第24話 一人目の天才

 僕とラヴェルが地上に降りて行くと、ルカとセレナが不満いっぱいといった顔でこちらへジト目を向けてくる。


 顔を合わせた時から何故か機嫌の悪かったラヴェルをなんとか宥めたと思ったら今度はこっちか。……今日は厄日かな?

 昔から自身の髪色を誇りに思っていた彼女に、全く同じ色の花を贈ってご機嫌を取るという、咄嗟のアドリブとは思えないファインプレーをした僕に世界はこれ以上なにを望むというのか。


 やれやれ、特に深くは考えてなかったけれども、魔法で作ったオリジナルの花というのは結果としてみれば最高だった。


 貴族というのは言葉をそのまま受け取らず、表情、言動、行動、そして贈り物などからあらゆる真意を探ろうとするめんどくさい生き物なのだ。

 当然ラヴェルもその例に漏れず、今回で言えばその辺に生えている花をテキトーに見繕ってプレゼントしていれば、確実にその花の状態や本数、花言葉から論理を飛躍させ、訳の分からない理由でぶちギレし機嫌を損ねて暴れ出すのがオチだった。


 その点から見て、今回の僕の選択はまさに最善。いや完璧であったと言えよう。

 数多ある宴会芸の一つである『なにも無い所から突然綺麗な花が!?』魔法が見事に決まった結果だ。


 いやーあの魔法、形になるまで半年掛かった力作だから喜んでくれて良かったよ。

 うんうん、引きこもり生活を続ける中でこの僕も着実に成長を遂げている。


 とまぁラヴェルへの対応はこのように文句の付け所がない。あとは彼女の憂さ晴らしに完全に巻き込まれた形のルカ達を宥めればミッションコンプリート。


 …………あれ? 冷静に考えれば僕を殺そうと暴れだすイカれたキリングマシーンのご機嫌は取って然るべきだが、機嫌が悪くなってもちょっとボディタッチが増えて甘えてくるだけのルカと、選ばれし勇者として心を強く律している(に違いない)セレナ相手ならばこのままでも問題なくないのでは? 



 ――よし、二人への対処はテキトーに済まそう。



 そんな僕の灰色の脳細胞が導き出した結論を知らないルカ達は、ぷんすか苦言を呈してくる。


 あぁ……跡形もなく消え去った訓練場ならラヴェルが時間魔法による時間逆行で完全に元通りに直したよ。流石天才、ホントになんでも出来るね。


「師匠、アタシ達死にかけたんですけど」

「なんの説明もなしにこれは酷いわね。余りにも危険な魔法の連続で、危うく剣を抜きかけたわ」

「ね、僕もびっくり。会っていきなり殺意全開で向かってくるなんて、あの子ちょっぴりイカれてると思わない?」


 少し離れたところで満足そうに伸びをしているラヴェルに聞こえないよう、少し小声で同調する。


「いやなんで師匠まで被害者ヅラしてるんですか。アナタ思いっきり加害者側の人間ですからね?」

「戦ってるニアの顔、随分楽しそうに見えたわよ」


「そんなまさか! 酷い誤解だよ。僕は降りかかる火の粉を振り払っただけだ! あの狂人の魔の手がルカ達に向かないよう、精一杯動いたっていうのにそんな受け取り方をされるなんて――」


「……花、アタシにもください。アタシの髪色と同じやつ。そしたら許してあげます」


 花? あぁ、ラヴェルにあげたのか。


 花になんて欠片も関心がないリルリカ・ロスアの興味を惹くとは、僕の作り出したお花は彼女によほど魅力的に映ったらしい。


 ルカの髪色と同じといったら明るい茶髪――正確には栗毛というらしい――だが、確かに作ろうと思えば作れる。だが【宴会芸の魔術師】を自称するこの僕が全く同じ芸を、同じステージで、二度も披露するなどあってはならない。ここは心を鬼にして断る他ないだろう。


