→05_step!_AFTER.「スイート・ライフ!」

「──ラト姉、ベルの様子は……?」



 ベルの部屋の前で扉に耳を当てながら 光子操作フォトンエディタを使い、光の屈折によって扉越しにベルの様子を見ているラト。

 そんなラトにシドは小声で話しかける。



「変わんないし……凄いショック受けてる……やっぱやり過ぎちゃったかな……?」

「ちょっと思うところはあるけど……悪趣味なドッキリしたんだから、そのくらい当然だよ……! でも、まさかベルがあんなに傷つくなんてのは、想定外だったけど……」



 ──逆ドッキリの後、姉弟が先に家に帰り、家で退屈な 冬休み自由時間を過ごしていた。

しかしそんな中──顔面がボコボコのベルが泣きながら帰ってきたのは夕方だった。

 そんな異常な様子のベルに驚いた二人は、慌ててベルに事情を聞いたのだが……。



「何があったんだろうね……? いつもの比じゃない位のショック具合だよ…… シドは何か気づいた事ある?」

「はぁ、分かんない……けど、本当に大変だった……結局、何があったのか聞いても『グスっ……すまない……グスっ、グスっ……』の繰り返しで全然ちゃんと答えようとしないんだもん」



 この状態のベルは、いつもなら二人がちょっと励ますだけで、まるで別人かの様に立ち直るのだが、今回のベルは一筋縄では行かなかった。



「グスっ……グスっ、グスっ……ぶわああああん!!!! あんまりだぁ!! 幾らなんでもあんまりだぁ!! 『何でもする』なんて言ってないのにぃ!! どうして!! どうしてあの『サキュバス』はワタシの『大切なモノ』を奪って行くんだあぁぁぁぁ……!!」

