18

 「そんなはず、ない。翔真は俺のことを嫌ってて、俺が頼み込んで一緒にいてもらってただけです。翔真が未練なんか、持ちようがない。俺相手になんて。」

 俺相手に、なんて。

 繰り返すと、全身の力が抜け、カウンターに突っ伏した。自分の言ったことがあまりにも事実なので、自分の言葉なのに胸をざっくりと抉られていた。

 慎一郎さんは、少しの間黙っていたけれど、ことん、と、グラスをカウンターに置く音がした後、低い声で言った。

 「自分で思っているより、亮輔くんはいい子だよ。」

 俺は辛うじて少し顔を上げて、慎一郎さんを見上げた。慎一郎さんは、ごく真面目な顔をしていた。慰めを言っているようではなく。だから俺は戸惑って、ただ首を横に振った。慎一郎さんが、細く長い息を吐く。俺は、また嫌われた、と思った。翔真に嫌われたのと同じように、慎一郎さんにも、俺の頑なさやいじいじしたところが嫌われたのだろう。

 どうしていいのか分からず、ただこの場から消えてしまいたいと思って、身体を硬くしていた。すると、頭に温かいてのひらが乗せられた。

 「俺は、嘘は言わない。亮輔くんは、いい子だし魅力的だよ。そんなに卑屈になることなんてない。」

 やさしい声だった。それなのに俺は、まだ慎一郎さんを信じられない。てのひらの温度を感じながら、身体の硬直を解けずにいた。すると、慎一郎さんのてのひらが、俺の頭から離れ、俺の右手を握った。俺は、驚いてさらに身体を硬くした。慎一郎さんがカウンター席から立ち上がり、俺の手を引いた。

 「上、行こう。」

 上? 

 俺は、なにを言われているのか分からず、ただ慎一郎さんに手を引かれるままに立ちあがった。そして、そのまま店の奥の狭い階段を上り、俺が一度泊めてもらった部屋の前を通り過ぎて、もうひとつの部屋の中に入る。その部屋も、俺が泊めてもらった部屋と変わらない、質素で生活感のない部屋だった。違うところと言えば、部屋の奥にクローゼットが置かれていることくらいだろうか。ただ、その部屋は、間違いなく慎一郎さんの匂いがした。

 慎一郎さんは部屋の入り口で突っ立っている俺の肩を抱くと、右手の壁にくっつけて置いてあるベッドに座った。俺も、都合並んで座ることになる。なにがはじまるのか、と、心臓が早鐘を打っていた。だって俺はゲイで、慎一郎さんに対して邪な感情を持っている。

 

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