第12話  屋上での一幕①

 とある廃ビルの屋上。

 そこに一つの人影が壊れた街の景色を見下ろしている。

「さてさっさと片付けるか…」

 人影がそうつまらなそうに呟き、真っ黒なローブの中から片腕を出したところで…

「その手引っ込めてもらえますか?」

 人影の背後にいつの間にか現れた黒い髪の悪魔がその人影の片腕を指差して立っていた。

「どこの誰だか知らないが邪魔するな、消すぞ。」

「いやいや消すとは物騒ですね。ですがその警告は聞けません。」

 そのローブの男は振り返らずに黒髪の悪魔に警告するが、当の本人は軽い調子でローブ男の 警告を突っぱねる。

 それが開戦の合図だった。

 ローブ男は素早く振り返ると出したままにしていた腕で黒髪の悪魔の頭部を握りつぶそうと狙う。

 その腕の速さは並みの悪魔の反応速度を軽く越えており、黒髪の悪魔の頭部は卵みたいに潰れるはずだったが、しかしその不可避に思われた手のひらは何も掴むことが出来ずに空を切った。

「今のは少しだけヒヤリとしました。」

「チッ」

 黒髪の悪魔は掴んで止めた相手の腕を見ながら言っていることと矛盾するような余裕のある笑みを向け、それにローブの男は舌打ちで返す。

「まあまあとりあえず話を聞いてくださいよ。」

「俺にはそんな義理はねえよ。」

「『暗闇』とその右腕となった反逆。」

 話を聞く気はないと突っぱねるローブの男だったが…黒髪の悪魔が放った言葉によって両者を取り巻く場の空気が変化する。

「お前…どこまで知ってる?」

「やっと話を聞いてくれる気になりましたか。どこまで知ってるって?さてどこまででしょうねね?」

 先程とは違い自分の話に聞く耳を持ったローブの男に機嫌良さそうにそしてはぐらかすように意地の悪い笑みを向ける。

「チッ…用件はなんだ?」

 黒髪の悪魔のその笑顔にローブの男は腕の力を抜き諦めたようにそうこぼす。

「私の用件は、君の狙ってる彼女たちに手を出すなって『暗闇』に伝えてもらうこと。」

「言っとくがこれは俺の独断だ。『暗闇』は関係ない。」

 黒髪の悪魔の用件に対してローブの男はぶっきらぼうに答えるがそれを聞いた黒髪の悪魔は意地悪な笑みを消し、その代わりに苦笑いをその顔に張りつけ…

「まあそうだろうね。彼はたぶんこうは動かない。だから伝えといてください。そうしたら君は動けないでしょう?」

 懐かしそうにここにいない『暗闇』という名の悪魔へと言葉を投げるとその後はローブの男へと向けて自信たっぷりに良い放つ。

「もし仮に『暗闇』が彼女たちを殺せと命じたらどうする?」

「ないですよ。」

 ローブの男は黒髪の悪魔にそう問いかけてみるが答えは即答だった。

 それから一瞬だけ考えるような素振りをした後こう付け加えた。

「でもそうですね…それならさっきのに付け足して伝えてください、もし彼女たちに君を差し向けるようなことがあれば『黎明』が本気で介入すると。」

 言い終えると同時に黒髪の悪魔からゴオッと底冷えするような冷気にも似た殺気が溢れ出る。

「ああなるほどなその名前…お前が『暗闇』が注意しろと言っていた異端の悪魔か。認めたくはないが俺の不意打ちに反応した速度を見ても十分あり得るだろう。だが向こうから来た場合は容赦なく反撃するからな。」

 黒髪の悪魔の周りにパチパチと爆ぜる黒い火花を横目でチラッと見たローブの男は静かに納得したように頷くとそう言った。

「ええそれで良いですよ。」

 それに黒髪の悪魔は満足そうに頷き返した。

「わかった…それなら引いてやる。俺はもう行くが最後に聞かせろ。」

 ローブの男は片腕をしまうとふと浮かんだ疑問について聞いてみる。

「良いですよ何ですか?」

「お前はなんでわざわざ自分の障害になる奴らを育てるような真似をしてるんだよ?普通は危険度が低いうちに潰すもんだろ?」

 黒髪の悪魔の了承を得られたとこでローブの男は心底理解が出来ないと疑問を口にする。

「えっとそんなことですか?それはですね楽しいからですよ、全力で互いを削りあうそんな闘争が!あの高揚感が!私はそんな戦場を求めている!だからこそ私は私自身に刃を届かせようとする者たちが育ちきる前に折れてしまうことを良しとしない!」

 黒髪の悪魔は腕を大きく横にひろげるとその顔に恍惚な笑みを浮かべると早口で捲し立てるように言い切る。

「おいおい…殺されるかもしれないんだぞ。何でそんなに嬉しそうなんだよ。狂ってるよお前。」

 ローブの男はその時、初めて目の前の悪魔に恐怖を抱いたことを自身の背中に伝う冷や汗で自覚する。

 狂っているとそう思った。

 そうだろう自分を殺すことのできる存在を自前で用意すると言うのだ、どう考えても正気ではない。

「その言葉は褒め言葉として受け取っておきます。」

そんな罵倒を黒髪の悪魔は笑顔で受け入れる。

「チッ言ってろ。」

 反逆の悪魔はそう吐き捨てるとビルの上から眼下に広がる街へと落ちていった。

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