2

 ホールに着くと千花さんはバッグを差し出した。


「それでは私はこれで」


「あー、うん。ありがとね千花さん」


 そう言って雉間がバッグを受け取った……次の瞬間――。




 プツン……。




 何かが切れる音がした。かと思えば雉間の手首に巻かれていた金の粒が床一面に散らばりだした。ジャラジャラと音を立て、方々に散る金の粒。


 それを見て慌てて叫ぶ。


「わ、雉間落ちてるっ!」


「え? 何が?」


「何がじゃないわよ、金よ!」


 なんでこうも鈍感なのよ!


「だ、大丈夫ですか雉間様!?」


 すかさず拾いだす千花さんを見て、わたしと菘も拾いにかかる。


「あー、みんな悪いね。拾わせちゃって」


 わたしは一人呑気に立ち尽くす雉間を睨みつけた。


「お前も拾え!」


 するとその場に騒ぎを聞き付けた広瀬さんがやって来た。


「どっ、どうしたんですか!?」


「すみません。雉間さんが金をばら撒いてしまって……」


「ええっ!? それは大変じゃないですか!」


 広瀬さんは慌てて床の金を手に取った。

 そして一言。

「これ金じゃないですよ」


「え……」


 そのとき、クルーザーがゆっくりと動き出した。

 足元の振動に気付き、血相を変えてテラスまで走る千花さん。すぐにわたしも後を追ったけど時すでに遅し。クルーザーは陸から離れ出していた。


「お願い。待って、待って下さい!」


 操縦室に向かって千花さんが叫ぶ。

 が、クルーザーは停止しない。


 千花さんはクルーザーの後部に行き、今度は桟橋に向かって叫んだ。


「研司様! 美和さん! 私はまだ船です! 船にいます!」


 桟橋では研司さんと美和さんが手を振っていた。


「大変、早く引き返してもらわないと……」


 踵を返したわたしの後ろには、

「いや、これでいいんだ」

 雉間がいた。


 雉間はいつもの微笑みで言った。


「これでいいんだよ」


「雉間……」


 満足げな雉間の顔を見て、わたしは察した。雉間はこの結末を知っていたことを……。


 叫ぶ千花さんの隣。雉間は先ほどまで手首にしていたブレスレットの……を下投げで空中に放り投げた。


 山なりに投げたいくつものメッキの粒はクルーザーの軌跡に沿って心霊島とクルーザーの間に一筋の線を作る。


 キラキラと海に輝き、やがては沈むメッキの粒。


 それで雉間が何を演出したかったのかわたしにはわからない。


 けどそのセンス、わたしは嫌いじゃなかった。


「研司様、美和さん……っ!」


 桟橋に向かって叫んでいた千花さんも、やがては何かに気付いたかのように声をくぐもらせた。


「私ごめんなさいっ。今までずっと、助けてもらってばっかりで。感謝してもしきれないことばかりなのに何もできなくて……。わたしは、私は……この島も、研司様も美和さんも絶対に忘れませんっ! 大好きですからっ!


 だから……」


 そして瞳を潤わせ、精一杯に叫んだ。


「今まで、ありがとうございました!」


 大粒の涙を目からこぼして言った千花さんに、研司さんと美和さんは微かに頷いたように見えた。


 段々と遠く、そして小さくなる心霊島……と、二つの人影。

 その光景を脳裏に焼き付けるかのように千花さんはいつまでも手を振り続けていた。

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