第17話 あいうえお殺人事件③
主人公
・ピーター・エルドマン 男
探偵
・シャノン・スカーレット 女
第一の被害者
・グレゴリー・アメル 49歳 男性 詐欺師
第二の被害者
・ローズ・イグレシアス 36歳 女性
容疑者
・ヴィエゴ・エリソン 38歳男性 ローズの内縁の夫
・エドワード・ヴェイン 36歳男性 オ建の設計士
・レナード・オーティス 39歳男性 オ建の社長
・ルチア・キャンベル 19歳女性 オ建の社長秘書
・フォレス・ウリエル 47歳男性 金融会社経営
~~~~~~
ここでセレナとルカの口が一度止まる。どうやら現時点での容疑者はピーターを含めてもこの六名のみだったらしい。
二人は僕に少し考える時間を与えるためか、それとも興奮状態を落ち着かせるには放置が一番と判断したのか。ルカは立ち上がるなり紅茶を淹れにキッチンへ(徒歩四歩)。セレナは自力で犯人を見付け出すのを諦めていないのだろう。うんうんと唸りながら手元のメモを睨みつけている。
数分の時が流れ、ルカが三人分の紅茶を淹れて戻ったのを見計らった僕は口を開く。
「これが小説の中の物語という事を鑑みると、まず間違いなくこの容疑者の中に犯人はいるんだろうね。そして三人目は勿論、四人目の被害者もここから出る可能性が高い」
「登場人物もそれなりに多くなってきましたし、これ以上重要人物が現れて場を引っ掻き回すのはミステリーとしての格を落としますからね」
「でも叙述トリックとしての新たな登場人物なら入り込む余地はあるわよ? ほら、よくあるじゃない。物語の最終盤で探偵が『犯人はお前だ!』って言って、それまで存在を描写されていなかった物語の語り手がいきなり、お話に引っ張り出されるケース」
「あるにはあるけど……それは主に映画特有の手法じゃないかな? 実はこの映画は冒頭から最後まで映画の登場人物がカメラを回していたってやつでしょ?」
他にもナレーションを読み上げていたのが犯人だったなんてパターンもある。
「いえ師匠、叙述トリック的展開で言えば、実は全くノーマークだった主人公自身が犯人のパターンは小説でもそれなりにあります」
「一人称小説で主人公は犯人じゃないと油断させておきながら、実は多重人格者って発覚するタイプね。あれはどうしても納得いかないのよね私」
この【あいうえお殺人事件】で言えば、主人公ピーター・エルドマンが犯人であるという結末だ。話の構成としては読者の意表を突いていて面白い。しかしそれには致命的な要素があった。
「残念ながら主人公のピーターは犯人じゃない」
「別に残念とは欠片も思ってませんけどねアタシもセレナさんも」
ルカの言葉を受け、セレナがコクリと頷くがそれを無視して続ける。
「この小説が書かれた印刷革命以前というのは、ララノア大陸中で戦争が活発に行われていて、当然国内外問わず軍人は非常に重宝されていた。給料も良ければ待遇も良い。政府によるプロパガンダ政策の成果でまさに軍人は国のヒーローであると同時に憧れの職業だった訳だ」
「唯一の懸念は戦死というリスクですが……軍医という立場ならばそれも最小限に抑えられます」
「ふぅん……ならニアはこう言いたのね? そんな憧れの職業を辞めざるを得なかったというのなら、精神を患ったというピーターの症状はかなり重い、と」
「その通り。そうなるとピーターは現在まるっきり土地勘のない場所にいる事になる」
それまでなるほどねーと言わんばかりにうんうん首を縦に振っていたセレナの動きがピタリと止まる。そして眉をひそめながら僕に尋ねた。
「え!? どっからそんな話になった訳!?」
「はぁ、心配しないでくださいセレナさん。これは師匠がよく使う話術。結論だけ先に言って周囲を驚かせて楽しんでるんです」
そういうこと。推理でオーディエンスを沸かせたくなるのは探偵の
「ピーターは碌に病院もないような地方から都会に来て、大学の医学部に入り、軍へ入隊している」
「しかし実家が遠いからと言って土地勘がない事にはならないのでは?」
