第2話

「なんだ。夢だったのかよ……」

 ベッドから這い出て着替えていると、階下のばばあが俺を呼んだ。

「かずちゃん、まだ寝てるの? 春季講習に遅れるわよ!」

「起きてる! すぐ降りる!」

 中学受験に失敗したにも関わらず、ばばあは諦めなかった。塾を遠くの個別指導に変え、家での勉強時間も大幅に増やした。そのおかげで、部活にすら入れない。

「お兄!」

 開けようとしたドアが、外から叩かれる。

 ——ばばあの次は、莉奈かよ……

 ドアを開けると、妹の莉奈が俺を見上げながら睨んでいた。

「さっさと行きなよ。お母さん、うるさくて迷惑なんだけど」

「分かってる」

 莉奈から目を逸らし、呟くように返事をして通り過ぎる。莉奈は「ふん」と鼻を鳴らして、自分の部屋に戻っていった。




「そもそも学校のレベルが低いんだからね、少しくらい成績が良くても、油断しちゃだめよ」

 飯を食う俺の前に座るばばあが、俺に向かって弾丸トークを飛ばしてくる。俺が返事をしようがしまいが、ばばあには関係ない。下手に反論したら、さらなる弾丸が苛烈に飛んでくるので、黙ってやり過ごすしかない。

「春休みはいいわねぇ。公立中学のくだらない宿題がないから、お勉強の時間が増やせるものねぇ」

 ——ほんと最悪だ。変な夢、見せやがって。

 ラノベの主人公を羨ましく思うようになったのは、いつからだろう。本気で異世界に憧れるようになったのは、いつからだろう。現実世界で最底だった主人公が、異世界で活躍して、素晴らしい仲間ができて、女の子にもモテまくる。俺も異世界に行けたらと何度も夢想した結果が、昨日の夢なんだ。

「でも、やけにリアルだったよな……」

 食器を片付けるばばあの背中を見ながら、ぽつりと呟く。

 夢はよく見る方だけど、内容を覚えていることは少ない。なのに昨日の夢は、やけにはっきりと思い出せた。女神様の美しい姿も声も、遥か下に広がる大草原も。

「ぎゃあああああー!」

 汚い悲鳴が、俺の思考に踏み入ってきた。

「かずちゃん! かずちゃん!」

 物思いにふけることすら許さないばばあは、俺の腕を引っ張って言う。

「アレが出たの! あっち、あっちに行ったの! なんとかして!」

 ばばあが言う『アレ』とは、いわゆる『G』のことだ。Gを撲滅すべくいろいろやっているみたいだけど、Gはばばあに負けることなく、時々姿を見せてくる。その度に、ばばあは汚い悲鳴を上げて、俺に始末を命じるのだ。

「分かった」

 Gを始末するのに良さそうな物を探して、リビングテーブルの上に雑誌を見付けた。ギャル向けの雑誌だった。

 ——小学生のくせに、生意気な奴。

 莉奈の雑誌だと確信して、雑誌を軽く丸めながらキッチンに向かう。Gの姿は見当たらない。キッチンを見回して探していると、どこからともなく声がした。

「もう少し奥です」

「えっ?」

 辺りを見回すが、近くには誰もいない。気のせいだったのかと思って視線を戻すと、夢で会った女神様が立っていた。

「め! めがみ……!」

 女神様が、細くきれいな指をそっと自身の唇に当てた。俺は、慌てて口を塞ぐ。

「『悪』はここにいます。勇者候補」

 女神様が指差したのは、冷蔵庫の奥。そっと近付いて見ると、息を潜めるようにじっとするGがいた。

 ——夢じゃなかった! 夢じゃなかったんだ!

 溢れんばかりの喜びを力に変え、『悪』を倒すべく、剣代わりの雑誌を振り下ろす。

『経験値を獲得しました。レベルが18に上がりました』

 ——害虫1匹駆除しただけで、レベルが上がった!

 家にいるGを全滅させてもっとレベルを上げようと思ったのに、また、ばばあが邪魔してくる。

「かずちゃん、塾に遅れちゃうわよ! 高いお金払ってるんだからね、しっかり勉強するのよ!」

 塾も春季講習もばばあが勝手に申し込んだのに、俺が好きで通ってるような言い方が気に入らないが、言い返すだけ無駄だから何も言わない。

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