「花は品切れだよ。ルカの髪色と同じ人体模型なら作れるけど――――どうする?」

「いる訳ないでしょう!? 人体模型貰ってどうするんですか!?」


「……………………家に飾るとか?」

「あんなのが四六時中視界に入ってたら気が狂いますよ! 依頼人だって不気味がります!!」


「あの狭い部屋に人体模型は……正直邪魔ね」

「ちなみに各関節部は可動式で多種多様なポーズを取らせることが可能だよ」


「可能だよって、セールスポイントみたいに言わないでください。人体模型にポーズ取らせたいと思った事ありませんから。アタシが欲しいのは花です!」

「……確かにニアが作った魔法の花は綺麗だったけど、私なら花なんかより松の木が欲しいわね。ほら、松って長生きだから老後まで一緒にいてくれそうじゃない?」


「生涯ボッチであるのを見越して、植物を人生の心の支えにする気ですか。アンバーさんは本当に可哀そうな生き物ですね」

「あんったに言われたくないわよっ、この引き篭もり! 社会生活を営んでる分、私の方が遥かに格上よ!」


「はぁ~やれやれ。師匠、この世間知らずに言ってやってください。女子高生は全てのカーストで頂点に君臨する最強生物だと」

「ごめん僕の中では女子高生より女子幼稚園児の方が上なんだけど?」

「「このロリコン!」」


 果たして女子幼稚園児という穢れを知らない純真無垢の権化をただただでる僕と、ほぼ間違いなくよこしまな目的で女子高生に強い関心を寄せる世間のどちらが悪なのだろうか。

 少なくとも、女子幼稚園児を保護するという名目で行きつけの幼稚園を巡回し、女子幼稚園児に「ニアお姉ちゃん」と呼ばれるまでに慕われている僕にあるのは、ただただ正義と慈愛の心のみだ。


「おーほっほっほっほ! なにやら愉快なお話をしておりますわね! わたくしも混ぜてくださらない?」


 すると、なにやら胸元に差した花を眺めながらウットリしていたラヴェルが、意気揚々とこちらにやってきた。

 当然、会話の内容には耳を傾けていたらしく、自身の胸を張りながら花を主張させるのも忘れない。


「ちっ、どこの誰か知りませんが呼んでません。殺しますよ」

「あらご挨拶ね。ニア? この二人をわたくしに紹介してくださる?」


 ラヴェルはいつものように、高貴で気品ある姿勢を保ちながら尊大に言う。


「はいはい。こっちの栗毛でおっぱいのデカい方がリストン女学院高等部魔法科三年のリルリカ・ロスア。僕の弟子で今は一緒に住んでる」

「どうも、師匠と毎日・・同じベッドで寝て、師匠の手料理を毎日・・食べているリルリカです」


 ルカは白いTシャツとタイトなジーンズを履き、靴には黒いローファーを着用していた。

 これは滅多に外に出ない彼女の数少ない定番コーディネイトの一つであり、Tシャツはその暴力的なサイズを誇るおっぱいがこれでもかと存在をアピールしている。ジーンズがピッタリと張り付いている彼女の細くて長い脚からは、思わず鼻息が荒くなってしまうようなエロスと、芸術に魅入られるが如き感覚に襲われる至高の造形美、その双方を感じ取れて眼福、眼福。


 ルカのスタイルの良さが滲み出るこの格好を見ると、今年も素晴らしい季節がやって来たなと夏の訪れを実感する今日この頃である。


「あらあら、随分と下品な胸部をお持ちだと思ってましたが、わたくし達の後輩でしたか。それにしては体内魔力オドの練り込みが荒い気がしますけど。わたくしの知らぬ間にレベルが落ちたのかしら?」

オバさん・・・・がうちの高校に通っていたのが何十年前か知りませんが、アタシは師匠に【天才】と評されていますのでよく知りもしないで勝った気にならない方が良いですよ?」


