第6話 いつも通り手を繋いでいます

 無事に、お金を払ってバスを降りた。一太以外は皆、カードをピッとして降りたので、おかしくないようにするにはやはり、カードは持っていないといけないのかと思ってしまう。

 チャージって先払いだよな。カードに入れたお金は取り出せるのかな。手持ちが足りなくなった時に取り出せるなら持っていてもいいけど。でも、カード本体にお金はかからないのかな。カード自体は無料?

 ぐるぐると余計なことばかり考えているうちに、松島に手を引かれて、バス停の目の前の建物の中に入っていた。様々な店が入っている巨大なショッピングモール。迷うことなく進む女の子三人組の後ろについて、一太たちも進む。


「松島くんと村瀬くんって仲良いよね」

「お前らだって腕組んで歩いてんじゃん」


 一太が、くすくす笑いながら振り返る女の子たちに首を傾げていると、安部が呆れたように返事をした。

 お前らだって?

 そこでようやく、松島と手を繋いでいることに気付く。あれ、いつから?


「こうしてると安心でしょ」


 松島は、当然のように繋いだ手を持ち上げて言う。


「安心って何だよ」

「村瀬くん、ものすごい方向音痴なんだ」

「うえ?」


 変な声が出た。

 あはははは、と女の子らしい可愛い笑い声が響く。


「そうなの?」

「えー、だからいつも手を繋いで移動してるの?」

「男子の方向音痴って珍しくない?」


 ぽんぽんと軽快に話が続いて、一つ一つの言葉が一太の頭に届く頃には次の話に移っていた。

 男子の方向音痴って珍しいのか。え? じゃあ女子にはいっぱいいるってこと?

 いや、そんなことより、俺たちって手を繋いで移動してたっけ? え? いつもっていつ?  学校? 学校だよな?

 思い返せば確かに、手を繋いで移動していたような……。安心。そう、安心していた。安心して松島に手を引かれていたものだから、いまだに大学内の教室の配置を一太は覚えきれていないのかもしれない。これは、よくない。今日は初めての場所だから仕方ないけれど、大学内くらいはちゃんとしなければ。

 一太は決意を新たに松島を見上げたが、にこりと笑い返されただけだった。

 その顔を見て、ふと思う。

 一太は自分が方向音痴だなんて、松島に言ったことがあっただろうか。


「なんで、方向音痴って……」

「ん? 分かるでしょ」

「あ、う、そう、なのか?」


 そんなに分かりやすかったかな。


「俺は知らなかったけど?」


 ほとんどの行動を共にしているはずの安部が口を挟む。

 うん?


「松島くんが村瀬くんのことをよく見てるってことよねえ」

「本当に仲良しねえ」

「え? 俺は?」

「えー? 安部くんは、何なのかなあ」

「え? 俺も友達だろ?」

「私たちに聞かれても」

「ねえ?」

「いや、俺も友達だよな?」


 女の子たちとも松島とも上手に話している安部が、一太の空いている左手を持ち上げて掴む。

 友達。

 何とも嬉しい響きに否やは無かった。


「もちろん。これからもよろしく」


 松島がにこにこと答える言葉に、一太も深く深く頷いた。


「おお、流石に色々揃ってる」


 そうして話しながらたどり着いた洋服屋の一角には、安部の言う通り、エプロンがたくさんぶら下がっていた。明るい色ばかりでなく、黒や紺色、グレーもある。


「うわ、良かった。学校の広告のエプロン着けたら、完全に不審者だったよな、俺」

「安部くんはそうかも」


 岸田がけらけらと笑いながら、明るい色のエプロンを取り出しては眺めている。


「安部くんはって何だよ。松島だって、ピンク色でうさぎの絵が描いてあるエプロン着けたらおかしいだろ」


 岸田は、ちろりと、黒っぽいエプロンの柄を確認している松島の方へ視線を送った。


「ぶふっ」


 盛大に吹き出してから、ピンクのチェックのエプロンを安部の体に当てて、更に笑い転げている。


「ひー。おかし。うんうん。流石の松島くんでも無理。安部くんはもっと無理」

「流石の松島くんって」

「イケメンでも似合わないものはあるってことよ」


 それから岸田は、松島の横で値札を確かめている一太の方へ視線をずらした。


「いけそう」

「あ?」


 岸田は笑い顔のままぽそりと呟く。

 ピンクのチェックのエプロンを手に松島と一太へ近寄り、


「村瀬くん」


 と、一太に声をかけてきた。

 値札にばかり興味が向いていた一太が、ん? とそちらを向くとピンクのチェックのエプロンを体に当てられる。動物の絵などが描いていない、濃いピンクや薄いピンクを組み合わせたシンプルな可愛らしいエプロンだ。サイズは少し大きめらしく、一太の体にぴたりと合った。


「か、可愛い」

「へ?」

「ちょっと安部くん。見て」

「見てる」


 憮然とした安部の言葉。


「に、似合うね」


 松島まで何を言い出したんだ?


「ピンクはちょっと」

「でも本当に似合ってるよ、村瀬くん」


 岸田さん、そんな真剣な顔で言われても……。

 一太が、どうしたらいいか分からず困っていると、


「なになにー? いいのあった?」


 有名なキャラクターの絵が描かれているエプロンが置いてあるコーナーで選んでいた二人、伊東真衣と渡辺小春こはるも寄ってきた。


「やん、何、可愛い」

「村瀬くん、それいい。それにしなよ」

「えええ?」

「第一候補。ね、村瀬くんの第一候補にしよ」

「お、俺はその、黒とか紺色とかのにしようかと」

「でも本当に似合ってるから」

「あ、でもこれ、動物の絵が無いから子どもにはウケないかな」

「可愛いからいいと思うなあ」


 女の子たちは勝手なことを喋りながら、一太の手にピンクのエプロンを押し付けて行ってしまった。


「ええー」


 気の抜けた声を上げながら、癖で値札を確認する。

 六百九十円?

 え、あれ? 安い!

 岸田と安部が見ていたのは値下げ品コーナーだったらしく、元の値段に二重線が引かれて六百九十円と赤い文字が書かれていた。

 ふと、松島が手にしている黒いエプロンを見る。鮮やかな果物が幾つか並び、あおむしが穴を開けながら進む様子が下部に描かれたエプロン。有名な絵本の絵をエプロンにしたものらしい。シンプルなのに果物が鮮やかで綺麗だ。

 一太は、あおむしの絵本がとても好きだった。


「あおむしだ。いいな、それ」

「いいよね、これ」

 

 思わず言うと、松島がにっこり笑って持ち上げる。


「紺色もある。色違いのお揃いにできるよ」

「へえ」


 とても気に入った一太は、流れるように値札をめくった。

 三千八十円。


「ああー、うん」

 

 高い。ふ、と溜め息を吐いて松島に笑顔を向けた。


「俺、このエプロンがあった辺りも見てくる」


 手にしたピンクのエプロンを持ち上げながら、一太は値下げ品コーナーに合流した。はじめから、こちらしか見なければ良かったなあ、とちょっと思ってしまったのは、あおむしのエプロンがあまりにも好みだったからだ。

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