第25話 時間を止める
「どういうこと?」
『簡単な話だ。愛理はすでに時間売買をした経験がある。それを活かせばいいだけだよ。一緒に学校を抜け出したいのは、そこの二人だよね。それくらいの人数なら、愛理にだってできるよ。ほら、思い出して。この前塾で田辺って先生がやっていたでしょう。百乃木ってやつもやっていたと思うけど』
「二人がやっていたこと……」
愛理は、自分の頭の中に響いてくる白亜と会話をしているつもりだったが、白亜の声は当然、周りには聞こえない。突然、誰かと話し始めたように映る愛理に大河は心配した。
「愛理、誰と話しているんだ。ここには俺と美夏しかいないぞ」
「愛理、どうしたの?」
愛理の様子がおかしいことに美夏も心配しだす。二人の心配した様子は、愛理には届かない。愛理は白亜が自分に何をさせようとしているのかを考えるのに夢中だった。そして、白亜が言っていることを理解して、戸惑っていた。
「私に時間を止めろって言うの?」
田辺や百乃木は、時間を止めていた。それを白亜は自分にさせようとしている。二人にできて、なおかつ、愛理が時間売買経験者だということ、二人の共通点は時間売買に必要な能力を持っていること。だとすれば。
「私たち三人の時間だけ動かして周りの時間を止める。でも、そんなこと私にできるはずない」
『そうかなあ。思い込みは良くないよ。愛理には素質がある。僕も手伝えば簡単にできるよ。ほら、そうこう言っているうちに、中庭にも人が来そうだよ』
早く選択しなよ。僕は愛理の決定に従うだけだよ。愛理が決めれば、僕は力を貸すよ
愛理と白亜が会話している間にも、状況はどんどん悪化していた。愛理に選択肢はなかった。
「やばい。中庭にも大人が近づいてきた。どうするんだよ。裏門に急ぐか」
「愛理!」
白亜の言葉に追い打ちをかけるように、大河と美夏の声が愛理の耳に届く。愛理は、決断した。裏門もすでにマスコミや野次馬でいっぱいに違いない。愛理は頭の中に響く白亜の声に返事をした。
「わかった。白亜。私に時間を止める方法を教えて!」
『ほいきた』
「白亜!私たちは何をすればいい!」
白亜の返事が頭に響くと同時に、愛理の目の前に突如煙が舞い上がる。煙が晴れるとそこには白亜の姿があった。大河と美夏は白亜の突然の出現に驚いていたが、愛理はすでに見慣れた光景だ。悠長に白亜の姿に驚いている場合ではない。自分たち以外の時間をどうやって止めればいいのか。愛理は白亜に指示を仰ぐ。
『まずは愛理の手を二人は握って』
白亜に言われるままに、愛理は大河を右手に愛理を左手でつなぐ。白亜の突然の出現と、愛理の行動に驚いている二人だったが、愛理の真剣な表情に、素直に指示に従うことにしたらしい。おとなしく手を握られていた。白亜の指示は続く。
『それから目をつむる。愛理は自分たち三人が動けて、他の時間が止まっているということを強く意識する、それだけだ。愛理が目を開けたら、そこから時間は愛理のために動き出す」
白亜の言う通りに目をつむり、想像する。自分たちは学校から抜け出すために、時間を操作する。自分たちは動けるが、それ以外の時間は止まっている。彼らの間を縫って学校からでて家に向かう。
目をつむり集中していると、愛理の身体に変化が起きた。愛理の身体が白く光り出した。大河と美夏は驚きのあまり、愛理の手を振りほどこうとするが、白亜に止められてしまった。
『今、君たちが愛理の手を離すと、君たちの時間は止まることになるよ』
白亜の言葉に二人は、慌てて愛理の手を強く握りなおす。愛理が目を開けるまで二人は辛抱強く待つことにした。
愛理が時間を止まることを強く願いながら目を開ける。すると、周りの景色がおかしなことに気付いた。目の前の景色は、目を開ける前と変わらないはずだった。それなのに違和感があった。
『愛理!』
大河と美夏の声に愛理が二人を見ると、二人は愛理が返事をしたことにほっとした表情を浮かべていた。
『くれぐれも手を離さないようにね。あいつらと違って、まだ愛理は対象とつながっていないと自分以外の時間を動かせないから』
「私は成功したの?」
『それは自分の目で確かめることだ』
それもそうだと、意を決して、愛理は中庭から出ようと歩き出す。大河も美夏も愛理の手から手を離さないように、慎重に愛理の足に合わせて進んでいく。白亜も愛理たちを追って歩き出す。
「嘘だろ。マジで俺たち以外の時間が止まっているなんて」
「信じられない!」
「これなら、何とか家に帰れそうだね」
愛理たちが中庭から玄関に向かって歩いていると、中庭に向かっている最中の大人たちと鉢合わせした。彼らは何か話していたのだろうか。口を開けたまま微動だにしない。足が片足を上げて停止している。本当に愛理が目を開けた瞬間に時間が止まっていた。
しかし、田辺が言っていたが、これは長時間使えるものではないとのこと。自分がどれくらいの時間を止めていられるのかわからない。
「急ごう」
愛理の言葉に、二人はこくりと頷いた。
こうして、愛理たちは見事、誰の目に触れることなく、学校を出て愛理の家にたどりつくことができた。本当に愛理たち以外、時間が止まっているようだった。誰も彼もが、愛理たちを見ることなく、微動だにせず、その場に固まっていた。
本当は、事件現場と思われる玄関の中に入りたかったが、いくら時間が止まっているとはいえ、玄関には隙間がないほど人が密集していたため、中に入ることはできなかった。
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