問題篇

Scene1 彼は殺意を込めて、本のページを刺し貫く

 ――嗚呼ああ忌々いまいましい!



 内心で叫びながら、ナイフを振り下ろす。

 小説の表紙、著者ちょしゃ名が書かれている部分に穴が穿うがたれた。



 ――殺してやる! 必ず殺してやるッ!



 『』と題された書籍を、何度もつらぬく。

 まるで、本が著者ちょしゃの身代わりであるかのように。



 ――俺の人生を……! 奪いやがって……!



 やがて、疲れ果てたのか、ナイフを振る手は止まる。

 それから、男はゆっくりと微笑んだ。



 ――準備は出来ている。


 ――このくだらない推理小説ミステリにも似た、とびきりのトリックの準備が。



 己の考えに満足して、一度深々と頷いた後、小説を塵芥ゴミ箱へ放り投げる。

 切り刻まれたみじめな紙切れの束は、男の視界から消えた。



 ――このトリックが成功すれば、俺は完全な不在証明アリバイを偽装できるのだ。



 我ながら芝居掛かった独白だ、と男はちょうする。

 自分に言い聞かせるように内心で言語化したのは、不安の表れかもしれない。



 そして、だからこそあえて、男は憎悪を言葉にして発した。



 「必ず、殺してやる……!」

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