第47話 決戦前夜

「話を最初に戻すけど、君は何を悩んでいたのかな。どうにかならないかなあ、ってつぶやいていたけど、自分ではどうしようもならないことなのかな」


 公園のベンチに腰掛けた二人は隣同士で話していた。


「どうしようもならないっていうか、まあ、そんなところですね。他人の家族のことに、自分が口を突っ込むのも何か違う気がして。でも、気になって」


 男の優しい語り口に、大河は自分の悩みを男に話してしまっていた。男は大河の悩みを馬鹿にすることなく、真摯に聞いていた。


「うんうん、そういうの、私にもわかるよ。そうだ!これを機に、私にその悩みをもっと詳しく話してみるといい。人に話すと、気分が少し軽くなるというだろう?」



「あんたって、警戒心っていうものある?そもそも、他人を簡単に信用しすぎでしょ。そんな見ず知らずの赤の他人に、自分の悩みをポンポン話すとか、バカとしか言いようがない」


「ひどいこと言うね。愛理だって、あの人に話を聞いてもらったら、きっとぺらぺら自分のことを話してしまうと思うけど」


 大河は先日のことを思い出す。男は妙に自分からの情報を欲しがっていた。時間売買を勧誘する以外に、何か他の理由があったのだろうか。



 男は、丁寧に大河の話を聞いていた。大河の話に耳を傾け、否定せずに肯定してから優しく自分の意見を話し出す。自分の悩みを話し終えた大河は、妙にすっきりとした気分になっていた。


「大河君の悩みはよくわかった。隣に住む幼馴染の姉妹の仲が気になるんだね。そうだなあ、これは僕の予想だけど、きっとそれは近い内に解消されると思うよ。私が言うのだから、間違いがない。そのためには、僕の会社にきて、時間売買をする必要があるけど。君には、幼馴染の姉妹の他にも、悩みがありそうだね。そっちの方は、時間売買が解決できそうだ」


 大河はうっかり、愛理たち姉妹の仲以外に、自分の家の事情も男に話していた。赤の他人に自分の家の財政状況を話している時点で、警戒心が薄れていると言われても仕方ないが、この時の大河にそのような考えは浮かばなかった。男のたくみな誘導により、大河は自分の情報を惜しげもなく、男にさらしていた。


「そうですか。でも、未成年は時間売買をしてはいけないんですよね?」


 この時も、大河は時間売買が法律で禁止されているということに頭がいき、肝心の自分の家の財政状況がばれてしまっていることに頭が回らなかった。


「よく知っているねえ。確かに時間売買をするのは、未成年は禁じられている。君は間違いなく未成年だから、犯罪になってしまうけど、君はそれでいいのかい?」


「どういうことですか」


 大河の質問に男はにやりと笑い、二つの選択を大河にせまる。それは、大河にとって、法律を破るのも仕方ないと思わせるような内容のものだった。


「時間売買をすると、お金が君に入るのは当然だ。大河君の家は少し経済状況がよくないと言っていたから、お金を家に入れることができるし、幼馴染の姉妹の仲も戻ろうというのなら、一石二鳥だね」


「もう一つは、私の誘いを断ることだ。これは通常の人の判断だね。もちろん、未成年の時間売買は法律に違反するから、断るのは当然だ。でも、断ってしまったら、君は後悔すると思うよ。僕としては、断ってもらうと、少し残念に思うけど、君みたいな子供は、他にもいくらでもいる。ちょうど、ここは彼らの縄張りでもあるから、選びやすい」


 大河はその場で返事ができなかった。愛理と美夏の仲を以前のように戻すこと、自分の家にお金が入ることが同時に達成できるのは、とても魅力的な提案だった。しかし、法律を犯してまで満たす必要があるのだろうか。


 大河は、時間売買をするとなぜ、愛理たち姉妹の仲が昔のようにできるのか考えることもしなかった。ただ、男の言うことが正しいと洗脳されていた。


 男と話を終えて、大河は一人、家までの帰り道でうんうんと悩みながら歩いていた。男が最後に話していた言葉が気になる。



「君みたいな子は他にもいくらでもいる、か」


 その一言で大河の決心は固まった。大河が断れば、男は他の男に声をかけるのだろう。時間売買での代償は、自分の時間だ。自分の時間が減ることを想像して、憂鬱になる。


 家に帰ってから、ああでもない、こうでもないとうなっている様子を母親にみられ、母親が愛理の母親に連絡をして、愛理が家に到着することになった。



「いやいや、男との会話で、ツッコミどころ満載なんだけど、大河、頭がいかれちゃったの?なんであんたの時間売買で私たち姉妹の仲が取り戻せるのよ!」


「えっと、オレも愛理に男とのことを話していて、やっと気づいた。愛理に話を聞いてもらうまでは、それが最善の方法だと思っていたんだよ。どうしてそんな風に思ったんだろう?」


 愛理のツッコミに、大河は本当にわからないのか、首をかしげて考え込んでいる。


「まあ、そんなことを言っていても仕方ないか。とりあえず、今はこの学級日誌を片付けしなくちゃ」


「そうだな。さっさと片づけよう」


 二人は、急いで日直の仕事である学級日誌を書き終えると、職員室に提出しに教室を出た。


 学級日誌を職員室に提出した二人は、一緒に帰宅していた。愛理は、大河の悩みについて言及する。


「そもそも、あんたが一人で家に帰ったから、今回のことに発展進だから、これからはもっと警戒しなさいよ!」


「お前はオレの家族か。いや、オレも今回のことは油断したなとは思う」


「自覚しているのならいいけど。それにしても、大河が私たち姉妹の仲を気にしていたとは驚いた」


「オレも、お前に話しているのは驚きだよ。とりあえず、明日でいろいろ何かが変わりそうだな」


「そうだね」


 二人は明日が来るのを少し怖かった。大河にとっては、初めての時間売買を行う日であり、愛理にとっては、児童連続不審死事件が解決する日でもあったからだ。お互いの家の前で来ると、二人は妙に堅苦しい挨拶をして、それぞれの家に入っていく。


「じゃあ、明日の放課後、よろしく。オレはオレの悩み二つを同時に解決できると信じてる」


「私は、私の理由で行動するから、大河はそれに文句つけるなよ」


『また明日』


『面白すぎだろ、愛理は。僕も明日が楽しみだよ。なんと言っても、明日会う人間は』


 明日に期待しているのは、二人だけではなかった。白亜もまた、明日に期待をしていた。

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