第3話 [黒魔導士]
打ち合わせを終えて部屋に戻る。
ベッドに仰向けにころがって、天井をなんとなく見つめた。
勢いで受けてしまったが、啓発活動などやったことがない。
相手にしてきたのは実験材料ばかりで、人を導くような仕事は他人に任せていたから。
今回私が相手にするのは、初等の教育を終えたレベルの魔物。
やりたいことは、彼らに学問のすばらしさを伝えること。
そういった魔物は何に興味を持つのだろう。
すぐに思いつくのは、美味いや気持ちいいといった、五感に訴えかけるものを報酬とすること。
もしくは身の安全を保障する技術か……。
アイディアを出すときは体を動かしながらのほうがいいだろう。
せっかくならと、街行く彼らを観察しながら、案を考えることにした。
部屋を出てエントランスに向かう。
街で変に目立たないように、すれ違った人型の事務員の服装を参考に、変身魔法で身なりを整えた。
この役所では雑多な種族が務めているようで、コスト削減のために制服は導入していないようだ。
種族ごとの制服をデザインすると膨大な量になってしまうのだろう。
全員落ち着いた服装に腕章をつけていたので、そのくらいのルールで統一しているらしい。
参考にした服は少しかためな印象の気もするが、街を歩いても違和感はないだろう。
白衣よりはマシだ。
外に出て、大通り沿いに進む。
木や金属、モルタルのような素材で作られた建物が並ぶ。
役所の近くから離れるにつれて、オフィス街から商店街に景色が移っていった。
徐々に街行く人もラフな格好が増えて、仕事中と思われる人も減ってくる。
私が観察したいのはもう少し娯楽に興じているような人達だ。
店の並びに、飲食店や大衆向けの雑貨屋が混じり始める。
雑貨店の店先に並ぶ品々を見ると、アクセサリーや、模様のあしらわれたストールなどが多い。
都市部では様々な種族が入り混じることから、どんな種族でも使いやすいものが人気らしい。
例えば今横を通り過ぎたこの店は、対象の種族を限定せずに、雑貨の雰囲気やテーマの統一をコンセプトとしているようだ。
陳列されているどの商品も、清潔感のある密に織られた布を使い、深い青や白をベースカラーとしている。
他にも、砂漠の地方で好まれていたパターンやモチーフを基調とする店や、山岳部の宗教文化をテーマにした店など、様々なテーマの店が見受けられる。
この国はかなり多くの種族や出自を持つ魔物が暮らしているらしい。
いくつか店を眺めた後、少し大きめの喫茶店に入る。
お茶請けのスイーツをおすすめ商品としているお店のようで、店頭に置かれた立て看板にはシフォンケーキのようなものが描かれていた。
店内を見渡すと、比較的若めの人型種族が多く見受けられた。
テーブル席で談笑している客が多く、男女問わず、様々な魔物に人気の店らしい。
紅茶と焼き菓子を注文して、そのままカウンターで受け取る。
店中の様子を見渡せそうな窓際の二人席に座った。
若者たちの雑談に耳を傾けながら紅茶を吹いて冷ます。
二つ離れた位置にある4人掛けのテーブル席に座っている集団の話が耳に入ってきた。
「いやだからさ!最近一番熱いのは『どきゅ!ポ』なんだって!!この前ステージ行ったときに、めっちゃファンサしてくれんの!!俺のほうに!!俺、その日が初めてだったんだけど、グッズ買っちゃったよね」
「お前この前も別のユニット推してたじゃん。浮気か?」
「こいつの言ってることもわかる『どきゅ!ポ』はマジで、なんというか、距離が近い感じするんよね」
……なに『どきゅ!ポ』って?
おそらく何かの集団らしいが……。
それに、ファンサ?何かの魔法か?
「てか今日夕方に広場のとこでライブやるんよ!この後みんなで行こうぜ!」
「えー……」
「今見た方がいい、絶対これから有名になって有料のデカい会場でしかやらなくなるって!!!」
「んー。まあ、予定ないし行くか」
彼らの会話が耳に入ったのか、周りの客の会話も徐々にその話題に引っ張られていた。
「私最近推し活できてないのよね。仕事忙しくて全然ライブとか行けなくなっちゃってさー」
「あー、転職したんだっけ?『どきゅ!ポ』のミーちゃん推しだったよね」
「そう!ほんとに、くるしい。推しの声が聴けなくて元気でない……。店長に頼んでお店で流してる曲『どきゅ!ポ』にしてもらおうかな……」
「いや、あんたのとこのレストランには、合わないでしょ」
雑談を盗み聞ぎして分かったのは、どうやら『どきゅ!ポ』というのは歌手の集団らしい。
聞きなれない単語もいくつかあったが、これが例の人間の国から広がった文化だろうか。
日が傾き始めたころ、テーブル席で雑談をしていた集団が、『どきゅ!ポ』のライブに向かうために店を出ていく。
せっかくの機会なので私も観賞しよう。
彼らについていくとすり浅い鉢状に中央が凹んだ屋外のステージに着く。
会場はかなり賑わっており、500人程の様々な種族が男女問わず集まっていた。
総じて若者が多いように見える。
すり鉢のフチの方の、中央から離れた段差に腰を下ろしてあたりを見回す。
何やら試験管のようなポーション瓶を持っている者が多く、ステージ中央に近付くごとにそれを持っている人の割合が増えていく。
瓶の中には液体は入っていないようだが、何に使うんだろう……?
