第3話 ウラガール その③

 駅のホーム。

 電車をりたら、いきなりうしろから肩をたたかれた。


「やあ」


 声と同時に、キラッと白い歯が口のスキマからのぞく。

 ぼくより背が高く、髪サラサラのその人物には見おぼえがあった。


黒井くろい……くん?」


 幼なじみのユアのあとをいで生徒会長をやってる二年の男子だ。

 さわやか、かっこいい、やさしい、人望がある、などなど、四拍子も五拍子もそろった完璧人間。


 そんなヤツが、ぼくなんかになんの用だ?


 ―――って、顔色を読み取ったのか、彼はいう。


率直そっちょくにきくが、キミは結愛ゆあさんに好意があるのかい?」


 じ、と自信満々の瞳がぼくをのぞきこむ。

 上級生をふつうに「キミ」呼びする下級生。

 ウワサはよくきく。

 とにかくベタぼれだと。

 彼がユアを、だ。その逆ではないことに注意したい。


「あ、いや……」

「どうなの?」


 顔の角度が、ややこっちを見下ろすようなナナメになった。

 はやくいえ、という威圧感。

 イヤなことを思い出した。


 ―――「おれに紹介してくれよ」


 あれは中学のときだ。

 同じクラスになったヤンキーに、そうしつこくせまられたことがある。

 いま思えば、かりにそいつをユアに紹介したところで、どうもなりはしなかったと思う。


 けど、ぼくはカタクナだった。


 イヤだ、と四回ことわったところで、ぼくは生まれてはじめてグーで顔をなぐられたんだ。


 ――「え? ヒロちゃん、そ、その顔どうしたの!?」

 ――「なんでもない。ボケっとしてて、ころんだだけだよ」


「ぼくは…………」


 そこで、彼の友だちなのか、こっちに声をかけてきた。

 ぼくをみるキツい目つきが、ふわっと、他所よそ行きになってそっちを向く。

 ポンと肩をたたいて、何事もなかったように歩いていく生徒会長。


 登校のときにそんなことがあった、と彼女に伝えると、


「まーまーそれはそれとしてさ」


 かるく流された。 

 放課後まで、ウジウジそのことを考えていたのがなんだかバカバカしくなる。


「ジュースおごってよ」


 学校からけっこうはなれたトコにある自販機の前。


「なにがいい?」

「ホットの缶コーヒー」


 がこん、と出てきたそれをわたす。

 わかってんじゃん、とラベルを見ながらつぶやいた。どうやら微糖で正解だったようだ。

 ぼくも同じやつを買った。


 浦賀うらがアルノ。

 おとといぼくが告白した、同じクラスの女子。


「幼なじみっていいよね」

「そうかな」

「なんたって、オカズに不自由しないじゃない?」


 リアクションをたのしむような視線。

 だが、ぼくはユアの名誉のためにも、こう言った。


「そんなこと……一度もないよ」

「そんなこと自体?」

「えっ?」

「そんなわけないか。思春期の男の子だもんね!」


 ケラケラと明るく笑う。そんでコーヒーを飲む。

 少しおしゃべりして、同じタイミングで缶をゴミ箱にすてた。


「ドキドキしてる?」

「いや、まあ」


 これから、きのう彼女がだした作戦を実行にうつす。

 浦賀さんいわく〈邪道〉なやりかたを。



「あれ?」



 びっくり、という表情。

 約束の時間きっかりに、幼なじみはあらわれた。 


「やっほ!!!」


 とキャラにない元気なあいさつ。右手を高くあげて。

 先制攻撃のつもりだろうか?

 たたっ、と浦賀さんからユアのほうへった。


「はじめまして!」

「あ……こちらこそ」


 ぺこっ、と頭をさげてショートの髪が前に流れる。

 前髪をなおしながらユアは口をひらく。


「えーと、あなたは」

「浦賀です。あのほら、ペリーが来たので有名な」

「ああ、たしかそうです……よね」

「ペリー好き?」


 すごい質問がでた。

 たぶん、ほとんどの人がされたことのない質問だろう。


「よく、わかんないけど」

「じゃあ幼なじみは好き?」

「え?」


 ユアの、もともと大きい目が、さらに大きくなる。

 おどろいているようだ。


「好き?」

「うん、えっと、きらいじゃないけど……」


 オッケー、とちらっとぼくを見て目で合図。

 小さくうなずいて返した。

 もうあともどりできない。


「ごめんね。私たち―――」


 つきあうことになりました、と声を合わせる。

 二人で合わせる必要ないだろ、ってぼくは言ったが、浦賀さん的にはこっちのほうがいいらしい。


「そうなんだ……」


 ユアは小声でいって、ぼくの前に立った。


「よかったね。ひろしくん」


 言い終わって、パチッとウィンク。


 じゃあね、と手をひらっとふってターンする。


 緊張していたわりに、わりとあっさりな幕切れだった。


「やれやれ。ノーダメって感じだったね。やっぱヒロヒロに気はないのかなぁ」


 両手の手のひらを上にして肩をすくめる。


「『ぼくに彼女ができたよ作戦』は不発に終わったのカナ?」


 一見、そんな感じだった。

 でも……


 ―――「そっちはババじゃないの!」


 ちいさいときからのあいつのクセ。

 ウソつくときに片目をとじること。


 たまたま目が乾いたとかか?


 その可能性が高いよな、やっぱり。



愚策ぐさくだ」



 次の日。

 親友の深森ふかもりは、そう一蹴した。


「その作戦は、成功のためには『ウソをついた』ことを明かす必要がある。ここが一番ダメだ。これからつきあおうっていうときに、相手が不信感をもつのは最高に良くない。愚策だ。一言でいえばアホ」


 ようしゃない物言ものいい。

 

「今からでもいい。ワビをいれてこい」

「ユアに……か?」


 当たり前だ、とばかりに深森はがしっと腕を組んだ。


 そして、


 その日のうちにあるウワサが、人伝ひとづてにぼくのクラスに飛びこんできた。


 生徒会長と前の生徒会長が、とうとうつきあうことになった―――っていうウワサが。

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手のとどかない幼なじみは、数人がかりでも告白できません 嵯峨野広秋 @sagano_hiroaki

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