 ルカの【天才】という単語にピクリと眉を動かして反応するのはラヴェル。


「ふぅん、あのニアが貴方を……ねぇ。それはそれは――わたくしもほんの少しだけ、興味が湧いてきましたわ、リルリカさん」


 捕食者が獲物を狙うような獰猛な視線をラヴェルはルカに向ける。

 それを受けてもルカはどこ吹く風。涼しい顔をして、いつも通りの殺し屋みたいな凶悪な目付きで目線を送り返す。


「そしてこっちの暑苦しい格好でおっぱいが小さいのがアンバー。彼女が今回の依頼人で、久方ぶりに君を尋ねた理由でもある」

「………………ニアよりはあるわよ」


 アンバー――もといセレナ――は前述したように黒いローブに黒い手袋。フードを深く被りながらキツネのお面を着用していた。

 身長が高く、手足がスラっと伸びたモデルのような身体を持ちながら、他人からの好奇の視線が苦手という理由で彼女は法国にいた頃から常にこの格好らしい。


 まぁスタイルはともかく、彼女の銀髪は目立ちすぎるからその気持ちも分からなくもない。

 僕も身長が小さく、子供に見間違えられやすい事から、『まだ小学生なのに魔法使いマギの真似して髪伸ばしてる。可愛い』と謎に慈愛の目を向けられまくるからこうして引き篭もりになってしまった。――ごめん嘘、引き篭もりになったのは性格だわ。


 また、不審な動きをみせるサリウス法国を刺激しないために、勇者という正体は明かすべきではない。そういう結論に至った僕達三人は、彼女を法国からやって来た依頼人――アンバーとして接していた。


 ラヴェルはセレナを一瞥。


「貴方が大変な強者というのはわたくしにも分かります。そしてその名が偽名だろう事も。ですが生憎とわたくしにはニアのような推理力が無ければ、他者への関心もあまりありませんの。サッサと用件を済ませてしまいましょう。嗚呼ああ、わたくしはラヴェルです。お見知りおきを」


 相変わらず自分の興味ない事柄にはとことん無関心を貫くラヴェルだが、流石に彼女の紹介を『ラヴェルです』の一言で済ませる訳にはいかない。――というか、ルカとセレナの抗議の視線が先程よりもより強く、『それでこの女は一体なんなんだ』と語り掛けて来ていた。


「こいつはラヴェル・ミア・クラウド。数日前、ルカ達に小説の犯人探しの依頼を持ち掛けたギルバード・ヘムラ・クラウド公爵の一人娘だよ。君達は何故かラヴェルを男だと決めつけていたけど、ご覧の通り女だ。そしておっぱいがそれなりにデカい」


「ニア……貴方は人を紹介するときに胸のサイズを語らなきゃ気が済まないわけ?」


 ラヴェルは小柄――と言っても僕よりは大きい――な体格で、魔術師団メギアの団服である真紅のローブを身に纏っていた。

 ゼルシア帝国皇族の象徴とも言えるその色は、現皇帝の姪である彼女の髪色にも現れている。


 ところどころにある短く垂れ下がったり纏められた三つ編み、カールを巻いた毛先は明らかに毎日のセットが大変そう。膝部分まで美しく伸びた髪はこれまた歩く時に邪魔そう。

 明らかに常人には成しえない髪型に対する時間の掛けようは流石公爵令嬢と言えるが、その熱量は化粧にも向けられていた。


 化粧水やら乳液、コンシーラーにファンデーション、アイブロウ、マスカラ、アイライナー、チーク、リップその他諸々を全て自らが選定した高級なブランド品で。それも自らの要望通りに僅かにアレンジさせた特注品を揃えさせていると聞く。その上、髪型とは異なり、化粧は使用人には絶対に任せず自らの手で満足いくまで試行錯誤を繰り返すというのだから恐れ入る。

 化粧に納得がいかなければ決して自分の部屋から出て来ない点からも、彼女の美意識の高さが伺えよう。


 そんなラヴェルはパッチリとした黒目と筋の通った鼻、ふっくらとした唇それぞれがまるで作り物のように美しい。

 ルカとセレナも十人いれば十人が認める美人さんだが、ラヴェルもまた十人いれば十人が認める可憐さを誇る麗しさ。26歳という年齢を抱えて尚、未だ帝都一の美少女という呼び声を欲しいままにしている傑物だ。


「ラヴェルとは子供の頃からの仲でね。大学卒業までは毎日一緒にいたよ。ちなみに大学の成績はラヴェルが首席で僕が次席。いやーなにやっても勝てなかったね。間違いなくこいつは魔法の天才だ。天才同士、ルカは是非仲良くしてあげて欲しいな」


