第31話 増える犠牲者

 愛理を乗せた車が家に到着したのは、ちょうど正午を回ったくらいだった。


「ぐう」


「若いですねえ」


 愛理のお腹が、空腹を知らせるかのように大きな音で鳴り響く。愛理は恥ずかしくなってうつむいているが、運転手は可愛らしいことだと笑っていた。


「家まで送り届けてくれてありがとうございます。百乃木さんにもお礼を言っておいてください」


「このくらい造作もないことです。それより、身体を大事にしてくださいね。何をするにも健康な体と精神が一番ですから」


 家の前で運転手にお礼を言って別れた愛理は、深呼吸して玄関の前に立つ。鍵を持たずに家を出たので、インターホンを鳴らして、鍵を開けてもらうしか家に入る方法はない。


「ピンポーン」


 静かな家の周りにインターホンの音が響き渡る。


「どなたですか」


 数秒後、他人行儀な美夏の声が、インターホン越しに聞こえた。


「私だよ、愛理。家を出るときに鍵を忘れちゃって、家に入りたくても入れないから、鍵を開けてくれない?」


「あなたは誰ですか。私と顔が似ているようですが」


「何を」


「どうしたの。あら、愛理じゃない。どこほっつき歩いていたの。さっさと入ってきなさい」


 愛理が美夏の発言にショックを受けていると、母親が様子を見に来て、愛理に家に入るよう伝えた。しかし、鍵を忘れて入れないから、インターホンを鳴らしているのだ。母親に鍵を忘れたことを伝え、開けてくれるように頼み込む。


「お母さん、ちょうどよかった。鍵を忘れて家に入れないから、鍵を開けてくれるかな」


「あほねえ。今開けるから待っていなさい」


 玄関の内側からバタバタと足音が聞こえ、ガチャリとロックを外す音が聞こえる。ロックが解除されたことを確認した愛理は、玄関のドアを開け、やっとのことで家に入ることができた。




「ただいま」


「おかえりなさい。まったく、あなたは美夏のお姉さんだから、簡単にどこかに行っては困るわ」


 ドアを開けると、そこには怒った顔の母親と、不安そうに母親の服の裾を掴む美夏の様子が目に入った。


「とりあえず、話は後で聞くから、先にお昼ご飯を食べましょう。そろそろ帰ってくる頃だと思って、美夏と二人で昼食を食べるのを待っていたの」


「待っててくれたんだ。でも、どうして私が帰ってくることがわかったの?もしかしたら、外でお昼を食べて、夜まで帰ってこないかも知れないでしょ」


「そうねえ、神からのお告げが私に見えていたから、としか言いようがないわ」

「お母さん、その子は一体……」


 愛理と母親、美夏の三人で昼食をとっていると、美夏が母親に質問する。


「何度も言っているけど、あなたには双子の姉がいるのよ。もう忘れてしまったの?」


「私の姉」


「そう、姉よ。それで、愛理、どこをほっつきまわっていたか知らないけど、今日はもう、家から出ない方がいいわ。学校で起こったことについて、家に電話があったの。テレビでもニュースになっているから、見てみなさい。美夏、あなたはそれを食べたら、部屋に戻りなさい」


 家を出る前までは、愛理がテレビを見ていたら消されたのに、どういう心境の変化だろうか。愛理は疑問に思ったが、今回の事件の詳細を知ることができると思ったので、何も言わず頷いた。机に置かれたテレビのリモコンを使い、電源を入れる。ぷつんと言う音ともに、テレビの電源がついて、画面が明るくなり、音声が流れだす。


 昼食を食べ終わった美夏は母親の言いつけ通り、自分の部屋がある二階へと上がっていく。


 テレビでは、今朝の事件が大きく取り上げられていた。その様子をぼんやり眺めていると、頭の中で声が聞こえた。


『だいぶ大事になっているな。これは当分の間、学校にマスコミや警察やらが来て大変になるぞ』


「当たり前でしょう。学校で児童が死んでいたのだから、大事よ」


「今朝、学校で児童が不審な死を遂げているのが発見されました。遺体は、この学校に通う贄川藤太(にえかわとうた)君、12歳だと判明しました。死因は現在特定中とのことですが、遺体は急激な老化が進んでいるとのことです。警察は、先日から続く児童連続不審死との関連を調べています」


