トラウマ

19

 夏休みが終わり、学校が始まった。久しぶりに会う人たちとあいさつを交わし、休み中の出来事を話し合った。


 始業式が終わっても、ほとんどの生徒が教室で残り、だべってたり、勉強したりしていた。


 そんな平和な教室の扉が突然開いた。扉の方を見ると、悠佑達とは違う制服の男子が三人立っていた。真ん中の男子と端にいる二人の男子はそれぞれ違った制服を着ている。その顔を見た瞬間心拍数が一気に上がり、呼吸しずらくなる。樹は今さっきトイレに行ったばかりで戻ってきていない。


(どうして……)


「おお、まじで悠佑いるじゃん」


 三人のうちの一人が口を開いた。

 違和感を察した翼が、すぐに悠佑の前に立ち、守るように手を広げ、詩と遥人も悠佑の前に立った。クラスの人達も何事かと悠佑達に注目する。この感覚、悠佑が何度も味わってきた、もう二度と味わいたくないものだった。彼の顔を見ただけで、いまだに息が上がり、目頭が熱くなってしまうのは、悠佑がまだ弱い証拠だからだろうか。


「久しぶり」


 初めて口を開いた真ん中の男子は真っ直ぐに悠佑を見つめた。悠佑は無意識に一歩後ろに後ずさる。


「ねえ、悠佑の友達? クラスの奴らも気を付けたほうがいいよ。こいつ男が好きだからさ(笑)」


「かばったりしたら、好きになられちゃうかもよ~(笑)」


 両端の男子たちが、クラス全体に聞こえるように叫ぶ。廊下で歩いている人達も、何事かとじろじろ悠佑のクラスを見ながら去っていく。身体は固まり、声が出てこない。


「夏目?」


 トイレから戻ってきた樹が教室の扉にいた男子たちに気づき、真ん中にいた男子に話しかけた。そう、真ん中の彼こそ悠佑のいじめの中心にいた夏目新で、その両端にいる男子は小学校の時夏目と仲の良かった人たちである。夏目を見る樹の顔は怒りで満ちている。


「樹…」


 夏目が驚いた顔でつぶやく。


「おいおい、マジかよ(笑)。樹もいんの?」


「じゃあ何? 樹と悠佑マジで付き合い始めたとか?(笑)」


 夏目は口をつぐんだまま視線をそらし、両端の男子たちは勝手に盛り上がっている。


「はあ、だったらなんだよ」


 樹は冷静に答えているが、声は怒りで震えている。


「てか、夏目、何か言えよ」


 樹が夏目の胸ぐらをつかんだ。さっきから黙ったままの夏目をにらみつける。


「ちょっと待った」


 悠佑の前に立っていた翼がいつの間にか移動して、樹の腕をつかんだ。


「翼、止めんな」


 視線を移動させ、今度は翼を睨みつける。


「樹が殴るなら、俺も殴りたいんだけど♪」


 そんな樹とは対照的に、翼はにっこり笑うと、握りこぶしを作った。てっきり、樹と夏目の仲裁に入ると思っていた翼がノリノリで樹に便乗したのを見て、悠佑・樹はもちろん夏目も驚いている。


「なら俺も!」


「俺も」


 翼に続いて、詩・遥人も前に出てくる。クラスに妙な空気が流れる。


「何でだよ……」


 ぼそっとつぶやいたのは夏目だった。


「そりゃ友達を悪く言われて、黙ってられるわけないだろ」


 翼が落ち着いたトーンながらも、怒りを抑えた声で言った。いつもと違う翼の真剣な表情、声にクラスがぴりつく。悠佑の呼吸も次第に落ち着いていく。


「気持ちわりいだろ!」


 夏目は衝動的に叫んだ後、はっと我に返ったように再び口をつぐんだ。そこで悠佑は初めて、夏目の様子がおかしいことに気づいた。この状況がありえないみたいな表情をしている。


「気持ち悪いのはあんた達でしょーが」


 そう口を開いたのは舞菜の友達の一人だった。その一言にクラスの女子達が息を合わせたように一斉に頷く。男子たちは戸惑っているような気まずそうな顔をしている。


「先生、こっちです!」


 廊下の向こうから大きな声が聞こえてきた。夏目の両脇の男子たちは舌打ちしながら、すぐに退散していき、夏目も悠佑の顔を一瞬見たがすぐにクラスから離れていった。


「あーあ殴れなかったな」


 翼が残念そうに言ったのに、詩と遥人も同意する。樹はすぐに僕のもとに駆け寄り、声をかけてくれる。皆のおかげで、悠佑の心はもうすっかり落ち着いていた。


「ね、ねえ、槙谷くんと月城くんって、本当に付き合っ、てるの?」


 さっき言い返してくれた舞菜の友達が後ろに女子を引き連れて、樹と悠佑に近づき、口を開いた。それは今までの、悠佑の記憶にある嫌な感じの口調ではなく、単純に興味で聞いているみたいだった。樹はうかがうように僕を見る。


「う、ん」


 悠佑は正直に頷いた。ここで否定したら、庇ってくれた、怒ってくれた人たちを裏切るような気がした。悠佑がうなずいた瞬間女子達は息を合わせたように皆で握手を交わしていて、その光景が不思議だった。


「まじ?」


 そう声に出したのはクラスの男子の一人。それがどっちの意味なのか分からなかった。樹はとっさに悠佑の前に立って、警戒するように男子たちを見る。


「待って待って違う。ごめん。びっくりして理解が追い付いてないだけだって!」


 自分の発言が変に誤解を与えてしまったと焦るように男子は首を振り、顔の前で手をぶんぶんと振って、全力で否定した。周りにいた男子たちもその言葉にうんうんと頷く。それを見て樹は安心したように悠佑を庇っていた腕を下ろした。悠佑はこれ以上ないくらい胸がいっぱいになっていた。


「あり、がとう…」


 泣きそうな震える声で、何とか絞り出した声と、精一杯の笑顔でクラス全体にお礼を言った。謝ることはしなかった。

 クラスの男子たちが少し頬を赤らめたのを見て、樹は慌てて悠佑の顔を覆い、男子たちを睨みつけた。その様子を見て、女子達は歓声を上げていた。


 予想もしていなかったことだけれど、樹と悠佑はクラス公認のカップルになってしまった。樹からは「勝手なことしてごめん」と謝られたけれど、悠佑は恥ずかしくも嬉しい気持ちだった。

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