こうして俺が勇者になったって訳

しあわせ たぬき

序章 真実を知る者の過去

第一話 勇者ザキ

この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。

この物語には、残酷的・暴力的な描写が含まれています。

もし、途中で気分が悪くなってしまった場合、閲覧を中断することを推奨します。



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「勇者ザキよ、よくぞ魔王を倒してきた」


王様のよく通る声が響く。


「勇者エレン・カイン以来の伝説だ。人間の時代が再びやってきた。君の伝説を讃え、今夜は祭りといこうじゃないか!」


一斉に湧き上がる歓声。

街が華やかに飾り付けられ、人々の喜びを表現する。

魔王を討伐し、数日かけて帰還した後、祭りは始まった。

王に使えるメイドが頭の上にペンタスの花冠を乗せてくれる。

そのとき、夜空に大きな花火が打ち上げられた。その後も心の中とは裏腹に、次々と夜空が明るくなる。

それをただ1人で眺めていた。


仲間はいた。

過去形だ。

仲間たちは過去のものとなって、記憶の中にしかいない。

だが、忘れたくても忘れられないだろう。


1人は、先祖によって。

1人は、感情と理不尽に。

1人は、自分の手で。


どれだけ嘆いても過去が変わることはないと、とっくの昔に知っている。

旅の疲れかお腹が空いた。

いや本当はお腹が空いていないかもしれないが、そんなことはどうでもよかった。

ただあの場所へ行きたい。

そう思い歩き出す。

王様のもとに集まっている国民達を横目に見ながら歩く。

国民たちはキラキラとした目で夜空を見上げる。

街を見渡せば、眩しい景色が目に入る。

道に出ている屋台、国民達の声、どこかの屋台から流れてくるソースの匂い。

夜だと言うのに昼のように明るく、ほとんどの窓が光っている。


……みんな、この瞬間を待ち侘びていたのだろう。


そんなことを思いつつ向かった場所は、お馴染みの場所──焼き鳥屋のぴーちゃんだ。

ここの店主に会うのは久しぶりである。


「今日はタダで食ってけ。お疲れさん」


店の戸を開け中に入れば店主のぴーちゃんが話しかけてくる。


「ありがと。じゃあ、いつもの」

「あいよ」


ぴーちゃんはいつも通りだった。

だけどそれで安心する。


あたりも普段の居酒屋と変わりなく、いたるところでグラスの音がして客の話し声が響いている。

とりあえずカウンター席に座った。


少しの間待っているといつものお酒と焼き鳥3本と枝豆付きのセットが出てきた。


「まさか魔王を倒してきちゃうなんてぴーちゃん感激だよ。さすが勇者だ」

「いやいや、それほどでもないよ。仲間に恵まれてね」

「それはよかった……」


会話が途切れる。

よくみれば、何故かぴーちゃんは浮かない表情をしている。


「どうしたの?そんなに暗い顔をするのはらしくないじゃないか」


言葉はなかなか返って来なかった。

言うべきかどうか悩んでいるみたいだ。


しばらくしてぴーちゃんの口が開く。


「ぴーちゃん失礼かもしれんけど──」


一泊の沈黙。


「パーティの仲間はどうしたの?」


周りの喧騒は耳に入らずなんとなく予想していた言葉だけが聞こえてきた。

ここだけ静かで些細な音を立てただけで大きく響いたと感じる。

予め準備しておいた言葉があるがそれをなかなか言い出せず心の中で何度も繰り返した。

数秒後、決心して重い口を開く。


「あぁ、彼らも今祭りを楽しんでいるよ。“天国”でね」


心配させないように普通に話す感じで言った。

そして酒を勢いよく飲む。


「ぴーちゃん、もう一杯」

「あいよ」


お酒がもう一杯出てくる。

それも一口つける。


「ところでザキ。ザキ達は、この世界のいろんなところに行ったんだろう?」


ぴーちゃんは何も聞いていないかのように次の質問をしてくる。


「どこが一番綺麗だった?ぴーちゃんの人生はほぼずっとここだから、何も知らなくてね」


“この世界に綺麗な場所などない。”


約二年前、それを知った。

いや正確に言えばあったのだが、そこは火の海に変えてしまった。

それはとてもきれいな花畑が広がる場所で、そこで旅の疲れを癒していた。

だからこそ、魔人に狙われた。

休息など与えないため、勇者一行の自我を壊すため。

勇者一行にとって休息など許されない。

希望など与えられても壊されるだけのものである。


そのとき、この世界を知ってしまった。

世界の平和を求めたがあまり知らなくて良いものを知った。

変わりに魔王が死んで、人間の時代にはなったが。

ぴーちゃんは何も知らないままでいい。

無闇に広めなくていい。

また誰かが絶望するだけだ。


「う〜ん、いろんな景色を見たけど、結局は夕日が綺麗かな。毎日見れるけどそれが生きてる証になってる気がするんだ。だから場所がどうこう、っていう感じじゃないな」


ぴーちゃんが驚く。


「それは意外。過酷な旅をした人の意見だからかな?」

「そうかもね」


過酷な旅、と言われて思わず苦笑する。


「ぴーちゃんは、世界のどこかには想像もできないような綺麗な場所があると思ってた」

「そうだね〜、旅に出る前だったらそう思ってたよ。でも思ったんだ。今生きていることが当たり前じゃないんだって。それに夕日が見えてきたらキャンプの準備をしだすから、そのときの思い出もあるかな」


