第52話 素晴らしい計画
『それで、僕に喧嘩を売るようなまねをしたっていうわけか』
『失敗に終わったけどね。まさか、白亜と君たち姉妹が自ら、オレたちのところにのこのこと現れるとは思ってもいなかった』
「いったい、どんな計画を立てたの?」
愛理は黒曜の話を黙って聞いていた。白亜によく似た少年は、自分たちが不審者に会っているところを見ていた。不審者の記憶を見て、何を思いついたというのか。地面にその不審者が転がっていることを考えて、最悪の状況が頭をよぎる。
『よくぞ聞いてくれた!オレの素晴らしい計画を話してやろう!』
黒曜は上機嫌に宙に浮いている身体を回転させて、踊りだす。その横では、不機嫌そうな白亜が宙に浮いていた。
黒曜は、教室の床に転がっていた男を利用することにした。この男は警察に捕まるが、おそらく事件を起こしたことを反省することはないだろう。さらには、白亜が助けた少女たちに恨みを持つに違いない。恨みを持った男と、黒曜が飽きてしまったあの最上という男を会わせてみることにした。
『ここから出たいか?』
警察に捕まり、刑務所の中にいた男に黒曜は声をかけた。当然、答えは一つだった。男の答えに満足した黒曜は、男に刑務所から出る条件を提示した。
『お前には、ある人物と協力して事件を起こして欲しい。そして、オレと同じ存在が気に入っている少女たちが、危険に晒されそうだと認識させる。危険に晒されそうな彼女たちに、彼がどう対応するのかが見てみたい。あわよくば、彼女たちに危害を加えてみるのもありかな』
黒曜は男に、すぐに返事をしなくてもいいと伝え、その場を後にした。また来るとの声を聞いた男は、どうしたら最善か思案を始めた。
刑務所を出ても、また罪を犯すようなことをするのか。脱獄してまた捕まってしまえば、今よりさらに長い刑期が待っている。そんなリスクを負ってまで、脱獄する意味があるのか。悩んでも答えが出ない日々が続いていく。そんな日々を壊したのは、黒曜の計画の補足だった。数日後、黒曜は再び男の前に現れた。
『決断はできた?僕の力を借りてここから出て、事件を起こすか。あるいは』
刑期が終わるまでこのまま、刑務所生活を送り続けるのか。
男の目がさまよいだす。決断できていない様子に、黒曜は男にとって、とっておきの情報を流してみる。これなら、即決してくれるだろうと踏んでいた。
『決断できていない君に、一つ新たに、君との間に条件を設けよう。君にとって悪い条件ではないと思うよ。むしろ、これを聞いたら飛びついてきそうだな』
黒曜は、男の耳もとで新たな条件を提示する。
『オレ達が彼女と呼んでいるのは、君が学校でナイフを突きつけた姉妹だよ。君、彼女たちを恨んでいるだろう?恨んで当然だよね。だって、彼女たちのせいで警察に捕まったんだから』
ごくり、と男が息をのむ音が聞こえた。黒曜の言葉を理解すると同時に、顔が真っ赤になり、怒鳴りだした。
「それは本当か!お前の力を借りて、脱獄して事件を起こせば、あのくそ姉妹を殺してもいいんだな!」
『その意気だよ。いいよ、オレに協力してくれたら、最終的に彼女たちをどうしても構わない。交渉成立だ!』
黒曜は微笑んだ。人間なんて、簡単に自分の思い通りにできる、ただの暇つぶしの道具だ。この男もきっとすぐに黒曜のことを退屈にさせるに違いない。とはいえ、彼と最上を引き合わせて事件を起こし、白亜をあぶりだすためには、つまらなくても我慢するしかない。
『目をつむりなよ!すぐにここから出て、君と会わせたい人物がいる』
『刑務所の時間を止めたというわけね』
『別に悪いとは思ってないよ。オレの力をどう使おうがオレの勝手だからね。そこからは最上と引き合わせて事件を起こしていったというわけ』
