第19話 あいうえお殺人事件⑤
主人公
・ピーター・エルドマン 男
探偵
・シャノン・スカーレット 女
第一の被害者
・グレゴリー・アメル 49歳 男性 詐欺師
第二の被害者
・ローズ・イグレシアス 36歳 女性
第三の被害者
・フォレス・ウリエル 47歳男性 金融会社経営
容疑者
・ヴィエゴ・エリソン 38歳男性 ローズの内縁の夫
・エドワード・ヴェイン 36歳男性 オ建の設計士
・レナード・オーティス 39歳男性 オ建の社長
犯人
・ルチア・キャンベル 19歳女性 オ建の社長秘書
~~~~~~
「パトリシアは第一の事件で、フォレスを介してフォレスの友人であるグレゴリー・アメルを廃工場に呼び出し、殺害した。恐らく彼女が【オーティス建設会社】の建設作業場所を職務上の地位を利用して巧みに操作していたんだろう。短期間の内に、『あ』『い』『う』から始まる地名にて連続して建設作業を行わせ、社長であるレナードの予定を殺害日のお昼前後だけすっぽりと空白にする。当然現場主義のプライスは予定が空いた時間は現場に赴く。そして自身もそれに同行。お昼休憩の間を縫って殺害を実行し、素知らぬふりをしてまた現場に戻っていたんだ」
社長秘書であるルチアが社長のレナードから離れて自然に単独行動出来るのはお昼休憩だけ。だからこそ被害者の死亡推定時刻はどれも正午から午後二時過ぎの時間に限定されていた。
「第一の事件が発覚した際、フォレスはすぐに思い至ったはずだ。ルチアが犯人だと。しかしもう一つ彼には思い立った事があったに違いない。――ルチアという女は過去にフォレスがグレゴリーと共謀して、金を巻き上げた家の娘では――と」
「ハ、ハァッ!? どっからそんな裏ストーリーが湧いて出て来た訳!? そんなの小説には一言も……」
唐突に現れた新情報に混乱した様子のセレナ。ルカは僕が何故そう断言するのか考え込んでいるみたいだ。
「ルチアの二人への殺害動機。そして母が死んで天涯孤独だという文章から推理したんだよ。母が死んで天涯孤独というなら父はどうしたんだろう?」
「もっと前に亡くなったのでは? ……いえ、師匠の言い方だとそれ以外が正解でしょうか」
「父親と母親はずっと前に離婚してるんだ。そして天涯孤独という言葉に辻褄を合わせると、娘であるルチアにとって母は家族だが父はもう家族として認めていない。父側に問題のあった険悪な別れだったのは確実だね」
するとセレナはハッとしたように呟く。
「って、もしかしてルチアが殺した、第一の被害者グレゴリーか第三の被害者フォレスが彼女の父親?」
「いくら別れてから時が経ったと言っても、娘相手なら顔を合わせればすぐに分かるものだ。友人であるグレゴリーを呼び出してもらうという作業をお願いしたフォレスとは、信頼関係を作るためにルチアは何度か顔を合わせているだろう。しかし結果として事件が起きるまで正体に気付かれなかった……。ならフォレストは親子ではない。つまり必然的に、ルチアが殺害直前まで顔も声を含めた一切を隠し通せたグレゴリーが父親だ」
大きく間を置かずに語り続ける。
「ルチアはグレゴリーを呼び出す際、それとフォレス相手にも十中八九偽名を使っていただろう。その上で、詐欺師グレゴリーのカモになりやすい人柄と少なくない貯金でも装っておけば、
そしてグレゴリーの背後から鉄パイプを持って忍び寄り、殴り殺した。
「グレゴリーは元々結婚詐欺のつもりで築き上げた家庭の金をほとんど持ち出して蒸発。母一人と娘一人、金に困った所で金貸しのフォレスが酷く同情したような顔をしながら、法外な利息で大金を貸してむしり取る。彼らは子供の頃から仲が良かったらしいし、これは何度かやっていた手口なのかもしれないね」
詐欺師という特殊な職業――これを仕事と言って良いかは定かでないが――を、物語冒頭での被害者情報として既に警察が特定出来ていたのも、グレゴリーが過去に詐欺関連で警察沙汰になっている事を示唆していたと考えられる。
「第一の事件後、すぐさま警察によって容疑者が集められた。人数は今よりも多かったかもしれない。当然その中にはルチアも居て、同じく容疑者だったフォレスはその時初めて、彼女の正体が友人の娘であったルチア・キャンベルだと知ったんだ」
「それでフォレスは身動きが取れなくなったのね。その状態のまま第二の事件が起きて、一連の事件は連続殺人事件だと発覚した。次の標的は『う』から始まる自分が、過去の恨みでルチアに殺されると思ったでしょうね」
「フォレスからしたら、ルチアの母が半年前に病気で亡くなっているという情報も痛かった。病気と借金の因果関係は分からないが、賠償金を支払って和解するという選択肢を封じられてしまっていたんだ」
そしてルチアにとって、母の死が復讐を志すスイッチになった可能性が高いと僕は睨んでいる。
「警察にも話せない、和解も無理筋。いよいよ切羽詰まったフォレスは、つい最近出会った元軍人の頼れそうな男を思い出した」
