9

 久良さんと話して気付けば夕食の時間。


 わたしたちが食堂に向かうと、なんとそこでは驚きの光景が広がっていた。

 食堂には大きなテーブルが置かれ夕食はビュッフェ形式となっていたのだ。お寿司やサンドイッチ、ローストビーフにシーザーサラダに冷製パスタと、極め付けにはチーズフォンデュ鍋まであるという徹底ぶり。こんなにもすごい数の料理、いったいいつ用意したの?

 わたしは食事をする研司さんと同じテーブルにいる千花さんに訊いた。


「これ、全部千花さんと美和さんだけで作ったんですか?」


 すると千花さんはにっこりと笑って、

「いえ、これらはすべて美和さんが一人で作ったんですよ」


「嘘ぉっ!? こんなにあるのに全部美和さんが一人で!?」


 千花さんが頷く。


「ええ。美和さんって手際がとてもいいんです。あと、デザートにはチーズケーキとゼリーも用意しているそうです。あ、ちなみにチーズフォンデュは皆様においしい状態で食べて欲しいと、あえてセルフサービスにしているんですって」


 わたしは今一度用意された料理を見た。これだけの料理があるのにデザートまで作ったって……。美和さんって本当に何でもできる人なのね。研司さんが執事にしているのも納得だわ。


 浴衣の袖を引っ張り無邪気な笑みを浮かべる菘。


「ふふ、セルフサービスなら気兼ねなく結衣お姉さまにお願いできますわね」


「……」


 この子、セルフの意味を知らないのかしら?


 雉間が言う。


「あー、でも、どうしてこれだけの料理を美和さん一人だけに作らせたの?」


「はい。いつもなら料理は私と美和さんの二人で準備をするのですが、今日は私、研司様の仕事部屋で書類をまとめるお手伝いをしていたもので」


 それを聞いて、同じテーブルにいた研司さんが「とても助かりました」と言った。


「へえ。あ、ところで美和さんは今どこに?」


「美和さんでしたら調理服を着替えてくると、先ほど二階の自室に……」


 そのときだった。


「た、大変です、研司様!」


 慌てた様子の美和さんが食堂に飛び込んで来た。

 美和さんは食堂に入るなり、似つかわしくないほどの声量で叫んだ。


「ぞ、『象の黄金像』がなくなっています!」


「なんだって!」


「は、早く二階に来てください!」


 息も絶え絶えの美和さんに言われて、わたしたちは二一二号室へ走った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る