青井先生

次の日、予定通りメンタルケアの先生と初めて顔を合わせた。私は何故か勝手に男性をイメージしていたのだが見当違い、担当の先生は女性だった。


「はじめまして」

少し低めの声で私に自己紹介をしてくれた彼女は青井先生。若年層を中心にこの病院で精神科の医師として勤務しているそうだ。


「後藤冬華さん、よろしくね」

あ、そうそう。申し遅れたが私の名字は後藤である。以後、お見知りおきを。


「はじめまして、後藤冬華です」自己紹介を最短で済ませた私は間髪を入れずに「私の記憶ってどこに行っちゃったんですか…」と、初対面の青井先生に対し、単刀直入に疑問をぶつけた。


「俺が医者やるから、お前は記憶喪失をした患者が医者に詰め寄るとこやってくれる?」の後に続く、お笑いコントの始まりの様なテンションで。


「私にも今は分からない。でも一緒に探してあげるから、安心して」


ちなみにこの日、彼女と初めて話しての印象は「語尾が特徴的な人」であった。物語や小説などでは特に違和感のない体言止めと言われるような表現を、会話の中でナチュラルに連投してくる人に、私は今まで出会った事がなかった。なので少し気が強いような印象が、青井先生の最初の情報として私の中に入ってきたからだと思う。その反面「絶対に優しくて芯のある人」が醸し出す、独特なオーラが溢れ出てもいた。ここで言う「独特なオーラ」とは、私が今まで二十数年間、生きて来た中で出会った数人の「優しく頼れる人」に共通している、目の芯棒のブレなさみたいなものを指す。それが彼女の目の奥にもあるような気がした。あくまでニュアンスの話、なのだけれど。


私は先生に家族や自らの過去・未来等、不安な事を詳細に話した。勿論、既視感を感じるワードが目や耳に入ってきた時「ガチャン」という施錠が外れた音が聞こえる気がする事も。


ただ昨日のニュースの事だけ、詳細に話すことを私は何故かしなかった。

「言ったら遠回りになっちゃうよ」と、頭の何処かで天の声…いや悪魔の声が聞こえたから…。


彼女は私のどの話にも例外なく「程よい間」と「相槌」で話を聞いてくれ、それがとても心地よかった。長々とお話をさせてもらった私は、少し発散する場所が足りていなかったみたいだ。その夜はとてもぐっすりと眠りに就くことが出来た。

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