第52話 漢、あまりよくわかっていない(僚友は白馬に乗ってます)

 激しい金属音が辺り一帯に響いた。


 アーゼクスとガストン将軍の両者が勢いよく駆けていく。大剣を振りかざし、正面から向かっていく。帝国第十三騎兵団とドラゴ部族龍人騎兵団の間で繰り広げられた戦いにおいて、よく見られた光景だ。今回は人間側の相手を変えているだけだった。


 互いに裂帛を上げ、大剣を唸らせる。交錯する刃が戦場特有の騒擾下にあっても、別とする音を鳴らす。


 両者の激突はユリウスと同じ結果にならなかった。


 一方の刃が砕かれていく。


 砕いたほうの刃は止まらない。そのまま相手の身体まで届く。ざっくり、一気に斬り裂いた。


 派手に血飛沫を噴き立たせてガストン将軍は倒れ伏す。地面に赤い色を広げていく。二度と起き上がらないのは明白だった。


 アーゼクスは勝ち誇るより、きょとんとしていた。何か信じられないような顔つきをしている。だろうな、と独り納得しているユリウスへ向く。


「こいつ、それなりの剣豪だったのだろ?」

「ああ、聞いたところによると賢國けんこく一の剣士だったらしいぞ」


 剣先で倒した相手を指すアーゼクスへ、ユリウスが噂で聞いたみたいな回答をしている。何度か戦場で出会しているはずだが記憶にないとする態度だった。


 賢國の諸将や騎兵にすれば無礼と熱り立ちたい。


 だが目にした凄まじさが声を上げさせなかった。彼らの中では最強と謳われるガストン将軍を一閃で葬った。しかも勝者の亜人は呆気なさすぎて不満をもらしたさそうだ。現に、どうやらアーゼクスの剣はユリウスしか受け止められないようだ、と口にしている。


 龍人りゅうじんの兄ちゃん、とハットリがツバキと肩を並べるエルクウィンを呼ぶ。


「ハットリさんでしたっけ? どうかしましたか」

「ぜんぜん不安じゃなかったの。自分の親分が一対一で戦うことは」


 ハットリの物怖じしない態度は馴れ馴れしくとも取れる。ツバキに舎弟をたしなめる役目を思い起こさせた。けれども叱られるより早くエルクウィンが応じてくれた。


「確信していましたから、我らの戦闘頭せんとうがしらが勝つことは」

「龍人のおっちゃん、強いもんな」


 今度こそツバキは叱る。こら、と始めては、おっちゃん呼ばわりは失礼でしょ、ときつく言い渡す。肩をすくめるハットリにエルクウィンは笑みを浮かべて首を横に振る。


「いえ、そうではなくて、ユリウス様がこの勝負に反対しなかったからです」

「龍人の兄ちゃん。それって、どういうこと?」

「ユリウス様ならオルフェス様のことを考え、勝敗へ不安を覚えるような相手だったら我らの戦闘頭アーゼクスに勝負を受けさせなかったでしょう」


 さすがですわ、とツバキが感激を挙げた。エルクウィン様は明晰なお方です、と畏敬すら漂わせる。


 そんなことは、とエルクウィンは謙遜した。照れているとも解釈できそうだ。


 ハットリと言えばである。内心では、どうだろ? と思っている。ユリウスがそこまで考えるか? 単純にイケイケだっただけな気がしないでもない。


「アーゼクスの勝ちに乗って一気にいくぞ。ウインよ、今すぐ急いで行くからな。信じて待っているんだぞ」


 と、ユリウスの討ちにいくというより、まるで助けに向かうかのような声も聞こえてくる。


 結局は「龍人の兄ちゃんの言う通りかもね」と答えた。

 ユリウスは自分たちにすれば計り知れない人物だ。

 今は検討より急いで敵陣へ突っ込む背中を追わなければならなくなった。



  ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※



 グレイは矢を放ちながらだ。前を向いたまま話しかける。


「イザークがこんなに乗馬が上手なんて思わなかった」


 敵将の白馬をその場で乗りこなすだけではない。右手に長槍を持つから、手綱を握る手は左だけだ。しかも前に人を乗せてである。


「私の腕というより、この白馬がよく躾けられていたおかげだ。それに動物を乗りこなすならキミのほうが上手いのではないか」


 いやいやいやとグレイは背後のイザークへわかるよう大きく首を横に振る。騎乗しているなんて思えないほど、ぶれることなく矢を放てる。敵兵を払う右手の長槍が休むことないからどれほど達者か。動物に馴れ親しむエルフでも舌を巻くレベルの高さだ。それにグレイ自身の事情もある。


「ボク、普段は馬にぜんぜん乗らないからなぁー」

「やはりいつもいる虎の匂いで馬に怖がられてしまうのか」


 よくわかってるね、とグレイは返事してから、はたと気づく。


 以前からわかってくれる人だった。一時期抱いたユリウスに対する思慕は誰にも気取られないようにしていた。あまりに自然な応援をされたから、当然みたく受け止めていた。

 なんで気づけなかったか、そのことをもっと早く考えていたら……。


「グレイ、射てるか」


 高身長ゆえイザークの声は頭へ降ってくるようだ。現実に返ったグレイは名の由来となった色彩の瞳をこらす。


 くすんだ金色の髪をなびかせた女性が馬の横腹を必死に蹴っている。甲冑とした勇ましい格好に反して、なりふり構わない逃亡ぶりだ。


 標的の動きは大きい。距離も射程内ぎりぎりといったところだ。けれど視界には捉えた。


「もちろん。絶対に外すもんか」


 目一杯グレイは弓を引き絞る。


 そこへ敵兵の一人が長槍を突き出してきた。


 イザークはグレイを狙った穂先を右手の長槍で払うだけではない。攻撃を向けてきた敵兵の頭骨まで砕く一撃を喰らわせる。周囲に展開する敵兵を怯えさせる殺傷能力を示す。


 グレイは弓へ集中して、すぐ近くで起こっていた攻防まで意識は回っていない。周囲へ意識を配らなくても、全幅の信頼を背中の人へ預けている。今は自分が出来ること為すだけだと肝を据えている。


 戦乙女システィアが狙い定めた視線上に入った。


 グレイは矢を引いた手を離した。

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