第19話 2回目の時間売買

 今回は、カフェは営業中のようだった。中に入ると、前回の時間売買の時にいた安田と神田がカウンターで仕事をしていた。


「いらっしゃい。お客さんはすでに来て待っているよ」


「いつも、お世話になります」


 安田が百乃木に席を案内する。すると、奥の席に座っていた女性が百乃木の姿を見つけて声をかける。


「百乃木さん、今日もよろしくお願いします。それにしても、毎回、時間を売ってくれる人がいて、本当に助かります」


「なかなか自分の時間を売るという行為をしてくれる人が見つからなくて、人集めは意外と大変ですが」


「普通そうですよね。時間を売りたいなんて人はあまりいませんよ。でも、彼らと百乃木さんのおかげで、私も病院も大変助かっています。患者さんも、突然の死を迎えられるより、自分の生きる時間を少しでも伸ばして、安らかに亡くなられた方が、本人も家族も喜びますから」


「そんなものですかね?」


「百乃木さんにはわからないかもしれないですね」


 百乃木と今日の依頼者は、すでに何度か時間売買の契約をしているようだった。親し気に会話しているところから、推測することができた。


 愛理は、百乃木の後ろで視線をキョロキョロさせ、落ち着かない様子で、店内を見渡していた。店内には、百乃木に声をかけた女性しかお客はいないようで、がらんとしていた。女性は、百乃木の後ろにいた愛理の存在に気付き、目を見開き、愛理の姿をよく見ようと近づいてきた。


「驚いた。今日はずいぶん若い子が来たのねえ。今日、私に時間を売ってくれるのは、あなたかしら?それにしても、可愛らしい子。私は今日、あなたに時間を売ってくれるように依頼した、戸羽イズミ(とばいずみ)です」


「ええと」


「朱鷺愛理さんです。では、時間もあまりないことですし、さっそく始めていきましょう」


 愛理は、突然、依頼者の女性に話しかけられ、どうやって返事をすればいいか戸惑ってしまう。そんな愛理の様子をちらりと伺うと、百乃木は愛理が自己紹介する前に、愛理の紹介を行ってしまう。そして、時間売買を始めようと、女性に声をかける。


 女性は、車の中で説明された通り、高齢の女性だった。どこか疲れた様子をにじませ、目の下のクマが疲れをより一層大きく見せていた。頬はこけて、目だけ異様にぎらぎらとしていた。そのため、実際の年齢より老けて見える。実際の年齢は聞かされていないが、愛理は何となくそう思った。




 時間を売買するためには、時間を渡す人、受け取る人、つまり時間の売り手と買い手の他に、三人の専門家が立ち会う必要がある。時間を移動させる時間師、移動した時間を安定させる安定師、そして、時間がきちんと正確に移動できたかを視る、時読み師、彼らの力によって時間売買は成立する。


「ではまず、この書類にサインをお願いします」


 愛理と百乃木、依頼者である戸羽イズミの三人は、テーブル席に座っていた。愛理と女性が向かい合わせに座っている。百乃木が、愛理と依頼者の女性に時間売買をする際に書く契約書にサインを求めた。二人は頷き、契約書とペンを百乃木からもらい、サインする。


「それでは、時間売買を始めていきます」


 いつの間にか、安田と神田が愛理たちのそばに控えていた。安田の声に合わせて、二人はテーブルの上に手を出し、互いの手を重ね合わせ、目を閉じる。時間売買に必要な三人を交えて、愛理の二回目の時間売買が始まった。

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