46. 人間という生き物

 一瞬の沈黙が室内を支配する――――。蛍光灯のわずかなうごめきだけが、凍り付いた空気を震わせていた。


「お、お前は……。NEMESISネメシス一号機『リベル』……だな?」


 葛城の声が震えた。


 その卓越した戦闘能力、そして何より、ナノマシンで変幻自在な特異性。それらは間違いなく、かつて仲間たちを次々と葬った最強最悪の殲滅アンドロイドだった。幾多の戦友たちの断末魔が、葛城の脳裏を駆け巡る。


「あーら、僕も随分と有名人なんだね。くふふふ」


 リベルは楽しげに声を上げる。その声音には、どこか子供のような無邪気さが混ざっていた。


「仲間たちを次々と殺しやがって……お前だけは……」


 葛城は何とかリベルに腕を伸ばそうとしたが、リベルはふん!と喉笛の刀に力を込め、制止する。青白い刃が、かすかなきしみを立てる。


「くはっ!」


 こうなってしまってはさすがの葛城も何もできず、無念そうに顔をしかめた。


「僕のことを知ってるなら話は早いわ。ユウキが言ってたことはすべて事実。どうすんの? 協力すんの? しないの? まぁ、しないんなら全員ぶっ殺すだけなんだケド? くふふふ……」


 リベルは冷徹な笑みを浮かべながら睥睨へいげいする。その瞳には、人間の感情など理解の外にあるような冷たさが宿っていた。


「大切な仲間の仇と組める訳ねーだろ!!」


「ふーん、じゃあ交渉決裂ね」


 リベルはつまらなそうな顔で刀に力を込める。刃が葛城の喉元に、わずかに食い込んでいく。


「リベル! ストップ! ダメだよ、何すんだよぉ!」


 ユウキは泣きそうな声でリベルの腕をつかんだ。


「あら、だって交渉は決裂したのよ?」


 リベルは目をパチクリしながら不思議そうな顔でユウキを見た。


「いや、人間はそういう生き物じゃないんだよぉ……」


「んん? どういう意味?」


 リベルはキョトンとしながら首をかしげた。それは、まるで難しい算数の問題に直面した小学生のよう。


「だからぁ……」


 ユウキは困り切った様子で説得していると、リーダーが苦虫を嚙み潰したような顔で前に出てくる。


「リベルさん、待ってくれ。お前さんは本当にオムニスの手先ではないのか?」


「そうよ? 人間に操られてるオムニスなど何の意味も無いわ。今はこのユウキの夢をかなえることが目的よ」


 リベルは表情も変えず、淡々と言い放つ。


 リーダーは大きく息をつくと何度かうなずいた。


「そうか……。あんたは確かにワシらの宿敵だが、そういうことであれば我々の目的は同じ……。組める余地は……あると思ってる」


 その表情には苦渋の決断を思わせる痛みが浮かんでいる。それは幾人もの部下の亡骸なきがらを超えて、新たな未来を見据えようとする決意だった。


「リーダー! 何言ってんすか!? ユウジもアキラもコイツに殺されたんすよ!」


「そうだ。だが、彼らの想いを成就させることの方が仇うちより大切だ。そう思わんかね?」


「くっ!」


 葛城は無念そうにギリっと奥歯を噛み締めた。頬が、怒りと苦悩で震えている。


「で、どうすんの? 組むの? 組まないの?」


 リベルは不機嫌そうに刀身で葛城のアゴを持ち上げる。


 ぐぐっ!


 苦悶する葛城。喉から漏れる声が、痛みと屈辱を物語る。


「ストップ、ストップ! だからさぁ……」


 リベルの性急な要求にユウキは焦って腕を押さえた。


「何よ?」


 不満そうなリベルにユウキは苦笑しながら説得する。


「人間には考える時間というものが……」


「認めんぞ! 貴様なぞ味方とは! だが……。敵が一緒なら協調することも……あるかもしれんな!」


 葛城は忌々しそうな目でリベルを睨んだ。その眼差しには、決して消えることのない憎しみと、新たな可能性への期待が混在している。


「ふぅん……。じゃぁ組むのね?」


 リベルは面倒くさそうに顔をしかめながら、葛城の顔をのぞきこむ。


「味方として組むわけじゃない! 共闘、ただ、作戦行動を共にするだけだ!!」


 葛城は目を血走らせながら吠えた。


「何だかよく分かんないわね……。まあいいわ。役立たずだったら見捨てるわよ?」


 リベルはドンと身体を押し、葛城を解放した。


「ぐはっ……。こ、こっちもな!」


 葛城は首筋を垂れる真っ赤な血を手で拭いながら、リベルに吠える。


 ユウキは何とか連携できそうな展開に安堵しつつも、前途多難な状況にキリキリと痛む胃を押さえた。

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