第21話 報酬は?

「さぁ依頼も無事解決したところで、今回の報酬を教えてもらおうか。僕は無駄をこよなく愛するムダニストだけども、唯一無駄働きだけは嫌いだ。仕事として引き受けた以上報酬はしっかり貰う」


 ミステリー小説の犯人を特定するというこの依頼。内容的にも多額の報酬は期待できないが、わざわざ大図書館の司書にしつこく下巻の行方を尋ねていた依頼人ならもしかすると…………いやちょっと待て?

 今日ルカ達が主に資料を探していたのは大図書館の禁書庫だ。だが、あそこはよほどのコネを持つか、皇帝が特別に必要性を認めた者しか立ち入る事を認められない国家機密の宝庫。そこにわざわざ立ち入って、【あいうえお殺人事件】などという明らかに一般書にカテゴリーされる小説の行方をしつこく問いただす依頼人は何者だ? 

 司書が近衛を呼んでないという事実から明らかに依頼人は正規の手続きを経て禁書庫に入室しているが、目的が不明だ。――……まさかセレナを真の勇者であると見抜いて近付いてきた? ゼルシア帝国も一枚岩じゃない。もしかするとサリウス法国の刺客が今日僕の家に来た二人の他にも――


「それがですね、師匠。もうほんと驚きですよ」

「私達もなにかの間違いじゃないかって何度も確認したものね」


「驚き? 老い先短い私の全財産を君達に譲ろうとでも言ってたかい?」 

「依頼人のおじさんはそこまで年寄りじゃありませんよ」

「でも捉えようによってはそれ並みね」


 ルカとセレナはそう言ってお互いに顔を見合わせると、ルカがズボンのポケットから写真を一枚取り出した。そしてちゃぶ台の中央に優しく置く。


「これです」 


 そこに写っていたのは、写真に収まりきらないほど大きな四階建ての屋敷と美しい庭。そしてメイド姿をした四人の若い女性と一人の執事服の爺さん、一人の庭師と思われる中年の禿頭男が朗らかに笑顔を浮かべていた。

 屋敷は魔法での強化コーティングと親和性の高い漆喰で作られており、窓からは白くて清潔な内装と明らかに高級そうなインテリアの数々。さらに屋敷の奥に僅かに見えるあの塔は、ララノア大陸内で最も高い建造物とされる――皇城の玉座の塔。つまりこの屋敷は皇城からそう遠く離れていない貴族区の内の一つ――恐らく南西に位置するロワール特別区にあるのだろう。


 僕はこの写真を見せられた意図をいまいち把握しきれず、目を細める。


「――……この一枚の写真が報酬って事……? 幸せのお裾分けですよって? やかましいわ!」

「そんな訳ないでしょ、どんな嫌味よ。このお屋敷とそれを管理する使用人。それが報酬なのよ!」


「屋敷と使用人の…………ミニチュア?」

「本物よ! この期に及んでミニチュアな訳ないでしょ! どんっだけ現実を直視できないの!? このおんぼろアパートから脱出できるチャンスが来たのよ!」


 つまりは、この写真の屋敷とそれを管理する人員が報酬だって? いやまさかね。だって今回の依頼の内容ってたかだか小説の犯人を当てただけだよ? その対価としてこれはあまりに不釣り合いだ。もしこの対価に見合う仕事をしろと言われたら、僕は誰の指示を受けるでもなく自発的に上級貴族の暗殺でもしに行く。だってもはやそれくらいしないと割に合わない報酬だもんね、ちょっと怖い。依頼人頭おかしいんじゃないの?


「師匠、ようやくアタシ達の愛の巣が手に入るんですね。若干六名程邪魔なごみ虫がいますがすぐに排除しますから安心してください。あぁ、部屋は一緒で良いですよね? ベッドもシングルベッドで今まで通り一緒に寝ましょう。そうだ、お風呂も今の家くらいのサイズに小さくしてもらわないと密着度が……」


 なんだかルカがいつになく饒舌によく分からない事を語っていて怖い。まぁすぐに落ち着きを取り戻すだろうと彼女を意識から外した僕は、この報酬と依頼人について考える。


 大図書館の禁書庫に入室出来る人物。禁書と全く関係の無い大衆小説の話題を口にし、それに対して司書は困るそぶりをしながらも文句一つ言わない。その小説を見たのは数十年以上前なのにも関わらず、何故か今になって犯人探しを始めた。見ず知らず(?)のルカとセレナに依頼を託す。報酬は明らかに不釣り合いな巨大な屋敷。


