第17話 時間を止めるということ
愛理が待ち合わせ場所に急いで到着すると、すでに百乃木が公園の脇に車を停めて待っていた。
「すいません。待ちましたか?」
「いや、待ってはいません。私が早くついてしまっただけです」
「ええと、この前の時間売買の時に、知り合いに私たちのことを目撃されてしまって、噂になってしまいました」
愛理が百乃木に、自分のクラスで、自分と百乃木が噂になっていることを話す。百乃木は一つ頷いて、ある提案をした。
「噂がもっと広まる前に、この仕事を辞めますか。それとも、そのまま続けながら、ばれない方法を試しますか?」
「やめません。でも、そんなことが可能なのですか」
「まあ、法律もありますし、テストなどの厳格な場では使えませんが」
百乃木が提案したのは、愛理が百乃木に会っている間の時間を止めるということだった。時間を止めれば、誰かに見られることなく、百乃木と話をすることができる。
「実際にやってみましょうか。目をつむって、私の手を両手で握ってください」
百乃木に言われたとおりに、愛理は彼の手を両手で握る。彼の手は驚くほどに冷たく、思わず手を離しそうになったが、何とか手を握り続けた。
「目を開けて」
愛理が目を開けると、そこには、先ほどと変わらない景色が広がっていた。
「ああ、私の手を離してはいけませんよ。今、この場の時間を止めたので、私から手を離すと、あなたの時間も止まりますよ」
「は、はい」
百乃木の手から自分の手を離さないように注意しながら、辺りを見渡すが、たまたま周りに誰も人がおらず、周囲の時間が止まっているのか、愛理にはわからなかった。
「では、そのまま車に乗り込みましょう。ああ、片手は外していいですよ。このままだと歩きにくいですから」
百乃木の言葉に従い、ゆっくりと片手を百乃木の手から外し、百乃木の横に並びながら車に乗り込む。百乃木は助手席ではなく、後部座席に乗り込んだため、愛理は百乃木の隣の席に座った。
「では、もう一度、目を閉じて」
車の扉を閉め、車の中には運転手と、百乃木、愛理の三人となった。ちらと運転席を確認すると、驚いて声を上げてしまった。
「な、やっぱり本当に時間がとま」
運転手が動いていなかった。愛理たちが車に乗り込んだのに、まるで気付かないかのように前を向いている。後ろを振り向く気配もなく、よく見ると、ハンドルを握ったまま、動いていなかった。
「静かに。騒いでも誰も聞いていませんが、私がうるさいのは苦手です。これで、おわかりいただけましたか。わかったら目を閉じて」
目を閉じたことを確認した百乃木は、数秒後、目を開けて手を離すように愛理に指示を出す。
「お目覚めですか。目的地まで出発してよろしいでしょうか」
目を開けた愛理に声をかけたのは、百乃木ではなく、運転手だった。いつの間に、車は発進の準備をしていたようだ。車のエンジン音と、ラジオの声が聞こえている。今までの行為に驚いて、口をパクパクしていると、百乃木が追加で説明をする。
「ああ、運転手のことは気にすることはありません。彼は私の秘書兼、運転手兼、ボディーガードをしてもらっています」
「百乃木太良(もものきたいら)と申します。たいらとお呼びください」
「彼は、百乃木家の養子として入ったので、苗字が一緒なのです。出発してください。今日も目的地は同じです」
「かしこまりました」
車が発進すると、百乃木は簡単に時間を操る方法を教えてくれた。
「今のように周囲の時間を止める方法ですが、簡単です。目を閉じて、自分以外の時間を止めるよう、頭の中で願うだけでいい。とはいえ、簡単にできるとは思わない方がいい。それに」
『ふん、時間を止めるなんて、愛理ならすぐできる。もったいぶる必要はない。ただ、時間の歪みが増えて、苦しむことにはなるけど。副作用ってやつだね』
「は、白亜」
「おや、あなたは。こんなところにいたとは」
白亜が突然、愛理と百乃木が座っている席の間に姿を現した。ぽんと白い煙とともに現れた白亜は、びしっと百乃木に指を向けて話し出す。突然の登場に愛理は目を白黒させて驚くが、百乃木は大した驚きを見せず、冷静に対処する。
『そもそも、お主がそんなことをせんでも、愛理には僕がいる。僕が周囲から愛理を隠せばいいだけだ。お主、平気そうにしているが、この短時間でも身体が辛いのだろう。時間を止めることは、身体に負荷がかかるからな』
愛理は話についていけなかった。車の中に白亜が登場しただけでも頭がパニックなのに、白亜と百乃木は平然と言葉を交わしている。さらには、車を運転している運転手も何事もないかのように運転を続けていた。
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