中には両手に持っている者もいるし、最前列にいる大柄の獣人は両手の指の間に1本ずつ挟んで計8本持っている。
日が西の山脈にかかり、あたりがすっと暗くなる。
会場は既にほぼ満員になっており、すり鉢状の客席はステージから最も遠いフチの部分まで埋まっていた。
徐々に客席のざわめきが大きくなってきたのは、開演が近いからだろうか。
待ちきれずに立ち上がり、ステージをじっと見つめる客がちらほら見え始めた頃だった。
ステージ中央に水色の魔法陣が浮かび上がり、まばゆい光を放つ。
同時に、低くうねりの効いたベースと、単調なリズムを刻むパーカッションが流れ始めた。
観客が沸き立ち、手に持ったポーション瓶を前に押し出しながら上にあげるような動作を繰り返す。
様々な色に発光をはじめ、次第に光量の増す魔法陣。
徐々に大きくなる演奏。
観客たちの興奮が最高潮に達したとき―――
魔法陣の光の中に3つの影が現れ、それを覆っていた閃光が、ガラスのように砕けて空気に溶ける。
3人の女性の魔物の姿があらわになり、全ての観客から歓声が上がる。
同時に、彼らが手に持っていたポーション瓶が黄緑、水色、紫に発光する。
観客はリズムに合わせて発光するポーション瓶を振る。
登場した魔物一人が、手を振りながらマイクに向かって元気よく話す。
「みんなー!!集まってくれてありがとー!!『どきゅっと!ポーションパーティー』と一緒に、今日も盛り上がってこうね!!」
なるほど、これがあの喫茶店で聞いた「アイドル」か。
音、光、会場の一体感。
様々な要素で観客を惹きつけ虜にする。
こんなにも楽しい魔法の使い方を思いつくとは、人間の文化も侮れない。
使われている魔法自体はかなり単純なものだと思われる。
ステージに突然現れたように見えたのは、指定空間の外部から侵入した光を、反対側に透過させる魔法によるものだと推測できる。
アイドル達は、その場にはじめから待機していたか、ステージの上空から下りてきた後に光操作の魔法を解除したのだろう。
また、観客が持つポーション瓶は、魔力を消費して発光するガスが注入されており、キャップを捻ると中に仕込まれている魔石か何かがガスと反応する仕組みのようだ。
どれも単純な魔法や魔道具。
しかし、それらの要素が組み合わさって、この場をしっかりと沸かせている。
ただ、彼女たちの最も魅力的な部分はパフォーマンスでも魔法の使い方でもない。
それらはあくまで手段であり、魅力の本質は、彼女たちがある種の神格化を受けていることだ。
神秘的な演出や、ファンとアイドルという組織階層。
そして、衣装デザインやパフォーマンス、ファンとのやり取りなどあらゆる要素にちりばめられた、架空の存在をモチーフにした整合性の取れた演出が、彼女たちと実在しないモチーフをファンの頭の中で強く結び付ける。
彼女たちは魔物であって、同時にこのコミュニテーの中では「ポーションの精霊」なのである。
ただの設定に思えるそれを、会場にいるすべての観客が、どこか純粋な気持ちで楽しんでいる。
つまり、彼女たちが与えているのは、音楽や、魔法による視覚的な演出だけにとどまらない。
それは、非現実的な対象とのコミュニケーションであり、ときには、自分たちと比べて上位にある存在からの導き、それに対する信仰となる。
また、それらをコミュニティー内で共有し、肯定され、信条を確かなものにすることで生まれる安心感なのだ。
ある種の確信を得た。
アイドルが、新しい時代のリーダー的存在になる。
最後までパフォーマンスを楽しんだ後、会場近くの露店で売っていたポーション瓶型のグッズを買って帰路に就く。
どうやらこれはサイリウムと呼ばれているらしい。
こんな単純なものなのに、あるのとないのでは全く別の体験になるのだろう。
あの神々しさの一部に自分が力添えをしているという感覚をより強くしてくれるのだ。
素晴らしいアイディアだと思う。
そして、今日のライブを見て自分がやるべきことがなんとなく見えてきた気がする。
私が市民に届けるべきものは、この神秘性に他ならないのだろう。
部屋に着いたら今後の計画を練らなければ……。
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