 ――――っ! まさか……。


「――……この依頼人って金髪でカイゼル髭を蓄えた185センチ前後の筋肉質のおじさんだったんじゃない?」

「え、すごい! どうして分かったのよ!? ニアの推理ってそこまで読めちゃうものなの!?」


 あちゃあ、嫌な予感が当たってしまった。この依頼は明らかに僕に向けた罠だ。


「……これは推理じゃない。いや依頼人がその人だと特定したのは推理だけど、依頼人自体は知り合いなんだ」

「へぇ、師匠の知り合いって事は昔の依頼人とかですか?」

「私もこんな凄い報酬を用意する依頼人の正体が気になってたのよね。で、誰なの?」


 ルカとセレナは好奇心を露わにしてこちらに顔を近付けてくる。なんなら、先程僕が推理で明らかにした【あいうえお殺人】の犯人の正体よりも断然食いつきが良い。

 ま、まぁさっきまでの推理は所詮物語の中のお話。現実で自ら遭遇した謎に比べたら後者に心が傾いてしまうのは当然と言えた。


 ……だから悔しくなんてないもん。それなりに頑張って導き出した推理が、子供でも分かる推理に負けちゃうのはショックだけど……く、悔しくなんてないんだもん。


 軽く僕の探偵的プライドにひびが入ったが、それを悟らせないように二人へ返答する。


「その人はギルバード・ヘムラ・クラウド。ゼルシア帝国現皇帝の実弟にしてクラウド公爵者当主。今は軍で元帥をやっていたハズだよ」


 この言葉に大きく反応を示したのはセレナだ。


「う、噓でしょ!? クラウド公爵って法国出身の私でも知ってるわよ? ゼルシア皇帝の右腕にしてララノア大陸最強のゼルシア軍の最高権力者。皇帝にも強い発言力を持っていて、彼の気まぐれで幾つも国が滅びたって。……結構馴れ馴れしく話しちゃったけど大丈夫かしら? 後から不敬罪で逮捕されないわよね?」 


「勇者のセレナさんにそんな言い分が通用する訳ないでしょう? それにもしそんな事態になったらいつも通り皆殺しにすれば済む話です。良かったですね、また人が殺せますよ?」

「殺人鬼か私は!? そんな真似一度もした事ないわよ!」


 大陸法では勇者は人の枠組みが決めた権力とは完全に独立した存在であると明記されている。そのため、例え皇帝であってもセレナを前にしたらタダの人にならざるを得ない。


 大手を振って誰に対してもため口をきけるとは羨ましい限りだ。


「まぁクラウド公爵は心が広いからね。禁書庫でセレナが殴りかかっていたとしても笑って許してたよきっと」

「心が広いってレベルじゃないわよねそれ。ってか初対面で殴りかからないし私」


 かく言う僕も、過去に何度か不意を突いて魔法を撃ち込んでみたり、鍛え上げた拳を披露してみたものだ。そのどれを受けても豪快な笑顔で全てを許していたのだから相当な懐の深さと言えよう。


「顔見知りの師匠が言うなら間違いないんでしょうが……あまりにも広まっている噂や情報からかけ離れた人物像ですね。敢えて事実とは異なる情報を流しているんでしょうか?」

「さぁね。何はともあれ、ルカ達に依頼を持ち掛けたのはクラウド公爵で間違いないだろう。恐らく僕の紹介状で禁書庫に入った人物がいると知って、急いで彼も禁書庫へやって来たんだ。そして依頼という形でこちらにコンタクトを取って来た」


「知り合いなら直接ここに来て話せば良いじゃない。どうして私達を通した上で、依頼なんてまどろっこしい手段を使うのよ」


 そんなセレナの疑問に、僕は遠い目をしながら答える。


「直接だと僕が断るからさ。クラウド公爵が無理に依頼を作り、屋敷を報酬として渡そうとしてきた理由はただ一つ。それは――」


「「それは?」」


 ウェルト探偵事務所は知る人ぞ知る圧倒的依頼解決能力を誇りながら、多くの人は存在すら知らない秘匿性を誇っている。おかげで普段はぐうたら引きこもり生活を続け、たまにやりがいのある面白い依頼が舞い込んでは解決し、生活費を稼ぐという僕にとって理想的な環境が構築出来ていた。


 しかしこれは非常に絶妙なバランスの上、成り立っている奇跡。

 ここで僕が一度引き受けた依頼を後になって白紙に戻したと知られれば、ウェルト探偵事務所の評判は下がる。それが今回の依頼のように特にリスクも何も無い簡単なものであれば猶更だ。


 面倒を嫌って依頼を断った――程度の評価ならば良い。しかし、依頼を聞いた段階でその性質を見抜けず、後から思っていたものと違ったからと契約を一方的に破棄した無能。そう評されるのは非常に困る。

 無論、依頼を今から断ったとて、クラウド公爵がわざわざそれを口外するとは思わない。が、話がどこからか漏れれば、今後はつまらない依頼もこなさねば生きていけなくなるだろう。それは【無駄なく無駄をする】が信条の僕にとって到底受け入れられるものではない。


 クラウド公爵はそれを見越して、無理矢理ルカ達にどうでもいい依頼を引き受けさせ、僕が依頼を遂行せざるを得ないこの状況を作り上げたのだ。

 よっぽど写真の屋敷を僕にプレゼントしたかったらしい。

 流石は公爵にして元帥。見事にこちらの行動を制限して局面をコントロールしている。


 さてどうしたもんかと思いつつ、僕はルカ達に対して、クラウド公爵が屋敷をプレゼントしてくる意味を教えた。


「クラウド公爵はね、昔から彼の子供と僕を結婚させようとしてくるんだ。だから屋敷を貰ったら最後、いつの間にか彼の子供も一緒に住み始めて、気付いたら対外的には結婚してる事になる。そしていつの間にか公的書類も提出済みって寸法さ。困っちゃうよね」


 そんな僕の言葉を聞くと、ルカが次第に眉を顰めていき遂には――


 ダァァァァアンッ


「はい? 結婚?」


 拳を叩き付けてちゃぶ台を真っ二つに叩き割った。横に座っているセレナは突然の凶行にドン引きだ。


「師匠すいません、今から公爵とその息子を殴り殺してきます。安心してください、生まれてきた事を後悔させてから息の根を止めますから」



 いや君、魔法使いマギだよね? せめて魔法使いなよ。

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