2 能力を持った先輩

 翌日、何とか課題を終わらせた俺は、寝不足のまま学校へと向かった。


 敷地内のざわざわとした、夏休みにはなかったこの雰囲気が、新学期が始まったことを俺に実感させる。


 始業式での、どの時代でも変わらず、長くつまらない校長先生のありがたいお言葉は、寝不足でぼんやりしている俺の耳には一切入ってこなかった。

 というか、半分寝ていて、隣にいた女子に起こされた。


(誰だっけな、あの子…)


 俺の隣にいたということは、同じクラスであることは確かなんだろうけど、正直よく関わるわけでもない人の名前なんて覚えていない。

 けど何となく、あの子の名前は知っているような気がした。


 その謎が解決したのは、思ったより早かった。


「梓馬海翔くんだよね?私、鳴坂なるさか紗良さらっていうんだ。知ってるかもしれないけど」


 新学期ということで行われた席替えで、俺と鳴坂さんは隣になった。

 わざわざ自己紹介してくれたことで、俺は相手の名前を知ることができた。


「うん、知ってる。あと、さっきはありがとな」


 だから俺は、少しの嘘を織り交ぜながら、先刻のお礼を言っておいた。



◇◇◇



 今日は新学期初の登校日なので、授業はなかった。

 だから俺は放課後、図書室に行くことにした。


 無事課題を先生に提出して、一番の問題が解決して気が楽になったからか、あるいは始業式で寝ていくらか寝不足が解消されたせいかはわからないけど、急に昨晩のことが気になったからである。


 図書館で調べる気になった理由は特にないが、なんとなく本を眺めているだけでも何か手掛かりが見つかるのではないかと思った。


(鏡に映らない、か)


 昨日は信じないと言ったけど、やっぱりこれは怪奇現象の類なのでは?と思ってくる。

 日本や海外の妖怪、神話なんかの本を適当に手にとってはぺらぺらとめくっていると、ある単語が目に入った。


__『ヴァンパイア』


 聞いたことはあっても、なじみなどないその言葉が、俺は妙に気になった。


 それは、西洋の怪奇で、日本では吸血鬼と呼ばれている。

 そして、鏡に映らないのもヴァンパイアの能力の一つだ。

 ヴァンパイアは肉体と魂の結びつきが弱いので、鏡に実像が映らないのだという。


 鏡に姿が映らなかった、というだけでは、そのヴァンパイアに自分がなったとは考えにくい。というか考えたくない。

 けど何かしら関係がある、そんな気がした。


 俺はその本を図書室の貸出カウンターへと持っていく。

 カウンターには図書委員と思われる先輩が二人いた。


「君、それ借りる?」


「あ、はい…」


「おっけー。じゃあこの貸出票に名前と、本の題名書いてくれるかな」


 図書室を利用するなんて初めての俺が、本の借り方が分からず戸惑っていると、先輩のうちの一人がそう教えてくれた。

 その人の背は多分俺より少し高くて、髪色が明るいからかチャラそうに見えるが、気が利いてて優しい人だ、と思った。


 もう一人、その人の脇に隠れるように立っている先輩は、制服の上にパーカーという、少し特徴的な服装をしている。

 もちろん、私服を校内で着ることは校則違反なのだが。

 そんな先輩はパーカーのフードを深くかぶっていて、その上前髪で目元が隠れているので、表情が読み取れない。


「か、書きました」


「じゃあこれで君はこの本を借りられるようになった。返す時も多分僕らここにいるから、またわかんなくなったら聞いてね」


「ありがとうございます」


 目的は達したので、俺は図書室を去ろうとした。


「待って」


 そして、パーカーの先輩に引き留められた。


「透哉、どした?」


「あいつ、僕たちと同じだ」


 透哉、と呼ばれたその人は、名前を呼んだ先輩に言う。


「それ、ほんと?」


「うん」


 俺にはその会話が何を指しているのか分からなかった。


「そっか、透哉が言うなら間違いないね。えっとじゃあ君、少し時間もらえないかな?」


 だけどなぜか、この人たちの話を聞くべきだと、そう思った。


 先輩たちに誘われるがままに、俺たちは隣の書庫に入った。


(図書委員の仕事は大丈夫なのか?)


