1stライブ そして―――⑤

 時間になり、全員で席を立つ。この時間にもなると客も大分減って来たような気がする。サスとナマガルシップスは平気そうだが、花林はもう無理だ。一人では歩けないので肩を貸し、俺が二人分の会計をする。


「サス氏はお酒が強いですね。電車から降りたら二次会しますか?」

「ははっ、いいですね。ボク、あんまり近所で飲まないのでいいお店を教えてくださいよ」

「いいですよ。駅前に夜遅くまでやっている中華料理屋があるんですよ。そこに行きましょう」


 ナマガルシップスはサスを連れて地下鉄へと向かった。俺は止まってくれたタクシーに乗って鶯谷の安いホテルへと向かった。もちろん花林も一緒だ。タクシーに乗っている間はずっと落ち着かなかった。

 こういう時はどうすればいいのか、ずっと調べていた。答えは得たが、実行できるか自信はなかった。


 タクシーを降り、料金を支払い、ホテルへと入る。満室となっていなかったので入ることはできるのだろう。安い部屋は怖いが高い部屋も選びたくなかったので、その中間の部屋を選び、受付で鍵を受取取って部屋へと向かう。二階だったのでエレベーターに乗る。ずっと肩を貸しているがいつ吐かれるかわからない恐怖に怯えてはいる。


 部屋の鍵を開け、電気を付け、花林をベッドに寝かせる。カバンの中からライブ会場で引き換えた水を取り出して飲む。ようやく息を付ける時間ができた。


 さて、ここからどうするか考える。とりあえず汗をかいたので風呂に入りたい気持ちが強いのでお風呂を入れる。お湯を蛇口でひねるタイプなので、時々様子を見ないといけないな。

 十分経ったら半分くらい、二十分で丁度いいくらいの量になった。温度は水で調整して、先にお風呂に入ることした。いつもより広いお風呂でゆっくりしようと思ったが、ベッドで寝ている花林のことを考えるとゆっくりもできず、結局は早めにお風呂から上がってしまった。

 お風呂から上がっても花林はベッドから寝ていた。ソファーで携帯をいじりながら五分程経つと、ようやく花林が起きた。起きた瞬間は状況が理解できず辺りを見渡し、俺を見て目が合った。

「ここ、どこ?今何時?電車まだ走ってる?」


 少しガラガラとした声で話す。まだ起きた手なので状況がわからないようだ。

「終電はもう行っちゃったよ。花林が帰れなさそうだったからホテルに連れて来た。外も寒いし、放っておくにはいかないだろう」


 そこで状況を理解したのだろう。花林は目線を逸らした。そこで申し訳なさそうに口を開いた。

「アンタ、動ける?多分、私は無理なんだけどさ。夜用のナプキン買って来てもらえるかな?コンビニでも売っているの見たからさ。その、ごめん。よろしくお願いします」

 その言葉によく理解できないまま、鍵を持って部屋を出た。



 夜用のナプキンってなんだろう。でもコンビニのレジにいた男性の店員さんに聞いたらすぐに教えてくれたので案外常識なのかもしれない。

 ナプキンの存在は知っていたが、昼用と夜用があるのは今初めて知った。夜風に当たって一気に酔いが醒めた気がする。部屋に戻ってくる頃にはいつもの自分になっていた気がする。

 部屋に戻ると部屋着を身に纏った花林がいた。その瞬間、興奮した自分がいたが頑張って理性を抑えた。

「ナプキン買ってきたよ。いやー、夜用っていうのがあるんだね。知らなかっよ」

 自分ではいつも通りに話せた気がする。ただ、自信はない。相手にはどう捉えられただろうか。

「ありがとね。いいよ。私は別に。初めてじゃないし、こういう時もあったしさ」

 力のない言葉でそう言われる。その瞬間、俺の中で盛り上がっていた感情が治まり、冷静になれた気がした。

「俺の事は気にするなよ。ソファーで寝るからさ。花林はゆっくり寝なよ。あっ、でも六時にアラーム鳴らすからな。その時には帰る準備するんだぞ」

 そう言って部屋の照明を暗くして俺はそのままソファーで寝た。色々と悔しいような悲しいような気持ちがこみ上げてきた。なんとなくは分かっていたが、初めてじゃないんだな。