「やっぱり、今回の事件も、連続児童不審死と同じ死因かもしれない」


『いよいよ、あいつらも味を占めたと見える。まだまだ被害者へ出るだろう』


 白亜の不吉な声を今は無視することにした。


「愛理、これでわかったでしょう。外は危険だという状況が。犯人はまだ捕まっていないみたいだから、あなたも気をつけなさいね」


 今朝の事件の報道が終わると、母親がテレビを消してしまった。ぷつんとテレビが切られ、画面は再び暗くなり、音声も途絶えた。沈黙がリビングを支配する。



「プルプルプルルルル」


 沈黙を破ったのは、一本の電話だった。母親が電話に出るため、歩き出す。


「もしもし、朱鷺ですけど、ああ、はい、愛理ですよね。しばらく塾はお休みしたいと思うのですが。ええ、今朝の事件もありますし。ええと、愛理に代わりたいのですか。少々、お待ちください」


 電話の相手は塾からのようだった。そして、母親ではなく、愛理に用事があるらしく、母親が受話器を愛理に渡した。


「田辺先生が愛理に代わりたいそうよ」


「もしもし、愛理ですけど」


 愛理は田辺が自分に何の用事だろうかと思ったが、素直に電話口に出る。すると、田辺は塾とは関係ないことを話しだす。


「愛理さんですか。兄から話を聞きましたが、老人の息子さんと話をするというのは本当ですか?ああ、私の質問には、はいかいいえで答えてください」


「ええと」


「そばにお母様がいるでしょう。とりあえず、はいかいいえかで返事をして下さい」


 百乃木は、愛理が老人の息子との対面することを田辺に話したのだろうか。


「すう」


 愛理は一度、自分を落ち着かせるために深呼吸した。そして、田辺言う通り返事をした。


「はい」


「わかりました。では、すぐにでも連絡先を教えます。そこにいるあれはそばにいますか」


『あれとは失礼だな。僕に連絡役を任せようというのか』


 頭の中で白亜が電話の内容を聞いていたらしく、怒ったような声がした。


「白亜、あなたの生まれた場所に私たちは待っています。時間は明日の塾の時間にしましょう。何とか塾に来ることができるよう、母親に頼み込んでください。それであなたは老人の息子と対面できるはずです」


「まってくだ」


「ツーツー」


 一方的に田辺は話を終えて、通話を切ってしまった。愛理は最後まで言葉を紡ぐことができなかった。電話の通話の切れた音が耳に残るだけだった。


「話は終わったみたいね。それで、何の用事だったのかしら」


『塾に行くか行かないかは、愛理さんの自由なので、お母さんが決めることではありません』


 白亜の声が頭の中で響く。愛理はとっさにその言葉を復唱した。


「塾に行くか行かないかは、愛理さんの自由なので、お母さんが決めることではありません」


「それで」


「ええと、だから」


『私は塾に行って、勉強がしたい』


「私は、塾に行って、勉強が、したい、です」


 白亜が愛理を塾に行かせるために、理由を考えてくれているようだ。愛理はそれに気づき、おとなしく白亜の言葉を復唱して母親を説得する。白亜の言葉をそのまま復唱しただけなので、棒読みになってしまった。


「愛理は勉強熱心ねえ。まあ、美夏は記憶喪失で危なっかしいけど、愛理は別に異常はないもの、塾に行くくらい息抜きでいいかもしれないわね。事件があったとはいえ、塾に行くのまで留めていたら、過保護すぎるかもしれないわね。どうせ、送り迎えはいつも、私がしているんだし、仕方ないか」


 棒読みな説得だったが、母親は愛理が塾に行くことを了承したようだ。さっそく、田辺に電話をかけていた。塾に行くことの許可を得た愛理は、明日塾に行き、その後息子と会うことになった。

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