 思わずそう問いたくなったが、今は部活の時間だということもあり、利用者は俺しかいなかった。

 多分、平気なのだろう。


「急にごめんね。僕は河馳悠真かわちゆうまで、こっちが橘田杜きたもり透哉とうや。二人とも二年ね」


「梓馬海翔、一年です」


「じゃあ海翔って呼ばせてもらうね。早速だけど、僕たちが海翔を呼んだ理由は、簡単に言うとね、君が特殊な能力を持っているからだよ」


「……え?」


 能力、って何のことだ?俺が鏡に映らないのと、何か関係しているのだろうか。


「まずは能力の説明からしなくちゃかな?って言っても、僕たちもわかんないことばっかだけどね」


「…お願いします」


「僕たち二人は、ほかの人間にはない能力を持ってるんだ」


 悠真先輩はそう切り出した。


「透哉の場合は生まれつきらしいけど、僕の場合はある日突然その能力を持ってて。能力を持ってるからって、使わなければ普通の人間と一緒だからさ、ここまで隠してきた」


「じゃあ…なんで俺にはそんなあっさり言ってくれたんですか?」


「透哉が海翔も俺たちと同じ能力持ちだ、って言ってたからだね。透哉の眼に狂いはないから」


「そう、ですか…」


 そう言われても、俺はなかなか信じることができなかった。

 なにせ昨日までは能力なんて使えないただの一般人だったのだから。


 しかし昨晩のことがあるので、全くの嘘と切り捨てることもできない。

 現に俺は原因を探すためにここに来た。


「まだ、半信半疑って感じだね」


「あ…すみません」


「謝らなくてもいいよ。まあすぐに信じられないのも当然だよね」


 悠真先輩はそう言ってくれたけど、その悩んでる様子を見るとなんだか申し訳ない。


「悠真」


「ん、透哉?…って、いいの?」


「うん、海翔なら」


「そっか」


 今ので会話が成立したらしい。

 俺には分からなかったが、悠真先輩は透哉先輩の言いたいことが理解できるみたいだ。


「じゃあ海翔、透哉の能力について説明してみるか。具体例のほうが分かりやすいもんな」


 そう話す悠真先輩の隣で、透哉先輩がゆっくりとフードを外した。


「えっ……」


(か、可愛すぎだろ…!)


 フードを外した透哉先輩の頭には、犬とか狼みたいな獣耳が生えていた。


 その姿は、同性の俺でもそう思ってしまうくらいに可愛かった。

 小柄さも相まって、なんていうか、小動物みたいだ。


「透哉は動物と人間のハーフ、いわゆる獣人なんだ。今見てもらってるように、動物の耳が生えてたり、人間より身体能力全般が高くなったりする。それに透哉は、勘みたいなやつがめちゃめちゃ鋭い」


「へー…」


 ここまで見せてもらっては、もう信じるしかないだろう。というか透哉先輩可愛い。


「じゃあ、悠真先輩も何か特殊能力を?」


「一応ね。ただ僕の場合ちょっと説明が難しいというか…魔法使い、的な?」


「魔法使い!?なんかすごそう」


「そんなすごいもんじゃないよ。僕なんかより透哉のほうがよっぽど強いし…」


 そこで悠真先輩は言いよどんだ。


「それよりさ、海翔はどんな能力なの?」


「俺?…わからないですよ。能力のことだって今初めて知ったんですし」


「あ、そっか。なら、今夜試してみようよ。この学校の校庭でいいかな」


「え、いきなり急に…ってかそれ、不法侵入じゃないですか?」


「大丈夫大丈夫。バレなきゃ平気っしょ」


「えぇ……」


 ということで、いろいろ不満は残る中、俺たちはそんな約束をした。

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