第36話

「キャラメルオペラファンタスティックシンフォニーと……ギャラクシーミラクルホイップフラッペでお願いします」


 カフェのテイクアウト用カウンターで小林が指差したメニューを読み上げると、店員のお姉さんはにこやかに名前を復唱して調理に取りかかった。


「自分で言えばいいのに……」


「や、さすがにギャラクシーミラクルホイップフラッペは言えないよ」


「変なところで恥ずかしがっちゃって……」


「ま、いくら私でも人並みに恥ずかしいって感性はあるんだよね。このメニュー名は人間には恥ずかしくて言えないよ」


「それだと俺が人外の恥知らずってことになるよ!?」


 あと店員のお姉さんも。


「ふふっ……そうだよね……」


 小林は口元に手を当ててクスクスと笑う。


「ま、けどいっぱいあるよ。恥ずかしくて言えないこと」


「例えば?」


 俺の質問に小林は微笑みながら「それが言えたら苦労しないよなぁ」と言った。


 ◆


 キャラメルオペラファンタスティックシンフォニーを持った俺とギャラクシーミラクルホイップフラッペを持った小林で公園にやってきてベンチに腰掛けた。


 小林はソフトクリームのようにモリモリに盛られたホイップクリームをチロチロと舌先で舐めている。


「小林のそれって名前なんだっけ?」


「ギャラクシーミラクルホイップフラッペ」


 小林は淀みなく名前を言った。


「言えるじゃん……」


「や、お店の人に言うのが恥ずかしいだけで高橋に言うのは別になんともないよ」


「ふぅん……」


 小林はストローを咥え、チラチラと俺の方を見ながら「ま、逆もあるけど」と言う。


 その意味を尋ねようとしたのだが、すぐ隣のベンチに重たい空気をまとった高校生カップルがやってきたので小林と2人で口をつぐむ。


「――で、別れるの?」


 男の方が座るやいなや尋ねる。


「うーん……まぁ……そうかも? 話し合いっていうか……なんていうか……二人っきりで話したい感では……ない」


 小林が隣でスマートフォンを操作して俺にメッセージを送ってきた。


『や、別れ話始まっちゃった。動きづらいね』


『背景と一体化するしかないね』


 別れ話をしている二人をちらっと見ると男の方は見覚えのある顔だった。一番主人公ポジションであるはずの池目だ。


 なんだかんだでヒロインとは全く関係のない女子ではあるけど、イケメンなので彼女はできていたらしい。


 そして、主人公は俺と小林を背景モブとして無意識のうちにこき使ってくれているんだろう。


『ね、高橋。普通、こういう話って誰もいないところでやるものなんじゃないの?』


 小林が唇をとがらせてそう言う。


『さっき女の子の方が2人は嫌だって言ってたから、俺達がいなくなると誰もいなくなるんだよね』


 小林と二人で周囲を見渡すも、通行人はまばらで誰もいない時間の方が多いまである状況。そのため、立派な背景モブとしてのお仕事と割り切る。


『や、モブとして認識されてるのかな』


『そういうこと』


 2人で目を見合わせ、別れ話に耳を澄ます。「価値観が」とか「他の女の子と連絡を」とか言っているので大した話ではなく単に池目がチャラいだけって話なんだろう。


 ものの十分で話は終わり、2人は別々の方向に向かっていった。


 背景モブとしての仕事を終えた小林と2人、名前を言うのも恥ずかしい飲み物を無言で飲む。


「価値観の違いだってさ」


 ストローを咥えたまま小林がぼそっと呟いた。


「あるあるじゃないの。バンドだってそれで解散するんだし」


「や、確かにね。私たちも音楽性の違いから解散しちゃうかもしれないからチェックしとこうよ」


「価値観を?」


「ん。価値観。まずは……金銭感覚。300円のカップ麺は高いか安いか」


「場所によるけど……学校の売店にあったら強気だなぁと思う」


「いいじゃん」


 小林的には正解だったらしく、ニッと笑って頷いた。


「じゃ、次は……機能性で劣るブランド物と機能性重視のノーブランド物」


 小林が指を折りながら尋ねてきた。


「ノーブランド」


「ん。同じ。やっぱりノーブラ派だよね」


「変な略し方しないでくれる!?」


「や、ノーブラかブラかでいえばノーブラじゃないの?」


「ブランドの話だよね!?」


「ん。他意はないよ」


 小林はニッと笑って頷く。


「じゃ、次は……どこからが浮気か」


 小林はそう言って前を向いて座ったまま俺の手を握ってきた。


「う、浮気?」


「ん。あくまで仮定の話。私達が付き合ってるとして、他の人と何をしたらアウトか。これは?」


 小林が手に力を入れて何度も握ってくる。


「アウト?」


 小林はしばらくの間じっと俺の目を見て、大きく頷いた。


「ん。いいでしょう……ま、私には何も言う権利はないけどさ」


「そりゃ……まぁ……けど、誰にとっての主人公にもヒロインにもなりたくないってことは、それってつまり、誰にとってもどうでもいい人のままってことじゃない?」


 小林がハッとした顔で俺の方を見てくる。


「ま……けど誰かの大切な人になるってすごく重荷になりそうだし、ダルそうだし、面倒くさそう」


「ならずっとモブのまま?」


 小林は手を重ねたまま「ん……」と喉を鳴らして考え込む。


「ま……高橋ならいいかも。楽そうだし」


 小林は冗談めかした笑い方でそう言った。


「理由が雑すぎない!?」


「や、大事だよ。楽かどうかっていうのはさ。主人公といっしょにいるハラハラも、ヒロインと一緒にいるドキドキも、どっちも私はそんなに要らない」


「ちょっとは?」


 小林の顔を見る。小林は口元だけでにやりと笑うと「要る」と即答して俺の腕に抱きついてくる。


 照れ隠しに夕方の空を見上げると、夜の紺色と夕方のオレンジ色がグラデーションになっていた。夜の世界の方には少しだけ月が覗いていた。


「おそら――」


「そらが――」


 示し合わせることもなく2人でバカっぽい声を同時に出した瞬間、言葉が止まって目が合う。


「ふふっ……高橋さ、今、馬鹿っぽく感想を言おうとした?」


「うん。馬鹿っぽく言おうとした」


「月じゃないの?」


「月は主役だからね。背景のグラデーションの方が大事だと思う」


「ん。ハゲ散らかすくらい激しく同意」


 小林は大きく頷き、嬉しそうにはにかむと俺の口を手で覆って先を越されないようにしながら「おそら、きれー!」とバカキャラのような声量で叫んだ。

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