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「あー、それは単純に『英雄刀』の真の価値がわかる人に中の金を譲りたかったから……と、まあ、そう考えることもできるけど、それなら別に呉須都さんの存在も、ぼくたちを招待する必要もないよね。だからさ――」
意図的に一拍置く。
「――研司さんたちは外の世界を見せたかったんじゃないかな?
千花さんに」
「……」
研司は穏やかに目だけで話の先を促した。
「心霊島に招待されたぼくたちの年齢は久良くんを除けばみんな千花さんと同じ十八歳。唯一十八歳でない久良くんも、千花さんとの歳は一つしか変わらない。それに集められた人は探偵に警察に鑑定士にアイドルと、仕事も生き方もまったくもって異なる人たち。つまり研司さんたちは千花さんに色々な生き方があるというのを見せて願わくは……」
言い当てるかのように笑ってみせた。
「この島から出て行って欲しんだよね? 千花さんに」
「…………」
雉間の言葉に研司はゆっくりと目を閉じ、
「……はい」
頷いた。
「本当に、すべてお見通しなんですね……」
研司は自身の負けを認めるかのように言ったが、その気分はとても清々しかった。
組んだ指を
「千花さんはこの三年間、本当によく尽くしてくれました。メイドとしてこんな不便極まりない島で」
「……」
「千花さんは本当に優しくて良い子です。ですからきっと、今でも私に恩を返そうなどと考えているのでしょう。誰も、そんなことは望んでいないのに……。
私はただ、小さい頃から知っていた千花さんに苦労をしてほしくなかった。本当にそれだけ。それだけなのに千花さんは浮蓮館のメイドをすると自ら志願してきました。何度断っても千花さんは頑として聞かず、最終的には折れる形で千花さんをメイドとして雇ったのです。千花さんがすぐに音を上げると、そう思っていたから……。
ですが千花さんの意思は固く……」
今に至ります、と研司は呟いた。
「こんなことならメイドにするべきではなかったと私は今でも後悔しています。何不自由なく、ただ自由に生きてほしかった。それだけなのにわたし自身が千花さんの自由を奪った。そんな気がして……。
前に一度、『千花さんは若いんだからここにいるべきではない』と言ったことがあります。ですが千花さんは首を横に振るだけ。そこで、どうにか千花さんに島の外に興味を持っていただきたく、私は架空の人物呉須都なる人を作りあげ、そして歳が近く様々な職業に就く皆様をここへ招待したのです。雉間様をお呼びしたのは推理小説が好きな千花さんに探偵が謎を解く場面を見せたかったからです。仮にもし解けなくても探偵でも解けない謎が島の外にはたくさんあるのだと、興味を持っていただきたかったのですが……それも雉間様相手には
私はいつ千花さんがこの島を出て行っても構いません。ましてや出て行くことにあれほどまで忠実な子を薄情だなんて思いもしません。千花さんの貴重な三年を奪ってしまったのですから……」
そう研司は
「ところで、雉間様はこの島の名前の由来をご存知でしょうか?」
「あー、うん。それは千花さんが言ってたよ」
前置きをし、そつなく答える。
「『昔、研蔵さんは困っている人がいれば誰でも見境なく助けて、そうして助けてもらった人たちはいつしか心からの礼を込めて恩を返そうとした』って。つまり心霊島はもともと『心からの礼』って書いて『心礼島』だったんだ。ちなみに浮蓮館の名前の由来は蓮の花言葉、つまりは『救いを求める』の意味を持たせての命名かな。どっちもここの人たちにぴったりだね」
雉間が言うと研司ははっきりと頷いた。それは疑いようもなく、雉間の推論が正しいことを意味していた。
「雉間様たちには本当にご迷惑をおかけしました。今回招待した方たちにはお帰りになられた後で何か特別な品を送るつもりだったのです。広瀬様の金のように」
「あー、ぼくは何もいらないよ。だから一つお願いなんだけど……」
「わかっていますよ。カリン様ですね」
相好を崩して言った研司に、一瞬であったが雉間は初めて見透かされた表情をした。それが研司には余程嬉しかったのか声色を弾ませる。
「安心してください。私も意地悪で新人アイドルに希望を持たせは致しません。今回カリン様をお呼びしたのは最終選考と言いましょうか。私自身、見ておきたかったのです、当社の新しいイメージガールを。そして、カリン様は明るく健気で当社のイメージにもぴったりなお方です。つい先ほどですが事務所の方にはCMの契約をさせていただきました」
「あー、そうだったんだね」
取り越し苦労に雉間は頭を掻いた。
「ええ。ただ困ったことに久良様だけは何を差しあげればいいのかわからないのです」
「はい……」
研司と美和は思い出したかのように俯き固まった。この雰囲気から察するに、この議題で沈黙が下りるのは初めてではないよう。
「あー、それなら久良くんって温泉が大好きなんだ。心霊島の温泉も『日頃の疲れが吹き飛ぶな』って喜んでたよ」
「おお、そうでしたか。では、久良様には能都カンパニーが運営する温泉施設の永久パスポートをあげてはどうでしょう?」
思いついたかのように言った研司に執事の美和は微笑んだ。
「はい。さっそく手配します」
美和の反応を受け、研司は改めて助言をくれた正面の雉間を見る。が、雉間は研司の視線など気にも留めず、すっかり冷めた紅茶を啜っていた。
「……」
目の前で静かに紅茶を啜る探偵。
そんな彼に研司は言葉では言い表せない何かを感じていた。社長として、これまで多くの人を見てきた研司。そんな研司にはこの探偵が……今謎を解いてみせた雉間が誰よりも頼もしく見えていた。
それは言わば直感のようなもの。
だが研司は信じてみたかった。
自分の直感と、目の前にいる探偵を。
だから……。
「雉間様。最後に一つお願いがあります」
「あー、お願いねえ」
紅茶を飲み干した後で雉間は目を細めた。
「まあ、お世話になった研司さんの頼みなら断れないね。何かな?」
「はい。それはぜひとも受け取って欲しいものがあるのです」
そして、声にはせず呟く。
私の一番の宝物です。
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