【問3】 呉須都はどこに消えたのか?

1

【問3】 呉須都はどこに消えたのか?


 五月三日。


 雲一つない綺麗な空。晴ればれとした今日の天気も、明日は今現在急速で日本列島に接近している台風によって崩れると朝に見たニュースで言っていた。台風が季節の変わり目に発生しやすいことは小学生のときに習ったけど、まさか大型連休に直撃するなんて連休を楽しみにしていた子どもたちにとってはさぞかし悲惨なものね。でも、ま、今日旅に出る分には絶好の日よ!


 わたしと菘と雉間は陽和ひわ港の桟橋に来ていた。


 陽和港はわたしたちが住む月和町から電車で数時間のところに位置する綺麗な港。ここの桟橋はよくテレビや雑誌でパワースポットやデートスポットとして紹介されるということもあり近くには売店も多く並んでいる。


「いやー、いいところだね。ここは」


 このせっかくの依頼だというのに緊張感ゼロの台詞は雉間のもの。二泊三日を手ぶらでやり過ごそうとしたバカな男よ。一応、家を出る前には小さいながらもちゃんとバッグを持たせてあげたけど本当に手のかかる探偵だ。


 一方でわたしと菘は準備万全。カメラに水着におやつに水筒と完全に遠足気分!

 菘は白のワンピースと大きな麦わら帽子という『THE お嬢様ファッション』が絵にも様にもなっている。


 菘に日焼けという言葉は無縁らしく朝わたしが、

「そんな格好で行って心霊島が暑かったら、あなたの白い肌が台無しよ」

 と言うと、

「私、次の日肌が少し赤くなるだけですぐに元に戻ってしまうんですよね」

 と優雅に答えた。


 まったく、メラニン色素は何をしているのやら。


 港に着くとわたしたちが乗るクルーザーは集合時間前に桟橋に停泊していた。クルーザーと言うよりはちょっとした観光船くらいの大きさのそれは、初めこそ流石にあれじゃないだろうと思っていたけど、ツアーガイドのような『心霊島浮蓮館行き』の看板を見て、それだということを確信した。


 クルーザーに近付くと、立てられた看板の横にいた燕尾服姿の男性が声をかけてきた。六十歳くらいのその人は白髪と白ひげが特徴的で、どこか良い人オーラを放っている、好々爺という言葉がぴったりな人だ。


「はじめまして。雉間快人様ですね」


「うん、そうだよ。名探偵の」


 年上にも物怖じしないな、こいつは。


「わたくしは能都研司様の使いで来た、執事の美和みわと申します」


 美和さんが物腰低く言う。


「よろしければ招待状を確認させてもらえないでしょうか?」


 雉間が封筒から取り出した招待状を一見すると、美和さんはわたしたちを見た。


「そちらの方々は……?」


 わたしと菘は自己紹介をする。


「助手の雨城結衣うじょうゆいと――」


「――同じく助手の羽海菘はみすずなですっ!」


「あー、なんかごめんね。招待状には助手は一人までって書いてなかったから……。あ、でもなんだったら今すぐ結衣ちゃんを帰らせるよ」


 なんでなのよ!

 わたしは雉間の足を思いっ切り踏んだ。


「いえいえ、とんでもございません」


 笑って首を横に振る美和さん。


「やはり優秀な探偵の雉間様となると助手が二人もいるのですね。ちなみに雨城様と羽海様はおいくつでしょうか?」


 わたしと菘は声を揃えた。


「十八です」


 その返答に美和さんは目尻のしわをキュッとさせ、


「お若くて何よりです」


 と嬉しそうに言った。


「さあさあ、どうぞ雉間様、雨城様、羽海様、先に船内のホールでお待ちください。あと一人来られましたらクルーザーは港を出ますので」


「え? あと一人ってぼくらの他に誰か来るの?」


「はい。今回招待された方たちは雉間様御一行を含め全五組です。あと久良くら様が到着次第でこのクルーザーは出港致します」


 クルーザーに乗り込んだわたしたちがホールに行くと、ホールには既に四人の人が待機していた。……が、わたしはそれどころではなく驚きのあまり声が出なかった。

なんと美和さんが軽く口にしていた『ホール』がテニスコートほどの広さの、それも天井にシャンデリアが取り付けられた、舞踏会場のようなところだったからだ。ふかふかなソファーに高そうな椅子やテーブル、そして部屋のすみにはバカラ台までもあるこの普通じゃない空間……。いったいなんなのよ、この全部が全部の金持ち感は!


「わあ、ほらほら結衣お姉さま。ここから美和さんが見えますわ!」


 この程度の豪華客船は慣れっことでも言うように船内の窓から美和さんを指差す菘。

 まったく、あんたくらいよ。他の人たちはみんなかしこまっているのにそれだけはしゃげるのは!


 そうは思いながらわたしもホールの窓から外を覗けば、確かに先ほど見たツアーガイドのような看板を持った美和さんが見える。そして美和さんの隣では誰か、体つきのがっしりとした男の人が封筒を取り出し、中の招待状を見せていた。


 どこからか取って来たジュースを片手に雉間も窓を覗く。


「あー、あれが久良さんだね」


 わたしたちがしばらくその様子を窓から見ていると、やがて久良さんと美和さんがホールにやってきた。


 そして、クルーザーが動き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る