「うわキツ……35歳が幼児退行してるよ……」



『見てられない……』と言った感じでシドはボソッと呟いた。

 するとその瞬間、聴こえていたのだろうか?ベルの泣き声が史上最高dBデシベルを記録した。



「え?聞こえてる?」

「ちょっと!シド!──っと、!?──うわあッ!」



 ラトがシドに悪口の注意をした途端、ラトが耳を当てていた扉が開いた。

 ラトは突然、開いた扉が開き、姿勢を崩して倒れる。



「「あ、、、」」



 呆然とする二人に対し、ベルは目の前で涙を流しながら二人を見つめる。



「…………ど、どうしたの?」


 シドがそう聞くが、ベルはすぐに答えず、数秒の沈黙が流れる。



「ぐすっ……、──2人共ぉ!!」



 ベルは唐突に二人にハグをする。それは最早、ベルのツノの形も相まって闘牛のタックルの様で、押し倒すとも形容できる。



「うわッ!!ちょっとベル!?どうしたの!?」

「うわぁッ!!い、痛たッ!、何だよ急に!!」

「一緒に……一緒に逃げよう!!『悪魔』が来る前に!!」



「「あ、悪魔……?」」



 ベルが一体何の事を言っているのか分からず、二人は困惑する。

 ──そして『悪魔』は来た。突如として、玄関のインターホンが鳴る。



「ごめんあそばせー? 約束の時間ですわよぉ? ベぇールぅ??!」

「ん?なんだろ……?」

「私がベルを抑えてるから!早く行って!シド!」



 玄関からベルの部屋は距離的に近く、玄関ドアから女性の声が聞こえて来た。

 その声の主は何度もドアを叩くので、シドは自身にまとわりつくベルを、ラトの協力を借りながら振り払って立ち上がろうとするが──



「!! やめろぉッ! シド!! ちょっ待て、行くなぁッ!!」

「ちょっ、いぃ痛い痛い!! 痛いって!!やめてよベル!!」



 ベルの非常に強烈な握力で、シドの足を必死に掴む。だが、シドの『痛い』と言う言葉を聞いた途端に、ベルの強烈な握力が少し緩む。

 それを感じたシドは、再度ベルを振り払うが、またベルがシドの足を掴む。


 ──そして数秒後、この下りは強制的に終わる事になる。

 突如、ドカァン!!と鉄製の玄関ドアが吹っ飛んだ。



「「え????!!!!」」

「き、ききき来てしまった……『悪魔』がぁ……!」



 ベルの恐怖が最高潮に達し、震えて泣きじゃくりながら、ラトに子供の様に抱きつく。



「チッ、鍵なんかかけやがりまして……何故にそこまでして貴方は『ウォーカー』に執着するんですの!!?」



 玄関のドアをぶち飛ばし、そして現れたのは──サラ先生だった。

 2人は意外過ぎる人物に驚愕する。



「な、なんでサラ先生が……!?」

「あら、ごきげんよう シド、ラト」



 ◇



 ラトとシドの2人の姉弟は未だ困惑している。そしてラトはサラ先生から何があったのかを聞いた。



「あの……サラ先生、ベルが……」

「ええ、言いたい事は分かりますわ……それは──」



 どうやらベルは、幼少期の頃からの友人ライバルであるサラ先生と何か揉めた際にいつも行っている『勝負』に負けてショックを受けたらしい。

 そしてベルはサラ先生に6万66回の勝負の内、6万64回勝っていて、今回の勝負にてベルが負けたのは史上2回目との事。どうでもいい話。ひっじょーーにどうでもいい話。



「一体、ベルが強すぎるのか……それともサラ先生が弱すぎるのか……いや、やっぱりどうでもよすぎる」



 2人の戦績が極端過ぎて、6万回という桁外れな対戦回数が相まって、本当なのか疑わしい。



「と、まあ……このコアラ女が『ユーカリ食べて毒を消化中』みたいな顔をしているのは、そういうことですの」

「は、はあ……コアラ、って何? ラト姉分かる?」

「えーと☆ たしか、旧世界に存在してた……かわいい動物だよ!……あれ、じゃなかったっけ……?」



 2人は未だ、ラトの足にしがみつき泣きじゃくれるベルを見て『確かにちょっと可愛いかも!』とはしゃぐ。



「あ……こ、コレが『ジェネレーションギャップ』……ですのね…… 今ならば、亡きお爺様の気持ちが痛いくらいに分かる気がしますの……」



 2人がはしゃぐ一方で、ベルと同じように心にまぁまぁ深いダメージを負ったサラ先生は、ここへ来た理由をようやく話す。



「さて、コアラ女と『勝者は敗者に一つだけ願いをなんでも叶える』という権利を賭け、その勝負にて勝利したわたくしがここへ来た理由はただ1つですわ!」



 ベルの恐怖から来ているであろう呻き声うめきごえで雰囲気は最悪だが、シドとラトは『ここまで溜めたのだから、さぞ大層な理由なのだろう』と期待してゴクリと固唾を飲む。



「シド、ラト。貴方達を──」



 ベルの泣き声はサラ先生が喋る度に酷くなるが、同時にそれは最悪な雰囲気はそれすらも気にならない程の緊張感へと昇華させる。



「貴方達、姉弟を! 3日間『我が家』へ招待致しますわ!!」

「やめてくれえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛」



 意外だった。



「……え?」



 それは無慈悲にもベルの断末魔の叫び声を引き起こし、冬休みの予定が無く退屈していた姉弟2人の間に歓喜の渦を引き起こした。



「「いぃッ、やったあああああ!!!!」」



 ◇



「着きましたわ!2人共! 我が家、『テイラー財閥』へようこそですわ!」


 姉弟はベルに申し訳なさそうに『ホテルに着いたら電話するから!』と謝って、彼女ベルを家に1人残してリムジンに乗って着いた先は、NOAHの高級住宅やお店が並ぶ一等地、AREA.IIIエリア:3のシンボル、人生の勝ち組しか来れない様な恐らく100階越えの摩天楼だった。


 その摩天楼の名は── NOAH屈指の超高級ホテル『テイラーズ・ロイヤル・グランド・タワーホテル』

 かつてNOAHや、NOAHが属する『天空国家都市群コロニーズ EDENエデン』建設の際に大規模な資金提供をし、現在のEDENの経済、およそ6割を占める脅威のシェア率を有する大企業──『テイラー財閥』が経営するホテルだ。



