第13話 大図書館での成果
「で? 大図書館での調査はどうだったの? ルカは迷子にならなかった? トイレに引き篭もったりしなかった? 寂しくて泣いちゃわなかった?」
日が落ちて暫く経った頃、皇城へ出向いていたセレナとルカが家に帰って来た。
二人はそれぞれ、地道なペーパーワークと外出という慣れない事をしたためか、疲れた様子で床に座り込んでいる。
勇者であるセレナがいるのだから二人の方に刺客が送り込まれる心配は無いだろうと踏んで送り出していたが、この様子を見る限りその推測は当たっていたらしい。
僕は台所から今入れたばかりの冷たい麦茶を空間魔法による瞬間移動モドキでちゃぶ台の上に送り込む。
うん、魔法を使わない作業もそれはそれで味があるけど、やっぱり魔法を使った方が便利だね。一歩制御を見誤ればコップが破損して床が麦茶まみれになるけど。
「迷子なんてなる訳ないでしょー? リルリカったらずっと私の袖掴んで離さないんだから。道中、大通りの人込みを見て『うっ、吐きそうです……』とか言ってしがみ付いてきた時はぶん投げようかと思ったわよ」
「だって……あんなうじゃうじゃと大量に動いてるのを見たら気持ち悪くなっちゃって」
「通行人の事だよね? 言い方がゴキブリの巣でも発見した人のそれだよ、ルカ」
極度の人見知りなだけであって人間嫌いでは無かったはずだが……。
もしかすると長い引き篭もり生活の果てに外の世界を丸ごと敵と見なしてしまったのかもしれない。
流石我が弟子。ますます引き篭もり道の深淵へと足を踏み込んで来る。
「探し物中、司書の人に話し掛けられても、この子ったら『あ、いえ……』と『大丈夫です……』しか言わないし! どこにどんな本があるか分からないんだからちゃんと聞きなさいよ!」
「ふ、ふーん? そういうやり方もあるんですね! セレナさんあったま良い~!」
「そういうやり方しかないでしょうが! リルリカって高校生なのよね? 貴方学校でどうやって過ごしてんのよ」
「学校? それって年に数回試験だけ受けに行く場所ですよね?」
「そんな訳あるか! ……いや私も学校行った経験ないから詳しくは知らないけど」
「やれやれ、ここには社会不適合者しかいないのか?」
セレナとルカの会話を聞いて、僕が肩をすくめると二人は全力で叫ぶ。
「「その筆頭が貴方|(師匠)でしょ!」」
「帝国屈指の名門大学を次席で卒業した僕になんて言い草だ」
「いい学校出てても引き篭もりじゃあねぇ? 探偵業もあんまり繁盛してないみたいだし」
「繁盛しなくても良いんだよ。僕は引き篭もり生活を続けられる最低限のお金があればそれで良いんだから」
「困りますよ師匠。アタシは毎日お肉食べたいんですから。勿論ピクピクじゃない高いやつを」
「良いだろピクピク! ピクピクの肉の固さは顎も鍛えられるんだから!」
「鍛えてどうするんですか顎なんて!? そこらの魔物でも丸かじりして討伐する気ですか!?」
安い、固い、マズい。それがピクピク肉に対する偽らざる世間の評価だ。しかしピクピク愛好家の僕は声を大にして言いたい。
ピクピクも充分美味しいだろこの偏食者共めッ!!
口に入れるだけでとろけて無くなるような高級肉よりも! ゴムみたいに弾力があって噛み応えのあるピクピク肉の方が肉食べてるー!って感じがして良いじゃないか!!
どうやら人類は豊かになりすぎた影響で顎の筋力と味覚が退化してしまったらしい。なんと嘆かわしい事だ。
「推理の腕は確かなんだからもっと事務所を宣伝して依頼こなせば良いのに。そうすればすぐに毎日竜肉が食べられるようになるわよ?」
「竜肉。それは良いですね。師匠師匠、明日そこの窓から『難事件はウェルト探偵事務所にお任せ』ってビラをバラ撒きましょう」
「嫌だよ、今以上の労働は必要ない。無駄は好きだけど無駄に働くのだけはごめんだ」
「引き篭もり生活は身体に毒よ? いっぱい働いて世の中のためにその頭脳を活かしなさい」
「いっぱい働く……という事は師匠が外出する→師匠が外出すればアタシは部屋でひとりぼっち→今より師匠を構ってあげる時間が大幅に減る→師匠が寂しくて死んじゃう……?」
僕はウサギさんかな?
