22
それから俺は、慎一郎さんの店に行かなくなった。じっと、亀が甲羅に首をひっこめるみたいにして、身をひそめる。俺には慣れたやりかただった。自分の内面の波立ちでさえも、それでどうにかやり過ごそうとしたのだ。慎一郎さんのことを思い出すたび、あの店の穏やかな空気や、彼の控えめな微笑、一度触れた肌の暖かさ、そんなものを思い出すたび、頭の中で数を数えてやり過ごす。そうすると結局俺は、ほとんどの時間、数を数えていることになった。自分の頭の中が、こんなにも慎一郎さんでいっぱいだったことに驚いてしまうほどに。
誰か他のひとをさがそうともした。翔真のスマホに入っていたゲイ専用のマッチングアプリをインストールしてもみた。でも、登録するところまでたどり着けなかった。俺を罵った母親の顔と、俺を抱きしめてくれた慎一郎さんの顔が、頭を離れなくて。
どうしようもなくて、なんとか自分を保とうとして、仕事に打ち込んでもみた。これまでは生活費を稼ぐためとしか思っていなかった仕事に、一心に打ち込むもことで、気を紛らわせようとしたのだ。気は、少しは紛れた。数を数えているよりは、ずっとよかった。仕事の成果も上がったし、有効な手段ではあった。でも永遠に職場に残っているわけにもいかないし、早出をするにも限界はある。いっそ職場に住み込みたい、と本気で呟くと、同僚が笑って、どうしたの、失恋? とふざけたように言った。
「最近の中上さんは、鬼気迫ってますよね。」
実際失恋をしている俺としては、笑うしかなかった。
子供の頃から、失恋は多かった。失恋ばかりしていたといってもいい。俺が好きになるのは男の人に限られていたから、思いが叶ったのは翔真がはじめてだった。それまではずっと、片思いと失恋を繰り返していた。だから、慣れている。そう、自分に言い聞かせる。慣れている。耐えられないはずがない。ひとりには、ずっとずっと、慣れている。
それでも身体は正直で、眠れなくなったし、食欲も落ちた。同僚が冗談半分に探りを入れたのだって、俺のことを心配してくれてだったのだと思う。鏡の中に見る自分は、隈が目立って、頬も少し削げた。情けない、と思う。慎一郎さんを諦めただけで、ここまでやつれるなんて、我ながら情けない。こんな自分が、心底嫌いだった。
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