「す、すっご~~い☆」「す、すっっごい……」



 外装で思い知らされた。ベルと姉弟が住んでいた家もそれなりにお高いマンションだったハズなのだが、それを比べるのすら躊躇するくらいに、まさに豪華絢爛という感じだ。『一体何をしたらこんな金持ちになるの?』と思わず口に出しそうになる。

 そしてこの3日間、ここの最上階をフロア丸々、貸切というのだから『流石、サラ先生』と言った感じだ。


 レッドカーペットを渡り、ロビーに繋がる扉を開くと、これまた豪華絢爛に相応しい黄金に輝くロビーと共に車椅子の女性とスーツ姿の男性が待っていた。



「ただいまですわフリー、こちらはラトと例のご客人ですわ!」

「ああ!おかえり、師匠! ラトと……おや、可愛いご客人が……」

「あれ、会長!? なんでここにいるんですか!?」

「ハハハ! ボクも招待されたのさ!」



 サラ先生を『師匠』と呼ぶ車椅子の女性はどうやらラトと知り合いの様だった。

 そしてシドは、車椅子の女性の隣に居る見覚えのある顔に気づいた。



「え!? なんでリュウジュが!? ホテルマンかと思った……」



 扉を開けた先には意外過ぎる人物、『星丘龍樹』を見てシドは驚く。いつもワイシャツをかなり着崩しているので、ちゃんとしたブレザー姿がシドには目新しかった。



「よう! シド!」

「知り合いかい?」



 シドとの関係を車椅子の女性は龍樹に尋ねる。



「まあな!俺の命の恩人……っていうか友達だ!」



 その意外過ぎる人物は、意外過ぎる言葉を口にした。その言葉はシドは少しだけ困らせた。初めて出会ったのは、最近も最近というのに……。



「友情か……ハハ!ああ、とてもいいじゃないか! 」



 車椅子の女性は関心した様子だった。そして反応に困るシドは車椅子の女性の名前を伺う。



「あの……ラト姉と知り合いなんですか? あなたの名前を伺っても……?」

「……ああ! すまない!ボクとした事が……、紹介が遅れてしまったな。 そうだな──、ボクは『NOAH国際学生連合生徒会長』フリーという者だ。ちなみにボクと師匠との関係は、単純にそのままの意味に加え、生徒会長と生徒会顧問兼、NOAH学園都市理事長の関係でもあるな!」



 その車椅子の女性はまるで物語の王子様の様な立ち振る舞いで、冷静かつ淡々とインパクトのある自己紹介していった。

 ラトとの関係を聞いていたシド以外は全くの無反応。しかしシドは──、



「──え!?そうなんですか?! 『生徒会長』って、『第一位の特待生ファースト・ヴァンガード』で……あ、あの『STAGE4最強』と言われるPSYサイコキネシスを持つ、あの『連合生徒会長』!? ──あとサラ先生がNOAHの理事長!?」

「ははは!恥ずかしいなあ!」と言いながら、何処か誇らしげな顔をするフリーに呆れるサラ先生。



 一方のシドは衝撃の余韻を受けていた。サラ先生に加えて、この『特徴』しかない容姿の車椅子の女性が、NOAHの全ての学生の頂点に居るという事が衝撃だった。


 その『特徴』しかない容姿というのが、車椅子に加え、頭にはVRゴーグル、眼帯と、パッと見て男性に見間違えてしまう様な、いわゆる『王子様系』と呼ばれる容姿端麗な顔。それを全て台無しにしている程の目元の隈、そして髪は短くボサボサという、夜に出くわしたら思わずしてしまう様な個性の殴り合い具合だ。



「ボクからも聞くが、キミはラトとはどういった関係なんだ?」

「あら?知らなかったのかしら?フリー。シドはラトの弟ですのよ」



 フリー以外は全くの無反応。しかしフリーは──、



「ははは!師匠!冗談はよせ!!…………ん?……そう言われてみれば確かに……って嘘だろ!?……よく、似ているな……今、思えばラトが弟についてよく話していたな……」



 フリーは過去に生徒会室にてラトとの会話を思い出した。



「ラトの噂通り、本当に弟だな!