「容疑者の一人であるエドワード・ヴェイン。そして同じく容疑者であり主人公のピーター・エルドマンですね」
ルカの言葉に頷いた僕は一度紅茶で喉を潤してから、再び言葉を紡ぎだした。
「エドワードとピーター。フォレスが選んだのはエドワードだった。そりゃ当然さ、ピーターはなにやら探偵と仲良くしているし、その上精神を患っていて頼りがいがない」
一方エドワードは金に執着していて御しやすい。彼好みの人材だったハズだ。
「フォレスの信頼できる人物とはエドワードの事だったのね。犯人がルチアだと分かっていたから、出会ったばかりのエドワードでも安心してその身を預けられた」
「エドワードに十分な金を握らせて事情を話した彼は、とにかく身を守ってくれと頼み込んだ。エドワードはそれを快諾し『ほとぼりが冷めるまで俺が一緒にいて守ってやる』とでも言ったんじゃないかな。そしてあるホテルの前まで彼を連れて行き、『家に戻って護衛の準備をしてくる。それまでは誰も部屋の中に入れるな』と部屋の鍵を渡して別れた」
「朝、ホテルのチェックインを済まして鍵を受け取ったのは、フォレスではなくエドワードだったんですね」
「でもそれじゃあ、フォレスはどうして最終的に扉を開けちゃったのよ。結局殺されてるじゃない」
僕はちゃぶ台をコンコン……コンココンとリズムよく叩く。
「エドワードがホテルに戻って来た時の為に、二人は事前に合図を決めていたんだ。特定のリズムでドアをノックするから、それが聞こえたら扉を開けてくれ、みたいな感じで」
そう、つまりこの事件が二人の殺人鬼による共謀だと言っていたのはこういう事だ。
ルチア・キャンベルはエドワード・ヴェインにその合図となるノックのリズムを聞き、その通りに扉をノックした。するとエドワードが準備を整えて戻ってきてくれたと思い込んだフォレスは、無警戒に扉を開けてしまい――結果として彼女に刺殺された。
「――……全て、犯人側の読み通りに事が進んだという訳ですか」
「待って、エドワードがもう一人の犯人という事は、路地裏でキスしながら被害者の首を刺した第二の事件は彼が?」
「そうなるね。第二の事件はキスという名目で被害者を路地裏に連れて行ける人物ならば誰でも可能だけど、第三の事件がルチアとエドワードの二人じゃなきゃ説明が付かないんだから、第二の事件は彼がやったと考えるのが妥当だろう」
と、ここで急に大きな声で待ったを掛ける人物がいた。そう――リルリカ・ロスアちゃんである。
「ちょっと待ってください師匠。師匠の頭では、女性のキスの相手は男性とでも法律で決まっているんですか? 女の子の相手が女の子の可能性だって考えられるでしょう? 被害者ローズ・イグレシアスと殺人鬼ルチア・キャンベルのカップリングだってあり得ますよ! アタシ変な事言ってますか? ねぇ師匠ちょっとなんとか言ってくださいよ」
今の一瞬で酒でも飲んだのかこの弟子は。
別に僕は性的嗜好に偏見がある人間ではない。ルカの言うように女と女が致しちゃっても良いと思うしその逆も然りだ。僕個人の趣味の話で言っても、不潔でむさくるしい
それにここだけの話、日々巨大化していくルカのGカップが最近あまりにもエロいから、なるべく胸部からは目を背けているし、話す時もつい視線がおっぱいにいかないよう信じられないくらいの目力で彼女の眼をガン見してるくらい、女ながら女を意識しまくっている。
まぁバレたら絶対嫌われるから意地でも隠し通すけど。
「はいはい、ルカが男を好きでも女を好きでも僕は受け入れてあげるから自由に恋愛しなさい。一応年上としてアドバイスするなら、まずは学校に毎日行くことだね。あそこは男女問わず、九割がエロい事しか考えてないから猥談でもすればすぐ仲良くなれるよ」
僕は試したことないけど。
「猥談で仲良くなった友達ってなんか嫌ね……」
「くっ、そうじゃない、そうじゃないんです。もう、師匠のバ……名探偵~!」
「今馬鹿って言おうとしたよね!? でもこの人頭良いよなって思い返して名探偵に言い直したよね!?」
「名探偵」って罵倒する際のワード選びとしてどうなんだろう? 普通に褒められているようにしか感じないぞ。
「ニア、貴方ってホント推理以外はポンコツねぇ」
「宴会芸も出来るがッ!?」
少し話が脱線してしまったような気もするが推理を再開する。
「第二の事件の犯人をルチアではなく、エドワードと断定した理由は動機だよ。被害者は自身の浮気性が原因で何度も内縁の夫と喧嘩している。ならその浮気相手の一人が、エドワードとも十分考えられるだろう?」
「確かエドワードは資産家のお嬢様と婚約済みよね? それってマズいんじゃないの?」
「いや、エドワードとローズの関係はとっくの昔に終わってるんだ。金に執着している彼にとって、資産家のご令嬢との結婚で多額の金が手に入る状況はまさに夢のよう。つまり要らぬリスクを背負ってそれを台無しにされるような真似を彼は絶対に取らない」
