第16話 踏み込んでみる一歩

 青年に言われたとおりに一つ目の角を曲がると少し離れたところでフラフラと歩いているメグが見えた。

「メグ!」

 ソラがそう声を掛けて駆け寄るとメグが振り返ってから一瞬の硬直、そして走り出そうとする。

「待って!」

 ソラは慌ててメグの肩を掴み、自分の体に引き寄せると抱きつくような形でどうにか捕まえる。

「放してソラ!私は…私は…」

「メグ!とにかく落ち着いて!私はメグに何があってどうしてもあんなに必死なのかはわからないけど…でも話を聞くくらいならできますから!私にメグの抱えてるものを教えてください。」

 バタバタと暴れて逃れようと抵抗するメグの背中に抱きつきながらソラは背中越しに訴える。

「ソラに言ったってわからない…ソラもカレンもあの金髪の悪魔に心を許しすぎ。悪魔は怖くて、卑怯で、そして残酷、だからこの世界に悪魔はいちゃいけないんだよ!」

 メグが大声を張り上げてそう自身の思いを背中ごしのソラへと叩きつける。

 メグの放った言葉はソラとの話し合いへの拒絶とも、受け入れることへの抵抗にも感じられた。

「残酷なのは悪魔だけじゃないよ…ねえ知ってるメグ?人の中にだって悪魔みたいなのはいるんだよ…」

 ダダをこねるようにイヤイヤと抵抗するメグの背中に投げかけられる絞り出すような声、しかも少し泣きそうな声だった。

「…」

 その声に抵抗していたメグの動きがピタッと止まる。

「メグ言いたくないなら言わなくてもいいです…でもその代わりに私の話を聞いてくれませんか?」

「ん…」

 メグが抵抗をやめるとソラは背中から腕を放し、今度はメグの正面に回り込んで優しく提案するとメグは小さく頷いた。

「ありがとう。」

 二人は植物でできた廊下の壁に背を預け座り込む。

 どちらが言いだしたわけもなく、二人は自然とそこに腰をおろした。

「私、外でカレンさんに助けられたんですけど、その外にいた理由というのがですね…実はシェルターを追い出されまして。」

 メグが何か言おうとして口を開くのをソラが手で制し言葉を続ける。

「メグそのまま聞いててください。最近、悪魔に隠れて食糧を調達できる川と崩れた建物と建物の間に作った隠し栽培場のいくつかが悪魔たちにバレてしまってですね、うちのシェルターたまたま人口が多かったみたいで食糧の供給がどうしても間に合わなくなったと言いますか、それでシェルター内の身分証明の剥奪、つまりは口減らしという名の厄介払いになったわけです。いやそう言われたときはびっくりしましたよ。だって遠回しに死ねって言われたんですから。」

 ソラは何てことないような軽い口調で自分の身の上をメグに語って聞かせる。

「そんなことが…」

 話を聞き終えたメグがなんて声をかけて良いのか、言い淀んでいると…

「まあこんなことを話しましたが、何が言いたいかというとですね。メグには人とか悪魔とかで敵と味方を分けるんじゃなくて、その人が誰なのかで見てほしいなということです。」

 悪魔とは人間とかで判断しないで欲しい、それがソラがメグに伝えておきたいことだった。

「でも悪魔は私から全てを奪った。仮にあの金髪みたいに二人に協力してくれる悪魔がいたとしても私は信じない、それに私という存在が悪魔を許さないし、悪魔側もたぶん同じ。」

 そう口にしたメグの声色にはもちろん怒りや憎しみが込められていたのだろうが、なぜだろうソラにはそれよりも諦めているそんな意味を含んでいるように感じられた。

 聞き出したい気持ちはあったが、今は自分の話を聞いてもらうことを優先するべきだと思い返し、ソラはその違和感を直接は問いたださずに心に留めておくことにした。

「今すぐにとは言わないですよ。でも頭の片隅には置いておいてください、誰が味方で誰が敵なのか。正直に言いますね。私思うんですけどメグが悪魔を滅ぼす気なら最終的に「暗闇」に行きつくはずなんです。よく考えてみてください神様たちでさえ勝てなかった「暗闇」に私たちが勝てると思いますか?」

 その代わりと言ってはなんだがソラはもう少し自分の考えを聞いてもらうことにした。

「それは…」

 何を言って良いのか悩むメグを置いて、ソラは自身の話を続けていく。

 これでメグの中の問題が解決するのかもわからなかった、だけどここで少しでも踏み込まないとダメな気がした。

 出会って間もないけど、一緒に戦った仲なのだ。

 もうソラはメグを放っては置けないし、力になれるならなりたいとそう思った。

「だから、自分の打てる手札は全部打たないといけないと思うんですよ。私の目標は世界をこんな風にした元凶の「暗闇」をぶっ飛ばすことです。私はそのために持ってる手札は全部切りますよ。まあこの目標もカレンさんと出会ったからできたものですが。いいですか敵は明確にしてください。そうしないと拾える勝利も逃しますよ。」

 だからソラという少女は、友達の少女に自分自身の考えや気持ち伝えることにしたのだ。

「拾える勝利…」

「そうです。拾える勝利です。今回の瓦礫の悪魔との戦いでもサーヤさんがいなかったら危ない場面はありました。最初の襲撃でカレンさんをサーヤさんが守ってくれなかったら…もしもサーヤさんとあの場面で敵対したら…そしてどちらも相手にしたら…たぶん私たちってここにいないと思うんです。だから何度も言いますが、敵は明確にしてください。」

 そして少しの説得を交えながら、最後に最も伝えたいことを改めて付け加える。

 しっかりとメグの顔を見つめて。

「んっソラの言いたいことはなんとなくわかった。クレイスに言われたことだってほんとはわかってる。直すつもりはある。けど時間がかかるかもしれない。今は無理だけど、もう少ししたら私の秘密を聞いて欲しい。たぶんその時に私なりの返答ができると思う。」

 そんなソラの言葉と表情にメグはポツリポツリとゆっくり、自身の本音を語ってくれる。

「うん。それで良いです。メグが話したいタイミングで良いので聞かせてください。あと今回は私が聞いてもらいたかったことと、言いたいことがあっただけですよ。」

 ソラはその返答に少しは踏み込めたかなと嬉しくなった。

 カレンが後で教えてくれると言っていたがソラは聞かないことにした。

 だって話してくれるならそれは本人の口から聞くべきだと思ったから。

「ソラは優しいし、強いね。私にもそんな強さがあったらよかった。」

「いやいや、メグも優しいし強いですよ。」

「そうかな?」

「そうですよ。自信持ってください。」

「んっそうする。」

 メグはソラのほうを見るとそう言って照れ臭そうに笑った。

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