「えっへん☆ 我が弟は、私の自慢の弟なのです!」



(……あれ、生徒会長、さっきから僕の事『』って言ってる、よね……? 気のせいかな?……気のせいであって欲しいな……、うん)



 シドは、フリーの『』という発言に引っかかりつつも、スルーする。



「さて、部屋はもう手配しておりますのよ。各自、部屋で1時間程、休憩した後に夕食としましょう! ここ、テイラーズ・ホテル名物の食事は絶品ですわ! 是非、存分にお腹を空かせて頂きましてよ!」



 サラ先生は専属の執事に夕食の準備をさせ、自身はベルに電話を掛けようとする。



「では、師匠の言う通りにして、ボク達も各自部屋に行くとしようじゃないか!」



 ◇



 そうしてシド達は、広大な敷地のホテルの中でホテルの施設を少し周りながら、最上階にある各々の部屋を目指した。

 その広大な敷地故に部屋へと向かう道中で迷ったりした為に、自然と談笑が起きた。



「なぁなぁシド……生徒会長ってそんなにスゲーのか?…… マジで全然、ピンと来ないんだが……」



 元の時代ではそこまでレアでは無かった生徒会長という役職。それ故にあまりピンと来ていない龍樹はシドに耳打ちする。

 自分のクラスに居た生徒会長を連想するが、やはり元の世界との価値観のギャップに顔をしかめる。



「あそっか、リュウジュって適応早すぎて忘れてたけど、昨日転移したんだよね。多分リュウジュは学校の生徒会長的なのを想像してるかもだけど、NOAHは国連主導のほぼ国みたいなものだし、それを統治してる生徒会のトップだからすごい人なんだよ。簡単に言ったら『大統領』ってとこ、なのかな?」

「え!?それってマジでヤバくね!? スケール全然ちげぇじゃねぇか!?」


 シドは龍樹に連合生徒会長の凄さを説き、龍樹は自分が想像していた生徒会長とのスケールの大きさの違いに驚愕する。



「おや?ようやくボクの凄さに気づいてくれたのかな? 素晴らしいぞリュウジュ君!!」

「いや褒めてないよ!?──って、あた!いてぇ!いてぇって!?」



 龍樹がそう茶化すと、フリーがサイコキネシスで転倒させ遠隔で龍樹の肩をめる。



「どうだ!? ボクの実力を認めてくれるか?リュウジュ君!?」

「あ、ああ!ギブ!ギブだって!!」



 龍樹がそう言うと、フリーの超常寝技を解除した。



「ハハ、分かってくれたならそれで良いんだ!」

「いってえ、本当に生徒会長のやる事かよ……、──ごめんごめん!ごめんなさい!もう言いませんって!!許して下さいぃってえ!!折れた折れた!!会長っ!!」



 一体、ロビーで2人きりの時に何を話していたのか?今のくだりを見たシドはあまりの2人の仲の良さに思った。


 そうしてエレベーターを経由して歩いている内に部屋へ到着した。

 最上階は貸切なので、好きな部屋を選んで良いとサラ先生から言われている。



「ねえシド!東側の部屋にしようよ!きっと朝日がキレイだよ☆」

「あ!確かに名案だよ! ラト姉! 僕もそれがいい!」

「じゃ、決定だね☆」



 ◇



 30分後──。


 サラ先生の執事から連絡があり、4人は貸切のVIPレストランに集合した。



「さっき迷ったせいで、全然休めなかった……」



 と、シドが項垂れる。



「ホントだよ〜、でもお腹空いた〜」



 と、ラトも項垂れた。


 そしてようやく待ちに待った食事の時間が始まった。



「本来なら、コース料理なのですが……それだと盛り上がりに欠けますので、ビュッフェにしてもらいましたの」



 周りに並べられたビュッフェはそれは豪華。単純にその一言だけで本当に片付けられるのかと不安になる程に上品な料理だった。



「……凄い……こんなの見たこと無い」

「──それでは頂きましょうか。我がテイラー財閥による財力を客人に思い知らせるには、料理が一番手っ取り早いですわ!」



 そうして思い出に残る夕食が始まった。


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