ぴーちゃんが感嘆の声を漏らす。


「どこでも見える夕日から、いろんな自分を重ねてるのか。……なんともエモい。それができるのも旅の醍醐味だね」


口角を少し上げる。


「そうだね。特に何かを成し遂げたときは、頑張ってきた過去の自分が輝いて見えるよ」


あのときの自分は何も知らなかったからこそ輝いている。


「……今は?」


ぴーちゃんが不安そうに、こちらを疑うように問う。

それでも動じずに淡々と答える。


「……もちろん、今だって輝いてるに決まってるよ。なにしろ、魔王を倒してきたんだからね。今ではみんなの希望の象徴なんだ。逆に輝いていないわけないだろう?」

「たしかに、ザキはみんなの勇者だね」


そう言ったぴーちゃんだがまだ浮かない顔をしている。

そんな顔のまま、また質問をしてくる。


「……でも、ザキは、ザキ自身のことはどう思ってるの?」


返す言葉が見つからず、沈黙が辺りを支配する。

あまりいい雰囲気ではない。

それでも質問は続く。


「ザキがみんなの希望なのは間違いないけど、それは周りから見たザキだろう?なんというか、さっきから“過去の自分が”だとか、“希望の象徴”だとか、なんか、達観しすぎじゃない?」


核心をつかれて思わず黙る。

少しだけ、酒を飲む。


「それにザキは周りの意見とか、周りの目線に気を使いすぎているような気がするよ。少し気負いすぎじゃないかな──」


ぴーちゃんは、その後にも言葉が続きそうな感じで言葉を終わらす。


きっとぴーちゃんは気づいている。

皆に隠し事をしていることを。

皆を騙しているということを。

さすが、長年マスターをしてきただけある。

だがだからと言って本当のことを話すつもりはない。


逃げるように、酒に口をつける。

酒を飲む瞬間に旅の思い出がフラッシュバックする。


正義の悪魔が静かに毒を巡らせ、炎の大魔神が生き地獄に誘う。

死体を操る悪魔に人という字はなく、冷たい大魔神に慈悲などない。

人間的な家族の悪魔と、種族を超えた愛の大魔神。

希望の悪魔の希望は奪われ、最恐の悪魔が絶望を届ける。

待ち受けていたのは、被害者である魔の王。

ウサギがピョンっと跳び、二枚のジョーカーがヒラリと舞う。

血飛沫。

突き刺さるナイフ。

輪っか状の紐。

白紙にした土地。

空っぽな体。

殺す感覚。

小さな命が潰える瞬間。

見知らぬ首吊り死体、意思半ばの水死体、顔のない焼きただれ。

死体。

死体。

死体。

名前もつかない死体たちが、光の届かない場所に潜んでいる。


思わずグラスを強く置く。

必然的に下を向く。


「……ザキ。ザキは一人じゃないよ」


グラスを握りしめる力がだんだん強くなり、心の傷がポンプのように熱い液体を押し上げる。


──もっと良い未来があったはずだ。

こんなことにはならなかったはずだ。

やっぱり旅になんて出ずに、普通に生きれば良かった。

辛いことがあっても仲間と笑いあって楽しく過ごせば良かったんだ。

勇者になったから、魔王殺しの業を背負うことになったんだ。


「……辛いときはちゃんと辛いって言いな?」


勇者になった以上それは許されない。

勇者にはそんな感情不似合いだからだ。

できるのなら、もっと早くから言っている。


ぴーちゃんの声が近くで聞こえる。


「ぴーちゃんは、勇者ザキの味方。誰にも言わないから、自分の感情は大切にした方がいいと思う」


今回だけお言葉に甘えることにする。

ふと、誰かが頭を撫ででくれたような気がした。



ー・ー・ー



それからと言うものの何も覚えていない。

酒のせいなのか、それともまた別のせいなのか。

気づけばそのまま眠っていたようで、もう朝である。


「あ、おはよう、ザキ」


ぴーちゃんに挨拶されるのは久しぶりだ。


「……あぁ、おはよう」

「今日はもう帰るのかい?」


そう聞かれ、今日の予定があるかを考える。

特に思いつかなかったのでもう少しここに居ようと思った。

しかし使命を思い出し、やっぱり家に帰ろうと決める。


「……あぁ、うん、帰るよ」

「そっか〜。ぴーちゃん的にはまだ残ってくれてもよかったのに」


余裕そうに見せているぴーちゃんだが、あれは内心拗ねている。


「いやごめんな。でもまた来るよ」


そう言いながら席を立つ。


「あいよ、気をつけて」


戸を押して外へと踏み出す。




外に出る。

大通りを一つ中に入ると、途端に人通りが少なくなる。