気を取り直していつもの様子に戻ったルカが僕の言葉に付け足す。
「なるほど、関係自体は終わっていてエドワードとしても、もう関わりたくない。しかしローズがそれを嫌がった訳ですね。大好きな彼が別の女と結婚して、自分よりも遥かに幸せになろうとしているから」
「そう。そしてローズはとうとう『結婚をやめてくれないなら、私達の関係を向こうにバラす。今まで私が幾らあなたに貢いできたかも、全て!』とでも言ったんだろう。それでエドワードは殺すしかないと思ったんだ」
まぁエドワードがローズに貢がれていたかどうかは憶測でしかないが、彼のキャラクター性と殺害にまで至ってしまった事態の泥沼化から見て可能性は高い。
「でも結局人を殺しちゃったんだから結婚はパァじゃない? まさか資産家のご令嬢が家族の反対を押し切って、エドワードが罪を償うのを待つとも思えないし」
良い事を言ってくれたという意を表して、僕はパチンと手を叩く。
「そう、そこなんだよ。これまで寸分の狂いも無かった完璧な連続殺人の計画を立てた彼が、そこを考慮していないハズが無いんだ。だからこそ、下巻では――」
「いやちょっと待って? この計画はエドワードが立てたってどうして分かるの? それとニア、なんで貴方下巻の内容まで推理出来てるわけ? 上巻も碌に読んでないのに」
「計画を主導したのが彼じゃなきゃ、今後あらゆる部分で辻褄が合わなくなるんだ。下巻を推理出来てるのは、この小説が初心者向けで易しいのと……僕が名探偵だからかな?」
「セレナさん、師匠は謎を謎のままにしておくのが大嫌いなお人ですから。聞いても無いのに下巻について語るのは予想できた事です」
「私はまるっきり予想してなかったんだけど!? ここまでいくと推理ってよりも予言か超能力みたいで怖いわね!?」
二人も下巻の内容は気になっていただろうになんて言い草だ。だが推理してしまったからには話さずにはいられないのが僕の悪い癖。僕は瞬時に頭の中で内容を短くまとめると、口を開いて話し出した。
「第四の事件、そして第五の事件は『え』『お』がキーワードとなる。具体的な地名は推理しようがないからこの際無視して……。被害者は家名が『え』で始まるヴィエゴ・エリソン。そして『お』で始まるレナード・オーティスというのは誰の目にも明らかだ」
「一応主人公であるピーター・エルドマンも家名が『エ』から始まるけど、主人公が事件の最後でもなく途中で殺害されるハズがないものね」
「それに殺害する動機がありません」
そうそう、犯人からすればピーターは本当にただ巻き込まれただけの赤の他人。殺害する動機が生まれるほど仲を深めてもいなければ、知りもしていない。
「だがここで急展開! 第三の事件が起きた当日の夜、殺人犯エドワード・ヴェインの家が火事で全焼し、焦げ跡からは男の遺体と『え』と彫られた金属の板が見付かる」
「「 !?? 」」
予想を裏切る急展開過ぎて、二人の頭の上にはハテナマークが無数に浮かんでいる。
「そして夜が明けた朝方未明。今度はもう一人の殺人犯ルチア・キャンベルの自宅でルチアが拳銃を使った自殺で亡くなっているのが発見される。遺体の側には『お。』と書かれたカード。そして部屋からは彼女がこれまでの事件で着用していた、被害者の返り血が付いた衣服とガソリンが見付かる」
「「 ? ――……!??」」
もう我慢できないと言わんばかりに頭を捻り倒していたセレナがストップを掛ける。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよニア。なにがなんだかサッパリ分からないわ。どうして犯人がいきなり二人共殺害されるのよ」
セレナの横ではコクコクと頷くルカが同意の意を表している。
「そこが下巻の見所だよね。僕もまさか犯人が二人共死ぬとは意表を突かれたよ」
「アンタが考えたストーリーでしょうよこれ! なんで当の本人が驚かされてるわけ!?」
いや確かに僕が考えたっていうか、上巻の内容から推理したストーリーだけど、そりゃ驚くのは驚くよ。まぁトリックが分かれば納得しかないけど。
「当初予定されていたヴィエゴ、レナードの順で殺人を行う計画。殺人犯エドワードはこれを一度改め直して――……いや、予定通り計画を真のプランに移行して、二つの事件を実行したんだ。彼にはこうする以外に道は残されていないし、初めからそういう計画だったようだからまず間違いない」
母が死んだ事に対する復讐を果たすのが目的であるパトリシアと違って、ヴィエゴは殺人という手段を用いた上で資産家のご令嬢と結婚を果たすのが目的だ。故に、ヴィエゴは絶対に逮捕されてはいけない。
そうするとヴィエゴに取れる唯一残された道は、全ての罪をもう一人の殺人犯――ルチア・キャンベルに
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