第6話 セレナ・ヴァーンシュタイン②

 幼女という生き物は世界の神秘、世界の宝だ。

 見て可愛い、触ってぷにぷに、話してほんわか、笑って天使。


 男児には欠片も興味の湧かない僕だけど、ひとたび幼女を想像すればそれだけで幸せな気持ちになって笑顔が絶えなくなる。


 近年は部屋に引き篭もってるため生の幼女を拝めていないが、僕も学生時代はそれなりに近所の手頃な幼稚園を巡回していたものだ。あまりにも僕が顔を出すものだから、幼女達は僕を見付けるなり『お姉ちゃん、お姉ちゃん』と抱っこをせがんできたし、幼稚園の先生は僕が幼女達を引き付けている間に休憩に入る信頼のされよう。


 くぅ~、あの幸せな光景は今でも忘れられない。……え? 男児はどうしてたかって? 奴らにはテキトーに飴玉を放り投げて『そーら、取ってこーい!』ってやってたよ。 


 ぐふふふ、探偵という仕事に飽きたら幼稚園を開くのもありかも。

 園長室で引き篭もりつつ窓から幼女をニヤニヤ眺める僕。……うーん、言葉だけ聞くと変態さんだ。


「いや貴方も似たようなものでしょ。見た目だけなら10代前半が余裕で通用するわよ」

「分かってない。分かってないよセレナ! 10代前半は幼女じゃない、少女だ! いや少女は少女で好きだけども!! てか僕は少女じゃなくて立派なレディーだけども!!」


 幼女か少女か。それは学会でも長年議論され続けている終わりの無い争いだ。

 純真無垢で感情の赴くままにる幼女か、それとも大人への一歩を踏み出し恥じらいを覚えた少女か。語り出せば切りがない。


 しかし一つ確かなのは幼女も少女も、どちらもこれ以上なく愛らしい存在であり僕の母性をこれでもかとくすぐってくる天使という事である。……もしかしたら僕は世界中の天使達を保護する為に天界から遣わされた使徒なのかもしれない。


 やはり幼女専門幼稚園の設立が望まれる。


「幼女と少女の違いなんてどうでもいいわよ。てかそもそも幼女の七仙人だって中身は確実にババアだからね? んなもんありがたがる気が知れないわ」

「ロリババア仙人か……需要がニッチすぎるな。僕をして受け止めきれるかどうか」


 そんな珍妙な存在に出会った事がないから、いざロリババア仙人に出会っても僕の幼女センサーが発動するかは謎だ。もっとも帝国どころか家からも滅多に出ない僕が遭遇する訳ないけど。


「ルカ。そろそろどうだい?」


 いい加減結論が出ただろうと一人話の蚊帳かやそとだったルカに声を掛ける。

 すると彼女は穴が開くほど凝視していたセレナの後頭部から視線を外して報告してくれた。


「結論から言うと、アタシ一人じゃ解呪は無理だと思います。マンパワーが足りません。やるなら師匠とアタシ、それと最低もう一人必要です。アタシクラスの体内魔力オド量を持って、制御と応用が師匠レベルの強力な魔法使いマギがいれば多分いけます」


「ふむ……応急措置としての一時的な阻害なら?」

「あ、それならアタシ一人で平気です。ただ三十分くらいしか持ちませんよ。それと、とっても疲れるので今日の夕飯はお肉が必要です」

「お金無いって言ってんだろこら」


 なーにここぞとばかりに肉を要求しているんだ図々しい。肉が食べられるなら僕だって肉食べたいわ! 何を隠そう僕の好物は焼き加減レアのステーキだぞ? あぁ、肉汁たっぷりで赤みがかった熱々のステーキにニンニク醤油のタレを掛けて美味しく頂きたい。


 幼女と肉。それは僕の心を支える二大巨頭だ。


「ニア、リルリカ。私のためになんとかしようとしてくれるのは嬉しいけど、現状特に困ってないから別にいいわよ? ここに来た本題だって別の話だし」

「君はそうでも僕達が許容できない。この手の呪術というのは保険が用意されているケースが多いんだ。例えば、術が発動するたび術者にそれが伝わったり、術を解呪した者に呪いを付与したりね」