「へぇ、噂の一人目がこの人……。分かりました師匠、あとで殺しておきます」

「話聞いてた!? 仲良くしろって言ったんだけど!?」


「おーほっほっほ! リルリカさん、貴方程度では100年経ってもわたくしは殺しきれなくてよ」

「100年経ったらアナタは老衰で死んでますよオバさん」


 何故だか先程からルカとラヴェルの仲が険悪な気がしてならない。一体なにが彼女達の怒りをここまで駆り立てているのか。

 二人共他者への関心が希薄なタイプだから、こんなバチバチとした雰囲気になるとは夢にも思わなかった。


 ルカなんてラヴェルへの敵意からいつもの人見知りが発動してないし。


「ちょっと待って? 依頼人のあのおじさんは自分の子供とニアを結婚させようとしてたのよね? だとしたら……変じゃない? ニアは女でラヴェルも女で――」

「アンバーさん。現代において女の子が女の子と結ばれるのは当たり前の話です。13年前に改憲されたゼルシア帝国憲法24条一項にはこうあります。【婚姻は両者・・の合意のみに基づいて成立する】と」


 ルカは若干早口になりながらもセレナに熱く解説する。


「ここで重要なのは改憲前の両性・・という部分が両者・・へ変更された点です。つまりゼルシア帝国においてはかつての異性婚のみを認める法体制から、同性婚――特に女の子同士の婚姻を認める体制に移行した事を示しており、実際に百合婚が成立した事例も数万件に上り――」


「愛する者同士が結婚するのに、性別の壁が障害となってはならない。貴方もそう思わなくて? ……いえ聞くまでもありませんでしたわね。――悩める民草の問題を解決するのは貴族のつとめ。ですので幼き頃のわたくしは臣民しんみんためおもい、不退転の覚悟で叔父様に改憲を上奏したのですわ」


 ルカに被せるようにこれまた若干早口のラヴェルがセレナに語っている。

 民衆を思ってゼルシア帝国現皇帝に直接意見を言うなどなかなか出来る事ではない。今になって初めてその話を聞いた僕はついついラヴェルの献身さに感動してしまう。


「ラヴェル、僕はてっきり君は他人を石ころ程度にしか認識していないと思ってたけど、そうじゃなかったんだね。君ほど民を愛している貴族はそういないに違いない。僕は君が誇らしいよ」


「と、当然ですわ。おーほっほっほっほっほ!」


「聞いてるだけでなんか凄いわね……。帝国がそんな部分まで最先端だったなんて知らなかった」

「恥じる事はないよアンバー。僕も昔からラヴェルに、最近はルカに女同士の愛の素晴らしさをいて貰っていたけど、それが無かったら君と同じように感じていたかもしれない。これから学べばいいんだよ」


 こうして、この場にいる四人中三人が女同士の結婚を認める姿勢を見せた事で、セレナは自身の発言を恥じるように言葉をこぼす。


「――……どうやら世間知らずだったのは私の方みたいね、ごめんなさい。よくよく考えてみたら、どうして私ったら自分より貧弱な癖に偉そうで汚くてムダ毛ぼーぼーの男といずれ結ばれなくちゃいけないって考えていたのかしら。――――ハッ!? もしかしてこれがプロパガンダとか洗脳ってやつ? ……集団心理って恐ろしいわ」


 悪辣非道なサリウス法国め。危うくセレナという、とびっきりの美人を男なんぞに持っていかれるところだったぞ。

 まだ大してセレナをよく知らないが、彼女が笑顔で男と二人で歩いているのを見掛けたらショックで街を破壊してしまうかもしれない。それくらいに僕はセレナを気に入っている。


「それにしてもお父様ったらわたくしに内緒でニアを迎えようとしていて驚きましたわ。そういうやり口はわたくしの好みじゃありませんのに」

「だろうね。ラヴェルはあんな策をろうするタイプじゃない。君がその気なら、僕は寝ている間に地下室にでも監禁されてるだろう」


「おーほっほっほ! よくお分かりですわね!! 淑女にはお淑やかさも必要ですが、時には大胆な行動力が求められるもの。安心なさい。勝手な行動をしたお父様はここ数日、屋敷の調教部屋でお母様に叱られておりますから。それに、依頼の代価は今からわたくしの働きでしっかりとお返ししますわ」


「助かるよ。僕とルカだけじゃどうにもならなくてね」


 そうして僕達は広々とした訓練場の中央に移動し、女の子座りをしたセレナを取り囲むように位置につく。



「それじゃあ始めようか。アンバーに掛けられた呪術の解呪を」

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