黒曜はそれからすぐに男と最上を引き合わせた。最上は、自分の会社の利益を上げるためなら、何でもすると黒曜に話していた。だからこそ、今回の計画はうまく機能しそうだと黒曜は考えた。
『二人を引き合わせたオレは、時間売買に使う時間をためるために、児童を使えと最上に伝えた。そして、貧困家庭の子供にお金をちらつかせて、限界まで時間を奪っていった。もちろん、奪った時間はオレが回収したよ。オレに回収された時間は、最上に分けてやった』
『それだと、愛理たちを襲った男の役割がないけど、そこはどうしたの?』
『脅迫係だよ。最上は顔が地味で平凡だから、子供たちが警戒しなくていいけど、たまに反抗的な子もいるだろう。その時に役に立つのがこの男というわけ』
地面に転がっている男の背中をガシガシと蹴って笑う黒曜。なるほどと頷く白亜。
自分たちの目の前で交わされる信じられない会話に、とうとう我慢できなくなった愛理は、思わず叫んでいた。
「白亜を困らせるためだけに、こんな悲惨な事件を起こしたっていうの!それなのに、なぜ、そんなに平然として」
黒曜の話を聞いているうちに、彼らが人外の存在であると、まざまざと見せつけられた。ただ自分と同じ存在と再会すればいいものを、相手の執着しているものを危険さらしたらどう反応するのか見たいと思うなんて、どうかしている。愛理の言葉は人外の存在に聞き入れられることはなかった。
『どうして愛理が叫ぶの?僕は愛理が危険に晒されそうになっても助けるから、問題ないよ』
『へえ、助けるんだ。その言葉を聞けただけでいいか。助けるとなれば、彼らはもう、役に立たないからね』
「お姉ちゃん、彼らは一体何を話しているの?どうして、私たち四人以外は動いていないの?それと、二人は人間なの?」
愛理の手を握っていた美夏が純粋な疑問を投げかける。記憶を取り戻して、混乱していたのが収まったようで、今は目の前の二人の少年に関心があるようだ。一度に複数の質問をされた愛理は、どれから答えていこうか考えるが。妹の美夏の言葉を聞いた二人が、愛理が答える暇を与えなかった。
『妹の方、正気に戻ったんだね。なら、そろそろ止まった時間を動かそうと思うんだけど。いつまでもこんな不安定な時間の中にいるわけにはいかないし。いくら君たち姉妹が特別だとしても、あまり長居しない方がいいからね』
『黒曜の考えに賛成だな。話はまた家に帰ってからでも詳しくしてやろう』
『でも、時間を戻すのはいいけど、このまま戻すと、君たちやばいよね。白亜はどうしたらいいと思う?』
「わ、私たちが危険ですか?」
黒曜は、愛理たちに危害を及ぼそうとしていたのに、今度は愛理たちの危険を忠告している。彼らにとって、愛理たちはどういった位置づけになっているのか気になった。しかし、質問したところで、愛理たちが納得できる回答は期待できないことはわかっていた。
『ううん、どうしようか。愛理たちに危害が及ばず、この場をしっくりと収めるための方法は……』
『しっくり収めるとか、難しいこと言うね。白亜は』
うんうんと悩んでいる二人の少年の姿は、とても微笑ましい光景だった。人を殺すことをなんとも思わないような、非道なことを考えているようには見えなかった。
『いいこと思いついた!こうしたら、今回の事件は万事解決だと思わない?』
ぱっと笑顔になった黒曜が白亜に自分のアイデアを耳打ちする。それを聞いた白亜の顔にも笑顔が広がる。はたから見たら、二人の少年が楽しそうにしているだけで、話の内容もコイバナやゲームやテレビの話だと思っても不思議ではないような光景だった。
『二人とも、目をつむって。これから一気に話を進めるからね1』
目をつむらなかった未来が恐ろしくなった愛理と美夏は黙って頷き、現実逃避もかねて、目をしっかりと閉じたのだった。
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