日の光は建物により遮られ、影が覆う。

そこに、とある者はいた。


黒いローブを着てフードを被っている。

髪は女性にしては短めで、男性にしては長く、白色だが白髪ではないようだ。

顔には黒色の仮面がつけられていて、素顔はわからない。

だが、夜に目を光らせているウサギみたく確実にこちらを捉えている。

左耳では、月とウサギのイヤリングが揺れていた。


「……まだですか?」


ソイツの声はとても無機質で、感情など持ち合わせているとは到底思えない。

頭に冷水をかけられたような気分になる。


「そう急かすなよ。今から帰るところだ」


そう答えると、ソイツは微笑む。


「約束を守ってくれるのでしたら結構です。貴方のことですから、面倒だと言いそうでしたので……」

「言わないよ。頼まれてるから」


ソイツは少しだけ目を見開いた後、またいつものように微笑んだ。


依頼の内容は、家に向かう道中、勇者になった訳──冒険談を広めること。

勇者なのだから美談を語って人々に希望をもたらさなければならない。

それが唯一生き残った者の使命だ。


「そうですか。では、引き続き頼みますよ」


瞬きをした後にはもう、ソイツの姿はなかった。


「……あぁ、頼まれた」


一人、静かに呟いた。




外は今日もお祭り騒ぎで、人の行き来が昨日よりも活発な気がする。

朝から花火が上がって屋台も出ていた。


歩いていると、いろんな人から「ありがとう」や「お疲れ様」の声が飛んできた。

中には「一緒に写真撮って」や「握手してください」があった。


……そんなに求められたってアイドルじゃないんだから。


そんなことを心の中で思いながら子供たちに親切に対応する。

もちろん旅のことを質問されればそれに答えた。


少し早いかもしれないが、もう家に向かおうとして門の方を見てみると門の方から続々と人が入ってきていた。


思えば、出発のときもこの門から出たんだっけか。


そして入ってすぐの勇者ザキ像を見て感動している。


出発前に像を建てるなんて早いと思うよね、普通は。でもこの勇者ザキは普通じゃなかったのさ。

何しろ魔王を倒したわけだし。


するとそこで、行かなければならない場所を思い出す。

最後にそこに向かうことにした。




カランカラン。

ドアに吊るされている鈴の音が響く。

そこは、彫刻家がいるこじんまりとしたお店だった。


「いらっしゃい。って、ザキ君じゃないか。会いたかったぞ」


白髪の生えた体の小さいじいちゃんが、出迎えてくれた。

この人が勇者ザキの銅像を作ってくれたのだ。

八年前に作ってもらったのだが後払いにしていたので、今払いに来たのである。

その旨をじいちゃんに伝えた。


「でも、どうして後払いに応じてくれたのですか?」


じいちゃんが瞼を閉じながら話す。


「無限大の可能性を秘めている青年の夢を、お金で諦めさせてしまうのも悲しいことだと思ったのじゃよ」


じいちゃんはそう言って顎髭を触る。


なんて素敵な心を持ったじいちゃんなんだ。

歳をとればこうなれるのだろうか。


「そうだったんですね。ありがとうございます。それでお代を払いにきたんですけど、どれくらいでしたっけ?」

「ほんとは、もうお代が払われることはないと思いながら作ったからのう。払おうとしてくれた気持ちだけで十分じゃ」

「いや、払いますよ……!」


さすがに申し訳ないし、契約である以上守らなくてはならない。

しかし、じいちゃんは静かに言う。


「……あの銅像を作った人として有名になれば、依頼がじゃんじゃん来て儲かるからのう」


じいちゃんの顔に悪い笑みが浮かんでいる。


コイツ流石だな、と思いながらも悪い笑みにならないように微笑んだ。

が、悪い笑みになってしまったかもしれない。


「ザキ君も立派になったもんじゃのう。これからは豊かな暮らしをしておくれ」

「ありがとうございます」


笑顔を浮かべて、軽く頭を下げる。


「いつまでも元気でおるのだぞ」


その声を聞き届けてから店を出た。


今度こそ家に向かう。

まず向かう場所は、あの銅像が置いてある南門だ。

そこからさらに南下していけば家に着く。

物語の最終地点。

南門に近づくにつれ、銅像の後ろ姿が大きくなる。

勇者ザキ、ただ一人。

そのときふと、仲間のことを思い出す。


……本当は、こんな感じで始まったんだっけ?



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