後のこの時間は普段、魔法の修練をする生徒達で賑わっています。それがアタシ達以外には一人たりとも姿を見せないという事は今日はウェルトさんが貸し切りにしたのでしょう。きっと学長も手を貸したはずです。

 自身を名探偵とうそぶくウェルトさんは、にこにこと笑みを浮かべて口を開きます。


「ふむ、ではリルリカ。君はS級特待生らしいね?」

「ええ、アタシ魔法に関しては天才、なので」


「ふむふむ、天才か。僕にとって【天才】という言葉はただ一人の人間を指す代名詞のようなものだけど、君が本当にそうであるなら改めなければいけないね。それでリルリカ。君は【聖サムナス児童院】と【レニア孤児院】どちらの出身かな? 僕としてはレニアだと踏んでるんだけど」


「――――ッ」


 何故アタシの家が孤児院だと知っているの? そして数ある施設の中から二つにまで絞り込み、正解を当てるなんて……。

 学長からアタシの情報を聞いたとは考えにくいですね。あの学長はアタシの知る限り職務に忠実。学生の個人情報をいくら昔の教え子と言えど漏らすような人間ではありません。


 ならば他の教師? 学生?


「その反応はやっぱりレニアか」

「……アタシの住所を知ってどうするつもりですか」


「なにもしないさ。ただ――――」


 そんな猜疑の目を向けるアタシにウェルトさんが言ったのは驚きの言葉でした。


「――――ここ最近、政府の人間を殺してるのは君だね?」

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