「――はい、その話なし。終わり終わり。セレナさんったら馬鹿な事言わないでください。嫌がる師匠を無理矢理働かせるなんて可哀想じゃありませんか。鬼畜の所業です。アタシ達はこれまで通り引き籠っていきましょー! ピクピク肉サイコー!」
「ピクピク肉の素晴らしさをルカも分かってくれたようで良かったよ。……忙しくなった場合の想定で、何故僕だけが外で働いて弟子のルカだけは家に引き篭もりっぱなしなのか謎だけど」
ルカってクールで物静かな外見に反して意外と子供っぽいっていうか、思考をそのまま口に出す癖があるんだよね。
たぶんルカの中では先程の発言の前半部分は声に出していない事になっているハズだ。
「リルリカ、貴方ニアに甘すぎでしょう? いや、この場合は自分に甘いのかしら? ニア、黙ってるつもりだったけどこの子、夕方あたりから『おうち帰りたい』『師匠に会いたい』ってうるさかったわよ? いい加減親離れさせなさい」
「僕親じゃないんだが!?」
超絶美女でまだまだピチピチの僕にこんなデカい(主に胸部が)娘がいて堪るか!
「ふ、ふーん? セレナさんったらなにを言っているのでしょうか。学校では【深窓の令姫】として高等部のみならず中東部、初等部の生徒にまで大人気なアタシがそんな子供みたいな発言する訳ないでしょう?」
「し、【深窓の令姫】……? 試験の時しか学校に行かない分際で過分な評価過ぎるでしょその異名。――……いやでもこの子、魔法の腕と見た目だけは抜群に良いし、学校ってそういうものなのかしら?」
「大変なんですよ? アタシが登校する日は正門から校舎まで生徒達が二列に並んでアタシ専用の花道を作るんです。そしてアタシが通り過ぎた場所から、花道を作っていた子達はアタシの後ろに並んで一斉に華々しく登校するんです」
「――急に胡散臭いわね。そんなマフィアのボスを出迎える舎弟みたいな光景がそこらの学校で起きてるイメージが一切湧かないんだけど……」
学校に通った経験がないばかりに、「病院長の総回診なの!?」とか「この引き篭もりっ子にそんな圧倒的カリスマが!?」とか「私を世間知らずだと思ってテキトー言ってるんじゃないでしょうね」とか色々混乱してしまっているセレナ。
うんうん、見事に戯言であしらわれてるよ。
そもそも人見知りのルカにそんな真似出来るハズないと少し考えれば分かりそうなものだが……。実際にそんな状況になったら彼女は魔法で逃走するかその場でゲロ吐くかの二択だ。
学院中の生徒の見守られながら盛大にゲロを吐くルカ。うーむ、一生モノのトラウマ確定な大事件だ。5年は家から外に出られなくなるかも。
「はいはい、【深窓の令姫】の話はもういいから本題に移ろう。二人共、目当ての情報は手に入れられた?」
さて、いつまでも駄弁っている訳にはいかない。僕は話を切り替えて、本日図書館で得た戦果について二人に尋ねる。
ルカは気付かれていないと思っているが、【深窓の令姫】とは彼女の中で特にお気に入りの妄想世界における自身の呼び名。つまりこの話は頭から尻尾まで全てが嘘で塗り固められている。魔王の居場所を突き止めるという目的がある僕らにとって、このまま彼女のファンタジーを聞き続けるのは余りにも空虚な時間の過ごし方と言えた。
……ちなみにリストン女学院高等部におけるルカの本当の呼び名は【ボッチ彗星】。いつも存在を忘れた頃に試験だけ受けに現れ、誰とも会話すること無く主席の座だけ手に入れて去っていくから、有名なボップ彗星を文字って命名された――らしい。
「当然。私は勇者よ? あの程度のお使いくらい竜と戦いながらでも遂行できるわ」
「にしては時間掛かったね? もう夜だよ?」
「リルリカが関係無い書物を読み漁らなければもう少し早く帰って来れたわよ! あの子ったら図書館に入るなり目的無視して読書始めるんだもの! ……ハァ、リルリカの世話は竜の討伐以上に厄介ね」
「ふ、二人揃ってそんな目で見ないでください。だって皇城の禁書庫を訪れる機会なんて初めての経験でしたし、次いつあるか……」
この活字中毒者め……!
僕とセレナ双方から発せられる問題児を見るような視線から顔を逸らしつつ、ルカは「そもそも!」と続けて言葉を紡ぐ。
「セレナさんだって資料を読むスピードが遅すぎてお荷物だったじゃないですか」
「ハァッ!? 私は見落としが無いように丁寧に読み込んでただけよ! 【世界禁呪全集】とかいう危険の塊みたいな本読みこんでた貴方とは違うわ!」
「まぁまぁ二人共落ち着いて。どっちも頑張ったで良いじゃないか」
「「良くない!!」」
ヒートアップする二人を宥めようとする僕にルカとセレナは大声で食って掛かる。
本日二度目のハモリに動揺を隠せない。
「き、君達随分仲良くなったね? 漫才コンビにでもなるの?」
「意味分からない事言わないでください師匠」
「それよりサッサと調査報告するわよ。早くしないと外のお店閉まっちゃうし。きょ、今日も行くんでしょ? その――ご飯食べに……」
何故そこで頬を赤らめる勇者よ。どんだけ人と食べるご飯を切望しているんだ。
そりゃ依頼人――セレナ――の奢りで美味しいモノ食べられるならその機会を逃す手はないから行くけど!
「まず調べたのは師匠からお願いされていた世界の地理です」
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