 制約魔法や呪術には定められたルールを破ると死ぬなどのペナルティを与える古典的なタイプから、セレナに掛かっているような物理的にルールを破れなくしてしまような強制型のタイプなど多岐にわたる。

 特に強制型の術は古典的術と比較して比較的容易に術を掛けられる、術の効果が圧倒的に長いなどのメリットが存在するが、反対に術を破られやすいのがデメリットだ。そのため、術を破ろうとする又は破られた先を見越した保険でなんらかのオプションが追加されている場合がほとんど。


 今回のように勇者に掛けるという重要な意味を持つ術ならば確実に容易されていると見て間違いなかった。

 そこで術の完全無効化は難しいものの、次善策として術の効力とそれに付随する保険を一時的に麻痺させる手段として先程ルカに頼んだのが阻害となる。


「七仙人も暇じゃないだろうから、術が発動するたび律義に動いたりはしないと思う。でもね、何度も何度も連続してそれが起きたなら必ず行動を起こすよ」

「もしセレナさんの現在地が分かるようなタイプだったら事ですからね。師匠とアタシの甘い新婚生活を邪魔させるわけにはいきません」   


「おい。誰が、いつ、ルカと結婚した。言っとくけど君は居候だからね?」

「もう師匠ったら恥ずかしがり屋さん。寝るとき同じベッドじゃなきゃ嫌だって泣きついてたのは何処の誰でしたっけ?」

「うん、僕の記憶が確かならリストン女学院高等部魔法科三年のリルリカ・ロスアさんだったね」


「もう! さん付けなんてよしてください。いつもみたいにルーちゃんって呼んで? アタシとニーちゃんの仲でしょ」

「師匠に対する距離感の詰め方バグり過ぎだろ。お姉ちゃんなら許可しても良いけども!」

「お姉ちゃんなら許可するのね……」


 まったく、超メジャー同音異義語に戦いを挑もうとする愛称を付けるんじゃない紛らわしい。

 いくらなんでもニーちゃんと兄ちゃんじゃ、誰の耳にも兄ちゃんにしか聞こえないではないか。


 いやでもルカに甘い声で『お兄ちゃん♪』って呼ばれるのはそれはそれで新しい扉が開かれそうで興味がある。無論『お姉ちゃん♪』は強く推奨しちゃう。クールな美女が甘える姿ってどこかグッとくるものがあるよね。


「それで……私の呪いとやらはどうなるのよ。貴方達のイチャイチャを見せ付けられるこっちの身にもなって欲しいのだけど」


 呆れたように僕、ルカへ視線を向けつつそう言い放つセレナ。

 ルカは目を向けられたその瞬間にそそくさと僕の背中に避難して、背中越しに言う。


「と、とと取り敢えず、術の阻害は終わりました……。これから三十分程度は好き放題出来ます……師匠」

「だってさ。ごめんね? うちの子、赤ちゃん並みに人見知り激しくて」


 うちの弟子がいい年して人見知りすぎる。


「それは構わないけど、話しながらそんな高等な真似してたのこの子? ――凄まじいわね」


 僕と話している時や魔法について話す時はとても饒舌なのにそれ以外は何故ここまで挙動不審になるのだろう。


 背中に抗議のパンチを受けつつセレナの様子を伺う。


 よく見ると、先程まで彼女の全身を覆っていた不自然な魔力の塊の上に新たに巨大な魔力が覆い被さっているのが見て取れる。こちらがルカの魔力だ。


「――うん、上出来だね」

「当然です」


 とは言え、今回行った処理は解呪でなく阻害。それも時間制限付き。ならば早く話を進めてしまうに限る。


「さぁ、セレナ。後顧の憂いを断ったところで聞かせて貰おうか依頼内容を」

「は、払ってもらいますよ。今月の家賃と今日の晩御飯代を」


 ようやく本題だと僕とルカはセレナに迫る。……ルカは未だに僕の背中に向けて喋ってるけど気迫は充分だ。


 それを受けて、セレナは重々しく口を開く。



「魔王の居場所を推理して欲しいの」

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