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「さあ皆様、続いての家宝はこちらです」


 一一二号室に鍵をしっかりと掛けた後、研司さんの案内でわたしたちは二階に上がった。

 二階の間取りは一階とほとんど同じ。違いといえば一階では食堂になっていた場所が二階では研司さんの仕事部屋に、そして二階には美和さんと千花さんの部屋があることくらいだ。

 二つめの家宝が置いてあるのは二一二号室。その部屋の前に来ると、研司さんはいきなりドアノブに手を掛けた。


「あー、鍵はいいの?」


「はい。鍵なんてかけなくてもこの部屋の家宝はので」


 絶対に盗めない?


「それでは皆様、中へどうぞ」


 そう言った研司さんがドアを開けたとき、わたしは初めて「絶対に盗めない」の意味を理解した。

 床や天井、壁といった全面がアルミ張りになった二一二号室の部屋の中心には、金色に輝く象の置物がどっかりと鎮座ちんざしてあった。見るからにわかる、この重量感……。


「こちらが能都家の二つめの家宝。縦一・五いってんごメートル、横一・五いってんごメートル、最大高さ二メートル、重さ二〇〇キロの『象の黄金像』でございます!」


「黄金!? ってことは、これ、全部金なのっ!?」


 目を輝かせて言ったのはカリンさん。

 絵画を見たときはまるで反応が違うわ。


「その通りです。さすがに像の中はある程度空洞くうどうとなっていますが、すべて金でございます」


 ふうん、金ね。それにしてもわたしには、どうもお金持ちの気持ちがわからない。なんでせっかくの金をこんな象の形なんかにするのか。

 意識しているのが和なのか洋なのか、または印なのかもわからないそれを指し、研司さんが言う。


「こちらの『象の黄金像』はその昔、私の父がこの心霊島で採れた金を使って作ったものと聞かされております」


 腕に抱き付く菘が小声で言う。


「……そういえばクルーザーで『心霊島には昔金の鉱脈があった』って、美和さんが言っていましたわね」


 ああ、そういえばそんなことも言っていたわね。


「ってことは……」


 広瀬さんが、すっと眼鏡を上げた。


「価格の変動もありますが約十五億円ってところでしょうか?」


「はい、その通りです」


 と。


「あれ、結衣お姉さま? 雉間さんが出て行きますわ」


 そう言われてドアの方を見ると、のそのそと雉間が部屋を後にしていた。

 すぐさま追いかけ、部屋を出たところで声をかける。


「ねえ、雉間見ないの?」


「あー、あんまり興味ないからね」


 まあ、それにはわたしも同感だ。芸術的価値眼も金銭的価値眼も、どちらも持ち合わせていないわたしには金色の象を見たところでどうも思わない。


 愚痴るように言う。


「それにあの部屋、どうも目が疲れるよ」


 目?


 眉根を揉む。


「部屋自体がアルミ張りなのはもちろんだけど、他の部屋と比べて照明が暗いんだ」


「え、そうだった? わたしにはわからなかったけど」


 すると菘は廊下と部屋のさかいで、見上げるように両方の照明を交互に見比べた。


「あら、そう言われれば確かに暗いですわね」


 菘に習いその様子を真似てみると、確かに周りのアルミが照明を反射して気付かなかったけど、部屋の照明そのものは暗い気がする。


「ま、研司さんが『盗めない』って言ったのは、あの象が二〇〇キロもあるからだろうね。……あ、やっぱり鍵してないんだ」


 え?

 不穏なその言葉に、見ると雉間は隣の部屋のドアを開けていた。


「ちょっとダメよ雉間、許可なく入っちゃ」


 わたしの忠告に雉間は不思議そうな顔になった。


「え? 何で、結衣ちゃん?」


「……」


 善悪の区別がつかない子どものような顔をする雉間に、わたしは呆れて何も言えなくなった。


 雉間が開けた二一一号室には一見にも高そうな絵や皿が部屋いっぱいに飾られていた。そういえば千花さんが『他の部屋は物で溢れ返っている』って言っていたけど、それってこういうことだったのね。

 部屋を見渡す菘。


「随分と色々ありますがコレクションでしょうか?」


「いえ、研蔵様には集めたつもりはないそうですよ」


 いつの間にか、背後には千花さんが立っていた。

 千花さんは笑顔でわたしたちを見ているけど、勝手に部屋に入ったわたしは少し後ろめたい。

 

 そんな中で雉間は少しの気まずさもなしに、

「あ、千花さん。ちょうどいいところに来たね」

 気兼ねなく話す。


「そうだよね。研蔵さんは物欲がない人って聞いていたから、おおよそコレクションじゃないよね」


「はい」


 ご機嫌に頷く千花さんの声色に怒っている様子はなく……いや、むしろ千花さん、雉間に話しかけられて声を華やかせた気さえする。


「実はこれらの品物はすべて頂き物なんです」


「頂き物?」


「はい。私は美和さんから聞いたのですが、初代能都カンパニー社長の研蔵様はとても優しく、人情味のある方だったそうなんです。事業でお金が必要な人や生活に困っている人がいれば見境なく助け、そうして研蔵様に助けてもらった方たちはいつしか心からの礼を込めて『あのときのお礼』と、高価な物を差し上げて恩を返そうとしたそうなんです。ですが、ご存知の通り研蔵様は『価値のある物はその価値のわかる人が持つべき』と考えているお方。そして物腰の低い方ですから、わざわざ親切で持ってきたものをいらないとも言えず、物が頂き物で高価なゆえに捨てることもできず、こうしてあるのだと聞いています」


 ふうん。研蔵さんって信頼の厚い人だったのね。


 と、わたしがそんなことを思う一方、余韻もなしに雉間が「それじゃあ」と切り出した。


「研司さんが執事の美和さんやメイドの千花さんを呼び捨てにしないのもそういうこと?」


「はい。研司様も研蔵様と似ていてとても優しいお方ですから、決して威張ったりはしないんです。美和さんも長く能都家の執事をやっているのにメイドの私にまで優しいですし」


「へー、じゃあもう一つ訊くけどさ」


 一つ相づちを入れて、雉間が千花さんを見た。


「どうして研司さん、今、?」


「……え?」


「だって普通、料理の後片付けはメイドの仕事で主のお付きは執事の仕事でしょ? それに長く勤めているなら美和さんの方が千花さんよりも屋敷や家宝について詳しいよね。それなのに何で研司さんは昼食後の仕事を逆に言いつけたの?」


 雉間に言われて、千花さんは初めて気付いたかのようにはっとした。


「あれ? 確かに言われてみればいつもはそうですのに……」


 頬に手を当て、考える千花さん。

 が、それも束の間。すぐに「ふふ、何ででしょうね?」と微笑んだ。

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