 高校の時に見たあの彼氏なのかな。それとも俺の知らない別の人なのだろうか。いろんな考えがグルグルと頭の中で回っていく。



 そんなことを考えている内に眠ってしまったようで、五時のアラームで目を覚ました。平日のアラームはいつもこの時間に鳴る。ホテルから出る時間を逆算するとちょうどよかった。花林はまだ寝ているようだったので揺すって起こした。

「おはよう」

「んっ、おはよう。あー。昨日は本当にありがとうございました。おかげで色々と助かりました。ちょっとお腹空いたからコンビニで朝ごはんでも買ってこない?」

 俺も同意見だったので一緒に近くにコンビニに行って朝ごはんを買い、ホテルへ戻って食べることになった。花林は二日酔いのようでおにぎりと味噌汁を買っていた。俺は昨日食べそびれた締めのラーメンが食べたいと思いカップラーメンを買った。名店が監修した醤油ラーメンなので美味しいのだろう。


「男のオタクってラーメン好きだよね。休日のお昼ご飯って大抵ラーメンじゃない?マシマシ系とか」

「他の人はわからないけど、俺は確かにラーメンが多いかな。ナマガルさんとお昼ご飯食べる時もほとんどラーメンだな。一人でイベント行く時もラーメンかうどんだよな。カフェとかオシャレなお店って一人じゃ入りにくいじゃん。ラーメンが好きっていうのもあると思うけど、気軽に入りやすいっていうのもあると思うぞ」

「ふーん。そっか。まあ、そういう私もイベントの前はコンビニとかで軽く済ませちゃうタイプだし、他人の事は言えないや」


 ホテルへ歩みを進めながら、花林は少し納得したようにそう言った。休日は大抵家で家族が食事を用意してくれているので外食をする機会と言えば、会社の飲み会、イベント、そして母がご飯を作りたくなくなった時くらいだ。食事面でも恵まれているとつくづく思う。


 ホテルへ戻り、お湯が沸いた後、各自ご飯を食べ始める。ラーメンは美味しかったがきっとお店で食べた方がもっと美味しいんだろうなとは思った。食べている間はお互い無言だった。俺はソファーに座り、花林は椅子に座り食事を摂った。お互いの距離感というのはそういうものなんだろう。ただ、この距離感が今は丁度いいのだろう。


 ご飯を食べ終わり、ホテルを出て、駅へと歩いて向かう。朝早い時間という事もあってか人はかなり少ない。上野へ向かう電車に乗っても乗っている人は少ない。この時間だとそんなものなのだろう。

 上野駅から乗り換えて、自宅へ向かう電車に乗る。ここから一時間以上はこの電車に乗りっぱなしだ。いつもの通勤と変わらない時間だが、通勤とは逆方向の電車に乗る。


 いつもは見知った人が乗って、ある程度座る場所が決まっている。だが、今日は違う。いつもとは違う顔が電車を待ち、それぞれ違う席に座る。それがなんだか新鮮だった。少しウキウキした気分になったが、それよりも眠気が強く寝てしまった。

起きた頃には降りる駅の五駅前で、人の少なかった車内が通勤のサラリーマンと通学する学生で埋まっていた。目の前で立っていたサラリーマンは少し憂鬱そうな顔付きだった。休みをもらった身としては少し優越感があった。だが、月曜日に有休をもらう申し訳なさも同時にこみ上げてきた。


 電車を降り、今日は二人で家へと戻った。電車でもいつもと違い二人並んで座ったのだ。花林曰く、

「今日くらいはいいでしょ」ということだった。

 時間も時間なので制服を着た高校生が駅に多くいた。その高校生と一緒に二人で家へと向かって歩いた。周りの人からは俺達がカップルにでも見えたのだろうか。

「ねえ。十五時位にアンタの家に行っていい?まだ昨日のライブの感想を語れてないんだよね。そういうモヤモヤが溜まってるんだよね。でもまだ少し寝たいからこのくらいの時間でお願いしたい」


 歩きながらながらそんなことを言ってきたので俺はオーケーした。別に予定もないし、俺もまだ語りたい気分なのだ。花林の事はしっかり家まで送っていった。酔いはある程度冷めたとはいえ少し不安だ。ご近所さんに何人かお会いして挨拶を交わしたが、そこまで気にすることではないと思った。

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