カフェにて、詩歌との再会

 未冬はどうして私に依存するふりをするのだろうかと、ずっと考えていた。

 ふり、だなんて言ってしまうと、まるで未冬が演技で人をあやつる人間だと決めつけるようだが、私自身の精神衛生上、あれは本心ではなく演技だったとしておかなければいけない気がしているのだ。


 強引に電話を切り、突き放してしまうかたちでの終わり。それが本当に正しかったかは分からない。

 しかしながら、彼女の安心しきった寝顔も、心地よい声も、甘く香る髪も、いまだ記憶にこびりついたように消えない。


 詩歌の言う通り、本当はずっと前から気付いていた。

 想いを伝えて、それを未冬が受け止めてくれたときは嬉しかったし、積年の想いを結実させた達成感があったが、彼女に向けていた感情は

きっと、最初から褒められたものではなかったのだろう。

 長く時間を共にしたゆえの執着。未冬の恋人となってきた彼らへの、身勝手な嫉妬。そのような負の結晶に他ならない。


 一般的な男性と──いや、違うな。

 住吉周真と結ばれること。それが彼女の望んだ幸福だった。

 ならば、なぜ私に未練があるふりをして引き留めようとするのか。

 それは、自身の未来のために私を切り捨てたことに対して、罪悪感があったからだろう。要するに、『友達』としてならば責任を取ってくれるという話。


 けれど私はもう、それすら絶ってしまった。



 その週の金曜日、詩歌と待ち合わせてカフェに入った。

 いいかげん彼女を偽名で呼ぶのもどうかと思ったが、本人に「別にどっちでもいいです」と言われたら悩むのもアホらしくなり、結局、『詩歌』と呼び続ける選択をした。

 本名の『夜風』のほうが偽名っぽいし、と言ったら、詩歌は「そうなんですよ」と笑っていた。


 思った以上に早い再会となった。

 未冬との関係を事実上切ったことを報告すると、『行動はやっ! お話聞かせてください!』との即レスに続いて『金曜の夜は空いてます?』と来て、あれよあれよと日取りが決定されたのである。


「そのフットワークの軽さ、見習いたいよね……」


 呆れ混じりの称賛は、笑顔で受け流されてしまう。


「まあわたし、超忙しい大学生なんですけど、寂しがるマユさんのためなら、ってことです。ありがたく思ってくださいね? もちろん、ここでのお会計はお願いしちゃいますけど」


「……はいはい」


 しかしながら、折角の金曜日に8つも年上のアラサー女と過ごすより、同年代の友人と語らうほうが楽しかろうに。

 そうは思いつつ、意欲的に話を聞いてくれる詩歌に甘え、未冬から来た意味深メッセージのことも、それに対する返信のことも、それを受けての通話内容も包み隠さず話した。

 詩歌の原動力が何なのかは知らない。素直に解釈すれば兄のためだろうが、それにしては余計なことばかりしているし。

 ただ、世間一般からすれば重い話をライトに聞いてくれる相手がいるというのは心強かった。


 初めて会ったバルではブランドもののワンピースを着ていた彼女だが、今日はニット地のトップスにパンツを合わせたカジュアルな服装をしていた。服が変わっても華は失われておらず、しぐさの端々には品の良さが見える。


 青川夜風──かつての同輩である青川丞の妹とのことだ。

 自力でその真実に辿りつけたかどうかは怪しいものだが、そうだと言われればそう見える、……なんとも掴みどころのない感覚である。もともと、私と青川との関係が希薄だったことが最大の理由だろうが。

 しかし青川丞に対しての印象は、あの一件以来良くはない。痛い過去を突かれて逆ギレした私に非があったし、青川の行動は友人を案じてのことだ、ということは理解しているつもりでも。


「あなたのお兄さんが住吉家を守るヒーローとして暗躍してるって話、それとなく未冬に伝えといたから。なんか苦情が入ったらごめんって、お兄さんに言っといて」


 そう告げると、詩歌は「ええ〜っ」と大げさなリアクションをしてクスクスと笑った。


「ふふ、奥さまからの苦情ですか〜。うちの兄、なんて顔しますかねぇ」


 身内の話だというのに、他人事のように笑っている。詩歌にはダメージになるどころか面白ネタなのかもしれない。


「……来ない可能性の方が高いけどね。青春こじらせたエリートが勝手なことしてる、って言っただけで、青川くんの名前を直接出したわけじゃない。未冬、ふつうに混乱してたし」


「混乱するに決まってるじゃないですか。マユさんてば、いじわるですよ」


 薄く微笑みながら、優雅にティーカップを口元に近付ける詩歌。


「──で、これからどうしましょうかね?」


「どう、とは?」


 私が聞き返すと、詩歌はゆっくりと紅茶を味わったあと、ティーカップを置いてスマホを手に取った。


「この件、まだ終息してないみたいですから」


 真意がわからず戸惑っていると、「今回の件は周真さんが巻き込まれてますからね」と詩歌は言う。


「マユさんが思っている以上に、周真さん、今回のこと気に掛けてるかもしれませんよ」


 話しながら、詩歌がスマホを操作する。「これを見ていただけますか?」


 差し出されたスマホを見てみると、そこには〈4344〉というツイッターユーザーのプロフィール画面が映し出されていた。

 アイコンに使用されているのは、アニメっぽい絵柄の、黒髪少女のイラスト。

 自己紹介欄には「これはリア垢!(大嘘)」という短い文のみ書かれた、フォロー・フォロワーともに800程の奇妙なアカウントだった。


「パッと見た感じ、捨てアカみたいな名前だなって思ったけど……」


「ところがどっこい。アカウント作成日は2012年。総ツイート約15万件。捨てアカどころか、長く愛用されているようです」


 話の流れからするに、〈4344〉は、住吉周真のSNSアカウントということになるのだろうか。それも、十年以上前から使われてきた年季入りの……。


 詩歌からツイッタードメインのリンクが送られてきたが、それを開こうとした直前で指が止まる。

──これは、触れてはならないものなのでは……?

 私が迷っている間にも、詩歌は画面をスクロールして、〈4344〉の投稿を遡っているようだった。


「このアカウント、顔見知りにはごく限定的にしか教えてないみたいですね。基本的には、匿名で日常生活やゲームに関するトピックを投稿する──といった運用をしているようです。おそらく奥さまの未冬さんにも、アカウントの存在を教えていないでしょう」


 さあ、マユさんも覗いてみて、と囁く声がする。

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