「ほら、あれじゃない? 昔近くに住んでいたなら一人暮らしに適したアパートの位置が分かるはずだし、短期間なら同居させてくれる知り合いがいるかもしれない。少なくとも一週間もホテル暮らしが続くのは不自然よ」
「うーん、根拠としては少し弱いような……」
ピーターについて我々いち読者が得ている情報は極めて少ない。そのため、ピーターは今金銭的に余裕があるのか、積極的に新居を探しているのか、それともホテル暮らしの生活にある程度満足しているのか。それらが分からない以上、セレナの推理は確実性に欠けていると言わざるを得ない。
「推理の一歩目としては正しいけれど、まだ不確定要素が多すぎてそれを根拠に推理をさらに発展させるのは難しい。だからそれを補強しよう」
「補強?」
「例えば……ルカ。ピーターと最初に会った時、探偵のシャノン・スカーレットはなにか言っていなかった? 初対面の人物の特徴から推理を披露するのはミステリーではお決まりなんだけど」
「はい師匠。シャノンはピーターと握手した途端、銃を撃ちなれた証拠である中指側面部に出来たタコと医療鞄を常に提げていた事で出来た左肩のライン状のアザ。それから頬にある複数の虫刺されの跡を見て、ロマーニ前線から戻って来たばかりの軍医だと見抜くシーンがありました」
ルカめ……僕が聞いてこないからって情報を出し惜しみしたな?
この弟子は最近、如何に少ない情報で僕が真相に至るのか観察して面白がっている節がある。無から有を生み出せないように、どんな名探偵だってゼロから真相は読み解けない。持ってる情報は全て吐き出して貰わないと困るよ……。
まぁルカにそんな文句を直接言おうものなら、捜査資料や聞き込みの証言を一言一句違わず全部再現するとかやりかねないから言わないけど!
「ピーターがいたというロマーニ前線がこの物語の舞台でない事は誰にでも分かるよね」
「当然です。そもそも戦争の最前線で巻き起こる連続殺人ミステリーなんて聞いたことありません」
僕としてはそれはそれで逆に読んでみたいけど。重要証拠が爆撃で焼失して発狂する警察と探偵とか
「同じように、医師や軍医としての研修を行っていた場所も全く別の場所だと推理できる。何故なら精神を患った際の効果的な処置として昔から有名なのは環境を大きく変える事だからだ」
「心は少しずつ蝕まれていくものね。仕事や人間関係から完全に切り離された遠い場所で静養させるというのはよくある話だと思うわ」
「では続けよう。先程セレナが言った推理と合わせると、九割九分、十中八九、彼にとって物語の舞台は新天地だろう。その上でピーターが連続殺人犯とすれば幾つか矛盾が生じる」
「被害者との関係性ですね師匠?」
「その通り。ミステリー小説において殺人が起きたなら、必ずそこに動機がある。しかし近隣に来て一週間程度しか経っていないピーターが被害者と出会い、殺意を覚えて、殺害を実行するなんて不自然なんだよ」
さらに今回の犯人は二人だけでなく、三人目四人目と犯行を続ける腹積もりだ。一週間でそれだけ殺したい相手が出来るなんて社会不適合者が過ぎる。とても軍医として働いていたとは思えないシリアルキラーぶりと言えた。
「一人目の被害者である詐欺師のグレゴリーは、軍人が英雄として莫大な人気を誇る時代背景的に元軍人のピーターを対象とした詐欺を働くとは考えにくい」
警察署や交番相手に強盗が金を奪いに行かないように。軍の基地でチンピラが暴力沙汰を働かないように。詐欺というのは社会的弱者を対象に行うものだ。そうでなければ手痛いしっぺ返しを食らうリスクがある。
「二人目の被害者、バーで働いているローズに関しても、精神を患った患者はアルコールを摂取してはならないという大原則がある。それは医者であるピーターも重々承知だろう。ならば彼がローズとバーで出会ったとは考えにくい」
「ピーターは被害者二人と深い接点を持っている可能性は非常に低いという事ですか」
