「それにしても、いきなりだったからびっくりしたよ。もうそろそろ寝ようかなって準備してたところだったからさ」

「…………」

「久しぶりにからだ動かしたから腕が痛いや。カナタはどう？」

「…………」

「いやーシャベルで穴を掘って埋めるなんてさ、いつぶりだろう」

「…………」

「シャベルとスコップって、どっちがどっちだったかわかんなくなるよね」

「…………」

「あ、最近あったかくなってきたよね」

「…………」

「うん。暖かくなってきたし、もう見頃かなって思って、おととい舞鶴公園に梅の花を見に行ったんだ。桜もいいけど、梅もいいよね」

「…………」

「カナタは運転うまいよね。私なんてさ、免許取ってから全く運転してないからさ」

「……うん」

「あ、今みたいな空、なんていうか知ってる？　朝ぼらけの空って言うらしいよ」

「そう……」

「そういえばさ、アオイが今度あ」

「ハルカ、大丈夫だから……」

「……うん」

　　　　〇

　どこに向かっているのかわからないままの行きの車とは違って、見たことある道を走っているからか、そこに対する不安の気持ちだけはなくなっていた。

　私から話しかけることをやめた車内は、行きと同じような静寂に包まれた。私から話しかけると言っても、肝心なことは何ひとつ聞けてないし、訊く勇気もなかったので、本当に他愛もないことしか話しかけれなかった。

「喉、乾かない？」

　先ほどから続く静寂をどうにか解消しようと彼女にきいてみた。

　ハンドルを握っていたカナタは小さくうなずいた。それを見て、私はドリンクホルダーに刺さっていたジンジャーエールの蓋を開けてから彼女に渡した。

ただ、その間も車内は静かだった。炭酸飲料のふたを開けたのに。

「ありがとう。本当に。色々と」

　ペットボトルを受け取った彼女は小さな声でそう言った。

ああ、このお礼は一緒に付いてきたことだったり、あれを埋めたことだったりへのお礼なんだろうと察した私は「どういたしまして」と、さっきの彼女の声と同じくらいの大きさの声で言った。

　その後、私から再び話しかけることはできず、車内は終始静寂に包まれ続けていた。

　その間、彼女はなにかを言いたそうな顔でこちらを少し見ては首を振り、正面の窓の方に顔を戻していた。信号に引っかかって車が止まるたびに何度も。

窓の外の景色がとても見覚えがある街並みになった時、彼女はブレーキを踏んだ。私の家の近くだった。

「着いたよ。またね」

　彼女のその言葉を聞いた私は無言で頷き、助手席の扉を開けた。

　彼女は、車から降りる私に向かって割と大きな声で「一緒に行かない？」と言った。

　しかし、私は振り向こうとはせずに、自宅へと歩き出した。

　　　　〇

　その後、彼女から連絡が来ることはなかった。勿論、彼女と再び会うこともなかった。

　私は今まで通りの日常を送っていた。だけど、ふとしたときにあの日のことを思い出してしまう。

　それは、語尾が少し変になっていた電話越しの声。見たこともない表情になっていた顔。トランクから取り出して一緒に土の中に埋めた白い袋。その白い袋に付いていた赤いなにか。何も訊けなかった私。別れ際の言葉。選べなかった未来……。

　熱くなった電気ケトルを右手で持ち、ティーバッグを入れたマグカップにお湯を注いだ。注がれたお湯は少しずつ茶色に染まっていった。

「それではここで一曲お聴きください。京都府在住Ｙさんのリクエストで『ばらの花』」

　軽く目を閉じ、なんとなくつけていたラジオから流れる曲に耳を傾けた。

　あの夜から瞼の裏に焼き付いたままだった、土の付いたシャベルの姿は、瞼からも頭からも離れてくれなかった。