「その通り。だから事件現場の廃工場や人通りの少ない裏路地みたいに明らかに怪しい場所へ被害者を誘導するなんてピーターにはとても無理だ。まだあるよ」
「よくもまぁそんなポンポンと推理が浮かぶわね……。実は過去に【あいうえお殺人事件】を読んだ事があるって言っても驚かないわよ」
読んでたらサッサとシャノンが作中で述べた推理をそのまま言ってしまうんだけどね。早く夕飯食べに行きたいし。
「二件目の殺人現場は人通りの少ない裏路地とある。これは文字通り
「そうですね。一件目の廃工場ならばまず誰も居ないんでしょうけど、ただの裏路地となれば近くに人が居る可能性は高いです」
「ならば、何故二人目の被害者ローズは首を刺される直前、周囲に助けを求めなかったのか、という大きな疑問が生じる」
「確かに犯人が凶器で殺しに掛かって来たなら叫ぶわよね普通。『助けてー』って。それに走って逃げなかったのも不自然だし」
「突然の命の危機に足がすくんだり腰が抜けたりしたのでは? 誰しもが最適な行動を取れるとは限りません」
「この後にも別の殺人を計画している犯人が、そんな運要素の強いリスクを放置してはおかないよ」
「じゃあどうやって犯人はそのリスクを取り除いたのよ」
僕は立ち膝でちゃぶ台越しに向かい合って座っていたセレナの元へ赴き、右手を彼女の腰に回した。
「え、ちょ、なにを!?」
そして唇と唇が触れ合うギリギリの位置まで顔を近付ける。そして口付けを交わしやすいように顔を僅かに斜めに傾けた。
「~~~~~っ///」
セレナは覚悟を決めたように目を閉じ、その桜色の唇をすぼめて僕を迎えようとする。
そして僕は――――
「はい殺害完了」
「ふぇっ!?」
遊ばせていた左手に持ったティースプーンをセレナの首筋――頸動脈のあたり――にコツンと当てて、第二の殺人事件がどのようにして行われたのか再現して見せた。
殺されたセレナは目をパチクリさせたと思いきや、勇者として隙を見せたのが悔しいのか白い頬を朱色に染めて心底恥ずかしそうにしている。
「キスの前後なら被害者の視界は遮られ、実際に刺されるまで気付かないという訳ですね。なるほど、さすがっ、ししょぉっ、でっ、すっ、ねっ」
なんだかルカからの肩パンが止まらない。……それもグーで。
一体彼女は何故不機嫌になっているのだろう。まぁ良いか。話を続ける。
「犯人は『キスしたい』とでも言ってごく自然に被害者を路地裏に連れ込んだんだろうね。そして殺した」
被害者の内縁の夫であるヴィエゴ・エリソンなら容易にできる犯行と言えよう。
「ですがっ、返りっ、血はっ、どうっしたのですかっ? 頸動脈っ、ならばっ、かなりのっ、出血量っ、のハズっ、ですっ」
「……さぁ? 上からもう一枚上着でも羽織ったんじゃない? それか元から
まぁどんな手段を取ったにせよ警察に調べられたらすぐバレてしまうから、犯人はすぐさま現場を立ち去ったのだろう。反対に、第一発見者として警察の身体検査を受けたピーターは犯人ではないと証明される。
「それじゃあページを進めて第三の事件に行ってみよう。説明よろし――」
「ってなにすんのよぉぉぉぉぉぉおおおおおッ!!」
「うわ、なんかいきなりキレた」
セレナは黒い聖剣を召喚するや否や、突如僕に向かってその聖剣を振り下ろしてきた。
ガチィンッ
僕はなんとかそれが脳天に直撃する直前に左右の手で真剣白刃取り。うぐ、とんでもなく魔力を持っていかれた。
「なんかじゃないのよ、なんかじゃ!! お、おおおお乙女の純情を、よ、よくもおおおお!」
「さ、ルカ第三の事件を早く」
「ちょっとは私の話を聞けえええ! この推理バカあああああ!」
「落ち着いてください泥棒猫。アタシの師匠を奪おうとするからこうなるんですよこの女狐」
「なんで私が悪いみたいになってるの!? 私被害者だよね!? ねぇ!?」
なんだか酷く興奮しているセレナは放っておいて、ルカは三つ目の事件について語り出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます